春が舞い降りる宴5
まさに奇跡としか言いようのない事が歌声から少し遅れて起こった。ルディの前で瞳を閉じて歌うアレクシアは気づいてないのだろう、言葉はわからないだけどそれがとても神聖な詞に聴こえる。瞳を閉じて歌うのは集中する意味もあるが、おそらく恥じらいもあるのだろうルディは他の人より先に彼女の歌声と奇跡に酔いしれていた。次第に周囲もそれに気づき空を見上げる。
まるで、天の星々が降る様に真白な花弁が舞い降りてくる。そして、それを受け止めようとすると雪の様に掌でふわりと消えるのだ。花の種類も残さない、けれども確かに彼女と何故か僕まで祝福するように二人の周りに舞い降りては地面に触れると消えていく。ルディはどうしてもこの奇跡をアレクシアに見せたくて彼女の小さな手を取った。歌いながらも触れられた事に驚き目を開ける、そして二人の間に舞い落ちる花びらを見て思わず歌う事を忘れたらしい。大きく瞳を見開いて頭上を見上げ問いかけてきた。
「魔法ですか?」
「僕じゃない、君への祝福みたいだよ。」
空いた片方の掌をアレクシアの目の前に広げ落ちてくる花びらが消える様を見せてみる。
「祝福・・・ですか、一体どなたが。」
「さあね?わからない。ここにいる人達ではない事は確かだけど。」
ふと、その真白な花弁を見ていてあの女性が浮かんだ。
「真っ白で綺麗な花びらですね。あの方のようです。」
もう一度空を見上げて嬉しそうに言う。
「うん、あの人のように綺麗だね。」
二人で顔を見合わせ笑い合う。本当に大切な子どもなのだろう、こんな祝福を受けられる程の。そして、ルディにも労いの意味でこの奇跡を見せてくれたのだろうか。アレクシア・カーテローゼ・ハプトマン古の女神の名を持つこの子はこれからどう成長するのか?離れた場所からウィレムと養母が僕の仕業かと聞いてくる。
「僕にはまだこんな事できませんよ、それは養母さんがわかってるでしょう。」
二人に近づきながら否定するとそれもそうだと頷き合っている。気づくと最後の花びらが目の前で消えていった。周りは奇跡を目にして感動する者や、新しく正式に屋敷の一員として紹介されたアレクシアに自己紹介する者、踊り出す使用人達も出てきてまるでお祭り騒ぎだ。
自分に養父母がいてくれたように、これからはこの屋敷に住む全員がアレクシアを家族として迎えてくれるだろう。それがルディとっても嬉しい。誰もが笑って彼女を迎えている、それこそ奇跡じゃないか。
「で、専属侍女としてこれから私どもはアレクシアをどう扱えばよろしいですかな?」
「私もお聞きしておきたいですわ。先程、ガウス夫人から例の指輪と耳飾りの件を二人揃ってお聞きしました。」
「ガウス様の弟子の様な扱いになると・・・」
「こちらも、これまでの対応で良いのかどうか・・・」
両脇をガッチリと離れの使用人に押さえられ返答に困ってしまう。
「えーと、とりあえず僕が卒業するまで今まで通りにしましょう。急に態度が変われば本人も戸惑うでしょうし。僕ももう少しまともに力をコントロールできる様にならないと、あの子に何も教えられませんよ。」
「「それもそうですね。」」
ハモったー⁉一応僕、主ですけどっ。
「ふふ、今日一日楽しかったですわセ・・アレクシアの髪を梳いてガウス夫人やお嬢様と着せ替えをして。」
「そうそう、儀式に登場した時は思わず息を飲みましたよ。綺麗な顔立ちの子ですが、着飾って妖精の子の様だと男性陣は見惚れてましたね。」
「はい。僕から丸見えでしたよオブリーさん。僕が言うのもなんですがまだ子供なんですからね、今から目をつけられちゃ大変だ。」
「ふふふ。あ、すみません。なんだかお父さんみたいなこと仰るから。ウィレム様もあの後若い使用人に達に釘をさしてらっしゃいましたよ、自分の妹分だからこの先大事にするようにと。」
「指輪をはめる場面では青筋立ってましたからねー、ガウス様はとりあえず1番の危険人物だと憤慨してましたよ。」
・・・ん?いやこれこの機会にもう一度おねがいしよう。
「オブリーさん、フェンリルさん。」
二人が怪訝な顔付きになる。
「その、僕の事そろそろガウス様と呼ぶのを改めて頂けませんか?僕は成年の儀を終えたといってもお二人からすればまだまだ子どもですし、何より屋敷預りの身です。アレクシアの様に名前で読んでいただ・・・」
「ちょっ!ガウス様っ私まだ19ですけど‼」
「え、あれ?いやでも落ち着いてるからもう少し上かと・・・」
「わかりました、承知いたしました!本日この時よりガウス様改めルディ様とお呼びさせていただきますっ。」
「あ〜あ、女性にはまだまだ不慣れですからねうちのご主人様は。ははっ、怒って行っちゃいましたよ。」
「え〜、どうしよう。口聞いてくれないかも・・・ってオブリーさん知ってましたか⁈」
「私は彼女より長いですからね。因みに幾つに見えてます?」
「え、さ・30手前?」
有能な執事が珍しく肩を落とした。え〜若いの〜⁉
「24ですよ、ルディ様」
「落ち着きすぎじゃないですかっっ⁉」
「仕事ばっかりしてますからね。さ、お互い年齢の確認もできた事ですし、これからも離れの小さな家族としてやっていきましょうか。フェンリルには甘いものでも与えれば機嫌が直りますよ。」
バンッと背中を叩かれてなんだか急にフランクな関係になったけど、うん。これでよしと。
「ルディ様〜っ、見て下さい。また殿下からお菓子を頂きました!」
客間からアレクシアが呼ぶ声がする、仔犬のようにドレスも構わず駆けてきて腕を引っ張られ客間に入る。
「ルディ、あんたこれ全部御礼状やらご挨拶やらちゃんとするんだよ。ま〜、でも大変だ殿下に姫君、ちっちゃい姫様からも来てるじゃないか。一回お城にこの子連れてかなきゃね。フェンリル、外に出して恥ずかしくない様しっかり躾を頼むよ。」
「えぇ、お任せ下さいガウス夫人。特にルディ様にはオブリーさんときっちりかっちりと教え込みます。」
にーっこりと笑ってるけど、怒ってる。怖いこんな怖い人だったとは・・・。