春が舞い降りる宴6
名付けの儀から一週間経った。
アナスタシアの計らいで僕と愛称がカリンと呼ばれるようになったアレクシアはオーランド殿下と姫君方に御礼とご挨拶を兼ねて伺う途中だ。昼間に外に出るのが久方振りのアレクシアに取っては馬車から見るもの全てが新鮮だろう。門を出てから窓に張り付いている。あまり褒められた事ではないが今日は特別だ。
「ふあ〜、人がたくさんいます。あ、あれはなんですか⁉」
「ん?あぁ市が出てるね、農家の人や商売人が品物を並べて売っているのさ。」
「私もいつかお買い物に行けますか?」
「ああそりゃ行けるよ。でも、もう少し大きくなるまでは誰かと一緒じゃないと危ないからね。」
こんな感じで道中色々と尋ねられ馬車から王宮が見えた時にぽかんと口を開けて固まった。
「ル、ルディ様、あれはなんですかお屋敷の何倍もあります。」
「あれは今から行く所。国王さまのお城だよ。」
途端に顔が青ざめた。
「ど、どうしましょう。私なんかが入っていいのですか⁉」
思わず笑って怒られてとしているうちに馬車は王宮の王子王女殿下が住まわれる建物の敷地へと入って行った。馬車を降りると待ち構えた侍女が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、ニーム・ロドリゲス・ガウス魔法魔術技師見習い様、アレクシア・カーテローゼ・ハプトマン様。王女様方のお屋敷の侍女を務めておりますヘンリエッタでございます。ご案内いたしますのでどうぞこちらへ。」
二階建ての屋敷は歴代の姫君が住まわれたと聞いている。女性らしさの漂う庭園から小さな子どもの笑い声が聞こえる。それらに気を取られながら屋敷の中へ案内される。客間に通されるとアレクシアが手荷物をヘンリエッタさんに差し出した。
「あの、これはお口に合うかどうかわかりませんがわたしの名付けの御礼に・・・その、手作りで失礼なのでしょうが姫様に食べていただけると、えと、嬉しいです。」
ヘンリエッタさんはそれを大事そうに受け取るとにっこり笑った。
「お嬢様、失礼ですがこちらは焼き菓子でしょうか?」
「は、はい。わたしの住む離れで取れたハーブを使ったケーキとクッキーです。いただいたものとは比べものにはなりませんが心を込めて焼きました。」
「その様ですね、焼きたての香ばしい香りがいたします。後程お茶菓子としてお出ししてもよろしいでしょうか?姫様方もオーランド殿下も甘いものに目がないのですよ、とてもお喜びになると思います。では、確かにお預かりしますね。」
一旦下がった侍女を見送るとアレクシアが息を深く吐き出す。
「カリン、大丈夫だよ。こういう所にはちゃんと厨房にも魔法技師がいて毒味も魔法でやるから安心して。」
「あ〜、でももっと何か高価な物をお持ちすれば」
「カーリン。この国1番の姫君達にどんな高価な物を差し上げても勝てないよ。僕なら心のこもった物が嬉しいね。」
「わかりました。」
少ししてノックの後アナスタシア様とヘンリエッタさんが入って来た。
「カリン!あなた天才よ!私、こっそり持ち帰ろうかと思ったわ。」
挨拶もそこそこにカリンに抱きつく。因みにこの愛称は名付けの日にアナスタシアが提案し皆そう呼んでいる。後ろからワゴンを運んで来たヘンリエッタがお茶の用意をしながらクスクス笑いながら明かした。
「こちらでは、アナスタシア様がいらっしゃる時はお口に入る物は全て味見をして下さるのですが先程のお菓子が大層美味しいと言われまして。」
「ふふ、いつもの1.5割増し味見しちゃった。」
「シア様のお口には合いましたか?」
「つまり、姫様方も取り合いになる位美味しいって証拠よ。オーランド殿下がいらっしゃるまで残ってるかしら?」
開いた扉に人気を感じ慌てて立ち上がる。
この国の至宝と言われるヴィルヘルミナ姫と双子の妹姫ヒルデガルド様とヘルツィーナ様が侍女も連れずに現れた。
「ご機嫌よう、ロドリゲス。初めましてアレクシア、私達もルディとカリンとお呼びしてもよろしくて?」
「ご機嫌麗しゅうございます。先日はこのアレクシアの名付けに御祝い頂きましてありがとうございました。本日は後見人としてアレクシアと共に御礼に伺う事をお許し頂き誠にありがとうございます。では、アレクシアから御礼を申し上げたいとの事ですのでお聞きいただけますでしょうか。」
