セシリア2
「おはようございます、フェンリルさん」
朝を迎えて階下に降りていくと有能な侍女が真剣な表情で幾つかの布地を前に唸っていた。
「あ、おはようございますガウス様。朝食のご用意をすぐいたしますね。」
「おはようございます、がうすさま。」
「おはよう、セシリア。早起きさんだね。」
セシリアははにかんで応えた。
「ガウス様、今日のご予定は?」
「はい、今週は養父の許可が出るまで自宅学習ですので皆さんそれぞれのお仕事をなさってください。セシリアの相手は僕がしますので。」
「承知いたしました。それでは何かございましたらお言いつけください。」
「がうすさま、リルさんがおようふくをつくってくださるそうです。」
それで、この布地の山なのかと納得した。
「お待たせいたしました、さぁ皆さん食事にいたしましょう。」
離れでは僕も使用人さんも揃って食事をする。当初は二人に頑なに断られたが一人で食べるのも味気ない。未だにガウス様と呼ばれるのは慣れないけど、こちらはどうしても譲ってくれない。特に執事のオブリーが・・・。
僕は屋敷預かりであって、この離れを間借りしている身だから正しくは二人の主人ではない。それに、早くに養父母の元を離れた自分としては二人を家族のように思っているしそう扱って欲しい。食事の同席も僕が当時の子供らしさをフルに使ってやっと譲歩してくれた。
「ガウス様、セシリアさんは侍女見習いと聞いておりますがこのサイズの侍女服はなかなかございませんので私が何着か作らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。よろしくお願いします、荷物の中に普段着とかありましたか?」
今朝も奥様からいただいたであろうフリフリのドレスを身に纏っているセシリアを見て聞いてみた。
「・・・えぇ、下町の子どもが着ているような簡素な物は何枚か。でも、いくら離れ専属でもあれでは奥様のお気に召さないと思います。暫くは侍女の仕事よりも読み書きなどの教養をまずつけるよう言われておりますので、色々と準備がいるのですが。」
「あぁ、いいですよ。フェンリルさんにその辺は全てお任せします。僕にはさっぱりわかりませんし、ところでさっきセシリアが貴女をリルさんて呼んでましたけど。」
一瞬、パッと明るい顔をしてフェンリルさんは一生懸命ご飯を食べているセシリアを見ながら言った。
「まだ、小さいですからね。私の名前が呼びにくい様でしたので、呼びやすい名でいいですよと言ったのです・・・ガウス様も昔はそう呼んで下さいましたよと言ったらそれからリルさんリルさんて。」
優しい眼差しでセシリアを見つめながら僕に視線を移し
「何だか懐かしゅうございますわ。」
と、微笑まれたけど、小さい時の話に僕は少し恥ずかしくなってセシリアの方に視線をそらした。朝食を終えて自室に戻り養父からの山積みの宿題にため息をつきながらてをつける。パラパラと技術書をめくりながらふと、おかしな事に気づく。
「あいつ変な事言ってたな。魔力らしい能力?何だそりゃ。」
思わず椅子から立ち上がる、何だか落ち着かなくなって部屋の中をグルグル歩きながら考えてみると僕はあの子から魔力を感じた事がない。あれはどうやったって普通の子どもだ。なら、何で僕のためにここへ連れて来られた?お養父さんまで認めた何かの能力持ち?
「・・・さっぱりわからない。」
宿題はとりあえず後回しにして、セシリアを探しに行く。階下では居間でフェンリルがミシンを操り、侍女用のお仕着せではない動きやすいシンプルなワンピースなどが次々と作り出されている。となりではセシリアがちょこんと座りその様子をワクワクした瞳で見つめている。
「あら、ガウス様どうかなさいました?」
僕に気づき器用な侍女さんが問いかける。
「えっと、セシリアについて何点か確認したいことがあって。この子、いまお借りしてもいいですか?」
「ええ、勿論。セシリアさんもすぐ退屈するだろうしどうしようかと思ってましたの。よろしければお相手をお願いできますか?」
「じゃあ、僕がしばらく見てますね。行こうか?セシリア。」
セシリアの小さな手を取って庭に出てみる。昨日の雨は止んでいるがスッキリとはしない空模様だ。僕はそのまま手を引いて東屋へと向かった。