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ちいさな僕のお姫様  作者: にしのかなで
三章
17/30

蕾が開くその前に6

春。緑が芽吹き小鳥は唄う。

ルディの謹慎も全て解けた。世間は春という事で浮かれているが、彼は毎日この薄暗い研究棟に入り浸る。

時々、根を詰め過ぎてはいけませんよとフェンリルが気分転換にと庭にテーブルを広げみんなで食事やお茶に誘い出してくれる。あの日以来大きな魔法の成功体験が影響したのか、研究棟の陰に隠れた東屋を移動魔法で動かしたりとセシリアの力を借りずに僅かながらも魔力が安定してきた。まぁ、実際離れの敷地内だけだけど。セシリアは身体に大きな影響もなく元気にフェンリルに鍛えられている。簡単な食事やお茶菓子作りをこなし、掃除に洗濯とコマねずみの様によく働く。


何事も覚えがいいとフェンリルもご満悦だ。大体午前中に家の仕事をこなし、午後はオブリーから勉強を習う。こちらもまた飲み込みが早いと褒められるので、離れの一室を小さな図書館にし様々な本を集め開放してやると大喜びで物語や図鑑など多彩に読み漁っているようだ。

あまり相手にしてやれないから喜んでもらえるのは嬉しいし、将来のためにも色々な知識を蓄えて欲しいと思う。


ある日、フェンリルとオブリーが二人揃って奥様の用事で離れを開ける事になった。食事は温めればいいだけの用意をして、帰りが遅くなれば本邸からも運んでもらえるようにしたからと言いつけられ、家の仕事も今日はしなくていいからと言われ二人を見送った後のセシルは自分の部屋の掃除や図書館へと足を運んだがとうとう昼過ぎには退屈を口にしながら食事を運んできた。


「読みかけの本は無いの?」


「ありますけど、いつも誰かがいる場所に一人では心細くて・・・。」


「じゃあ、ここに持って来なよ。僕がいるから安心だろ?」


お邪魔じゃないならと、離れに帰ると走って戻ってきた。


「お邪魔します。」


「どうぞ、そこのソファ使って。で、なに読んでるの?」


「お庭も近いので鳥と植物の図鑑にしました。知ってますか?東屋の少し後ろの木に鳥の巣があるんです。この前草引きをしていて見つけたんですけど、ひな鳥がいてそっと離れて見ていたら親鳥が餌を運んで来て・・・」


「どうした?」


「あの、蛇もいるんです。」


「えっ、以外と生態系が出来てるな。」


ルディは机に向かったまま話をしていたのでセシルの表情まではわからなかった。


「すぐにオブリーさんに追い払っていただきました。親鳥って蛇なんかの外敵からひな鳥を守るために一生懸命なんですよ。」


パタンと本を閉じる音がした。


「あの日の魔法技師長も奥方様も、ルディ様のために一生懸命でした・・・」


「あれは、君を助けるためだよセシル。」


椅子を回してクルリとセシルに対面する。

なんだか憂い顔のセシルは被りを振って僕を見つめた。


「ルディ様も孤児だとお聞きしています。ですが素敵なご養父母に恵まれて羨ましいなと思ったんです。」


「・・・」


「そうしたら、鳥の親子を見つけて何だか私わかったような気がして。」


「セシル?」


「親鳥が蛇に立ち向った事があるんです。それから、巣から気をそらすような真似をする事も。」


気がつけば外はもう夕刻になっている、窓から今日は大きな夕陽が沈むのが見える。話の腰をおる事になるけど、続きは離れで聞こう。


「セシー、陽が沈むよ。離れに戻ろうか。」


僕は本当に何か大事な事を伝えたい時には彼女をセシーと呼ぶ癖がある。


「はい。」


まだ憂いの残る表情で微笑んで彼女も立ち上がる。研究棟を出てふと気になりどの木に巣があるのかを聞いてみた。近づく事はせずセシルが指差し説明してくれた。もう、辺りは薄暗かったが成る程確かに巣がある。見上げれば空はもう夕闇に染まり星の瞬きが見えた。セシルが星座の本で得た知識を話してくれる。


春とはいえ夕暮れは寒い僕は風邪を引かせる訳にはいかないと、中で話をしようと言い薄闇につまづかないよう魔法で明かりを灯し振り返った。いつの間にこんなに陽が暮れてしまったのだろう。セシルの頭上には満月が昇っている。様子がおかしい、ただでさえ夕暮れには魔の力が働きおかしなモノが出てくる。ここの結界に限ってそんなわけが、そんなはずは無い・・・。セシリアは月の光を浴びて目を閉じている。ただそこで立ち尽くして居るだけなに、何なんだこのざわつく気持ちは?駄目だセシー、瞳を開けるんだ動くんだセシリア。


何故か不安な気持ちがするのに立ち尽くすセシルに声がかけられない。あの二人がいたら・・いま帰って来てくれたら・・・。その時、聞こえるはずのない鐘の音が頭の中に響いた。それと同時にセシリアが瞳を開く。月が彼女を照らし続けている、小さな唇が何かを呟いた。


「・・・司祭様がお隠れになりました。」


翠の瞳から涙が一筋こぼれ落ちる。

ズルリと足を引きずる様にこちらに歩いてくる。その頼りな気な足元をみて急いで近づき身体を抱き上げる。静かに泣いているセシルをとにかく部屋へ運ばなければ。抱きかかえたままで両手が塞がっているのでドアも灯りも魔法を使い中へ入りソファにセシルを横たえる。身体中から力が抜けている様でとても座らせるのは無理だと思った。別のソファにあった膝掛けをとりそっと掛けてやる。子どもがこんなに静かに泣くのだろうか?それより泣いている原因だが、聞きたい事はあるがとても声をかけられない。ソファから転げ落ちない事を確認し食堂でスープを温める。もうすぐ二人が帰るか、本邸から食事が届くだろう。話はそれからでもいい。温かいスープを飲みやすい様二人分のカップに注ぎ込みトレイに乗せ居間へと戻る。そこでルディは不覚にもトレイを取り落としそうになる。慌ててテーブルにトレイを置き目を閉じて深呼吸をする。それから、再び目を開いても目に映るものは変わりなかった。


「セシリア、セシー。聞こえる?」


「はい、ルディ様・・・」


「気分はどう?落ち着いた?」


返事の代わりに身体を起こし僕を見つめた。


「すみません、突然。何故か司祭様の事が頭に入って来て・・・」


「そ、そうか。今日は満月だからね、夕闇にだったし不思議な事が起きてもおかしくはないんだ。」


「そうなのですか?」


「う、うん。まぁ、司祭殿の事は後で聞いてみるよ。ところでさ、他にはホントに何にもない?」


「?なにがですが?」


「どこか痛いとか気分が悪いとか。」


「ご心配ありがとうございます。でも、どこも何ともありません。」


「ホントに?」


こっくりと頷くセシリアをなるだけ驚かさない様にと意識して覚悟を決めて告げる。


「セシー、君の髪がとても綺麗な銀色になっている。」


「え、あ!あれ?なんで⁉」


「長さも少し伸びている。」


今日のセシルは仕事がないので肩より下に伸びた髪を結ばずに降ろしていた。いまのセシルは背中の真ん中あたりまで銀の髪が伸びている。無言で見つめ合う二人にオブリーが帰宅を告げた。そしてこの後、本邸から食事を運んで来たフェンリルも交えて四人の空気が固まるのだ。

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