「先日は無事名付けの儀を終えられたとの事、まずおめでとう。では、新しい名をお聞かせいただきましょうか。」
「お初にお目にかかります。私、シュヴァリエ公爵家屋敷預り魔法魔術技師見習いニーム・ロドリゲス・ガウスの専属侍女見習いを務めますアレクシア・カーテローゼ・ハプトマンと申します。先日は私の様な者にお心遣いを頂き誠にありがとうございます。」
「はい、二人とも大変良くできました。さあ、ここからは私達の新しい友人として砕けた感じで過ごしましょう。どうぞ、おかけになって。」
「お言葉ありがたく存じます、ではここからはいつも通りに・・・」
「へっ⁉」
「カリン、ご挨拶頑張ったね。もう緊張しなくていいよ。」
「え、でも。」
「さあさあ、お茶の準備が出来ましたよ。ヘンリエッタ、そろそろ殿下にも声を掛けて差し上げて。ここは私に任せて。」
「あ、ちょっとおチビちゃんご挨拶も無しになにしてるの!」
「このお姉ちゃまいい香りがするの。」
「する〜、お日様とそれから美味しそうな匂い。」
「「このお姉ちゃま、好き〜」」
ミンナ姫が米神を押さえてそれぞれを紹介する。
「全く同じ顔だけど目の下に黒子のあるのがヘルツィーナ、ヘイリーと呼んで。で、もう一人がヒルデガルド、ヒルダよ。子ども相手でも人見知りするのに珍しいわ。ん!美味しい、凄いわねカリン天才よ。」
全く気取らず客人にもお構いなしにお菓子を食べている。
「「あ、ズルい‼」」
双子姫も参戦した。
「申し訳ありません、この様な手作りの品で。」
「あら、大歓迎よ。変な意味じゃないから誤解しないでね。周りの貴族の方とかは珍しい高価な物を下さる事が多いけど、私はこの様な心のこもった贈り物が嬉しいわ。しかも、私達のツボをついてお菓子だなんて更にこんなに美味しいなんて。」
「ミンナ様、殿下の分も取っておかないと。」
「あ、そうね。食べ物の恨みは恐ろしいから、でもなくなったら仕方ないわ。遅れてくるのが悪いのよ。」
「今日は殿下はご公務ですか?」
「ええ、貴方と違って成年してから色々とこき使われてるわ。」
「すみません、僕これでもまだ学籍にあるんで。」
「そうね、無難な道を選んだわ。あと2年のんびり過ごしなさいな、卒業したら嫌でも王宮仕えになるでしょうし。それより、カリン。いいの?この子の専属侍女なんて、苦労しそうだわ〜。」
「いえ、ルディ様はお優しいですし離れの仕事を優先させて空いた時間に薬草の事などを教えていただいています。お仕事は全て楽しいです。」
「ならいいけど、嫌なことがあったらいつでもこの屋敷にいらっしゃいね。」
「嫌な事なんてないですよっ。あ、殿下」
「いや、遅れてすまん。爺共が煩くてやっと逃げてきた。やぁ、君がカリンか。私は第二王子オーランドだ。ヘンリエッタから美味い菓子を作ると聞いてこれでも慌てて来たんだ、うん。美味い。凄いなこの腕、うちの厨房に欲しい。ルディ、どうだうちに預ける気はないか⁉」
「ちょっと、何気に本気で凄い要求しないで下さいよ。カリンは僕の一存では動かせませんし差し上げる気もありません。」
「「「ええ〜っ」」」
三人でハモるなっ!とりあえず礼儀は尽くした。さあ、帰ろう。
「では、本日はわざわざ殿下、姫君にご接待頂きありがとうございました。」
高貴な方々なのに気さくに玄関まで見送りに出てきて下さった。
「「魔法使いさん、お姉ちゃま、また来てね」」
双子姫にもすっかり懐かれカリンもご機嫌だ。帰りの馬車の中で行きとは違う質問を色々とされる。
要約すると実はシア様はもとより、養父母について参内する事も多かったルディは以前より王家の姉弟に親しくしていただいていた。成年の儀からこちらはカリンの事で三人で盛り上がっていたらしい。元々平和な国なためか、いずれの王族の方々も気さくな方が多い。そこに今日めでたくカリンも仲間入りを果たした。
「カリン、多分近いうちに殿下からお菓子の差し入れの要求が来るよ。」
「なぜわかるんです?」
「あの人、大の甘党だから。今日のも本気で喜んでたし、よかったね。」
「はい!」
離れに来てからの初めての外出が王宮だなんて、緊張する場だったけど次は街に連れ出してやろう。店終いをしている市場を見ながらそう考えた。