俺の高校の野球部は死ぬほど弱い6
最終回です。
最後までお付き合いください。
「くそっ!」
俺は拳を壁に叩きつける。
俺の高校の野球部部室。その更衣室で俺は一人悔しさに唇を噛みしめていた。
五月雨高校は一回戦負けでミーティングや反省も兼ねて部室に戻ってきている。その後、解散をし、部室では俺一人が残っていた。
今でもあの状況が明確に覚えている。9回裏6-5。ツーアウト、ランナー三塁。
俺が打てば同点打のチャンスだったのに空振り三振。
部長や照橋先輩は俺の失敗を気にするなと言っていたが、二人は三年生なんだ。もう彼らに次の夏はない。
俺が二人の夏を終わらせてしまったんだ。
涙が零れる。
「お~。泣いてるの? それそれ泣け泣けー」
俺は声が聞こえたので、すぐさま袖で涙を拭うと声のする方へと振り向く。
目の前には鷺沼先輩が立っていた。
「なんだよ。泣くのをやめるなよ。もっと泣けよ。そして、涙を流して成長した気にでもなっていてよ~」
「……何しに来たんですか?」
一番会いたくない人に会ってしまった。
自分でも敵意剥き出しな声だと分かってしまう。
「殴られにきたのさ。僕が5失策したせいで負けたに等しいからね。実質、負けた。君には偉そうなことを言ったからけじめをつけようと思って」
ケラケラと鷺沼先輩は口元を緩ませる。
俺はカッと顔が熱くなった。
この人は何を言っているんだ。俺達は負けたんだぞ。負けたのにへらへらと笑って、けじめなんて笑わせてくれる。
「先輩のせいですよ。負けたのは」
そうだ。負けたのは俺だけのせいじゃない。そもそも、この先輩がミスばかりしたせいなんだ。
俺は、悪くない。
「ああ。そうだ。だから、いくらでも殴っていいよ。はい、ご自由にお殴り下さ~い」
「では、お言葉に甘えて」
怒りの感情を全部拳に集中する。思いっきり拳を握りしめ、そこから鷺沼先輩の頬へと照準を合わせる。
そして、自分の感情の赴くままに拳を振り上げた。
鷺沼先輩は避けることもせず、俺の拳をそのまま受ける。せめて、防ぐかと考えていたが、全くその様子がなく右頬に俺の拳が直撃していた。
だが、直撃したのにも関わらず、鷺沼先輩はニヤニヤした表情を崩さないままだ。
そこから、俺は殴った。
何度も何度も何度も。
何度殴っても、俺の心は満たされなかった。
「で? 気は済んだかい?」
鷺沼先輩の顔は若干痣がありつつも変わらぬ皮肉な笑みを浮かべ、そう言ってくる。
「先輩は……悔しくないんですか」
「へ? 急に何の話?」
「俺は試合に負けて悔しかった。あの時、自分が打てていたら、勝てていたかもしれないのに。何で先輩は平気なんですか? なんでそんなにへらへらしていられるんですか!」
俺の目元に涙が零れる。
こうやって、鷺沼先輩を殴っている自分が惨めで。試合で負けた責任を先輩のせいにしている自分がちっぽけで。
わかってたんだ。野球の敗者っていうのは誰か一人のせいで決まるものではないことを。
「そりゃ悔しいさ」
鷺沼先輩の声でハッとなる。鷺沼先輩は淡々として声で、
「でも、俺らには来年も夏がある。だから、悔しくて泣くのは俺らの仕事じゃないんだよ」
鷺沼先輩は俺の目を見て、ニヤニヤした表情を崩していた。
「今回の試合で悔しく感じているなら、君が今すべきことがもう見えているはずだよ」
再び、鷺沼先輩はにやりと表情を戻す。
今、俺がすべきこと?
そんな問題は簡単で当然のはずだった。
鷺沼先輩はわざとらしく「問題で―す」と大袈裟に言う。
「君がすべきこととは何でしょう?」
その問題に俺ははっきりと答えられた。
しかし、俺はそれを口に出さず、黙って野球グローブを取り出す。
「すみませんが、今からグラウンドで練習してきます。それでは失礼します」
俺に足りないものがあったとしたら、それは練習。
練習して練習して練習しまくって、来年こそは甲子園に行くんだ。
俺は急いで練習に向かう。
が、その前に。
「鷺沼先輩、ご指導ご鞭撻ありがとうございました!」
しっかりと丁寧に礼をしてから、俺はグラウンドに向かった。
「全く、元気な後輩を持つと苦労するねー。頼むよ。将来のエース君」
竹寺が去った後、部室に残された鷺沼はそう呟いた。
最後まで読んでくださった読者やこれから読む読者に感謝いたします。
ありがとうございました!