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香坂遥とラブレター[後編]


 その機会はお昼休みにやって来た。あたしと遥がお弁当を食べていると、普段は来ないような人が徐々に集まってきて、食べ終わる頃にはしっかり人の輪に埋もれている。話すまで逃がさないわよって雰囲気だ。

「それでぇ、今朝の話なんだけど」

 お、勇気ある突撃者が現れたぞ。さてと。

「今朝の?」

 遥が冷たく切り返す。

「ラブレターとか」

「とか?」

 これも打ち合わせた作戦のうち。遥は徹底してその話題を避ける。まあ、偽物だと判断した以上、迂闊に浮かれているフリなんてしない方がいいしね。

「あー、その話なら遥に振っても無駄よ」

 そこであたしが割って入る。さも何か知ってます風に。

「それが割と情熱的な内容でさ、遥も隅に置けないわね」

 あたしは実際に半分以上読ませてもらったし、その内容については話してもいいと許可をもらってる。あたしは一気にまくし立ててる。今回あたしの役割は、よく分かっていない第三者としてこの話題を盛り上げる事らしいから。よく分かっていないってあたりが内心微妙だけど、確かに分かってないし、実際クラスメイト達があたしの話に食いついてくるのだから適任だったのかもしれない。この中に、あの偽物を作った犯人がいるのかな?


「昨日の今日でずいぶんな態度じゃない」

 その声はクラスメイトの輪の外から振ってきた。小島さんだ。

「まあ、ラブレター貰って嬉しい気持ちは分かるけどね」

 小島さんはずんずんと人の輪を輪って進んできて、遥と対峙した。

「別に」

 にべもなく遥が切って捨てる。

「別にって、そんなこと言っちゃって、本当は嬉しいんでしょ? 素直に言いなさいよ」

 遥は首をかしげる。偽物だからねぇ。とはいえここで盛り下がるのはまずい。犯人探しのために周囲を盛り上げないといけない、って念を押されていたのであたしはあわてて言った。

「あー、遥の反応が薄いのはいつもの事じゃん。きっと内心は喜んでるのよ」

 あたしの苦しいフォローに、小島さんも追随してくれた。

「それにしたって……斉藤君からだったんだって? すごいじゃない。もっと喜びなさいよ」

 え? 小島さん、どうして?

 遥がようやく微笑んだ。

「小島さん、どうしてあなたが差出人を知ってるの?」

「え? だって、さっきあなたたちが話してるの聞いちゃったから」

 遥の突っ込みに、小島さんが慌てて言い繕う。

「私、誰にも言ってない」

 あたしが遥の言葉を肯定する。

「うん、あたしも知らなかった。そっか、斉藤君だったんだ」

 それが大切ってこういう事だったんだ。

 まんまと遥の罠にはまり、小島さんは言葉を失う。

 取り囲んでいたクラスメイト達がざわついている。いまやラブレターが彼女の悪戯だったことは明白だ。

「ラブレターの差出人を知っているのは、あたしと、本当にこれを書いた人だけだった」

 真っ青な顔をして立ち尽くしている小島さんに、遥が追い討ちをかける。

「あなたなんでしょ? 小島さん」

 ゲームセット。


 すごすごと退散していく小島さんを見送った後、あたしは遥に聞いてみた。

「で、どこで偽物だって疑ったの?」

 もちろんいつもの謎解きを期待して、だ。

 遥はにっこりと微笑む。そういう笑顔を男子に向ければ、本物のラブレターだってもらえると思うんだけど、彼女が笑うのは謎が解けてすっきりとした時だけ、もったいない。

 彼女はラブレターの実物を取り出しながら言う。

「まずタイミング」

 彼女が言うには、先週末にサッカー部の試合があった事を考えると、「以前からずっと気になっていた」なら試合前に告白している方が自然であり、試合後の告白というのがそも疑わしいとのこと。そうかもしれない。

「次にこの便箋」

 次に彼女が指摘したのは、ラブレターに使われた便箋だった。何でもこの便箋が売られているのは駅前のデパート内の文房具屋のみであり、これは自宅通学の斉藤君の行動圏からは外れているとのこと。確かに、あっちにも文房具屋や別のデパートがあるもんね。わざわざ駅前まで出て買うってのは考えにくいか。

「それにこの便箋、梅雨明けには店頭から消えてた」

 薄い緑は季節を意識した色だったのね。ってそうじゃなく? ……ああ、このタイミングのラブレターに使うには、以前に買って買い置きで持っていなければならず、おかしい。試合前に書いて出せずにいたのなら、自分が活躍できる試合の事に触れていないのは不自然。確かに。

「そして筆跡。特に名前の筆跡が違うのが致命的」

 筆跡が違うって、どこで確認しましたか、あなたは。

「図書カード」

 こともなげにおっしゃる。そういえば、入学早々に全員作らされたっけ。あれは自分で名前を書かないとダメで、一冊も本を借りてなくても名前だけは比較できるからね。しかし、名探偵殿はいつの間に裏付け捜査まで済ませていたんだろう。おそるべし。

「内容も疑問。まず挨拶だけど……」

 はぁ。所属するコミュニティ、サッカー部員の用語との相違や、C組男子の用語との相違などを並べられても正直あたしには分かんない。そこまで細かく聞いてないし、覚えてないから。

 あたしはちょっと小島さんに同情した。さすがに相手が悪かったね。

「それに」

 ひとしきり用語の疑問点を並べた後、彼女は紙を裏返した。うっすらと緑がかったまっさらな紙だ。

「筆圧もない」

 なるほどこれは分かりやすい。スポーツをしている男子が書いた字ではない、という事ね。

 彼女は凹凸の無い紙面をしげしげと眺め、しきりに感心する私の手からラブレターを取り上げると、それをカバンに閉まってしまった。

「……とっとくの?」

「見せ物にする?」

 ごもっとも。これだけの大騒ぎになれば、ゴミ箱なんかに捨てたら物好きな連中に回収されるに決まってる。そうなったらなんとなく斉藤君に悪いし、何より小島さんが可哀想だ。


 彼女は代わりにいつものように分厚い本を取り出した。机の上に広げて視線を落とす。ショートボブの髪が傾き彼女の目を隠す。

 やれやれ、これにて事件解決、相変わらず見事なものでした。……と言いたいところだが、あたしにはひとつだけ気になっている事があった。ちょっとプライベートに立ち入る事だけど、それを聞かせてもらうぐらいの権利はあるはずだ。協力のお駄賃といったところだ。

「ところでさ、遥」

「何?」

 少しだけ顔を上げた遥が答える。

「そこまで分かってるんならさ、小島さんを罠にかける必要なんてなかったんじゃないの?」

「……全て推理。確かな証拠はなかったし、本当の差出人は分からなかったから」

「ふーん」

 少し間を置いて、思っていた事をぶつけてみる。

「本物かもって、ちょっとは期待していた、とかじゃなくて?」

「……」

 彼女はそれには答えてくれなかった。ふふん、相変わらず不器用よね。十分な答えになってるわよ。


 我が友、香坂遥は名探偵である。

 であるが、ちょっぴり素直じゃない普通の女の子でもある。


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