はじめましてのご挨拶。(改)
この物語に登場する主人公ニーム・ロドリゲス・ガウスは、愛称ルディで呼ばれています。ロドリゲスからルディとはあまり転換しにくいかと思いますがご了承の上読み進んでいただけるとありがたいです。
それは、雨がしとしと降る日だった。
本邸の奥様から呼び出しを受けたニーム・ロドリゲス・ガウス、通称ルディは本邸の執事に連れられて、客間に案内された。途中、何の用件かを頭の中で幾つか想像して歩く。
ルディはここシュヴァリエ公爵家の屋敷預かりの魔法使い見習いだから、もしかしたらどこかの縁談の相性なんかを視てほしいとかまた言われるのかな?この前の子爵令嬢の件が上手くまとまったからそんな事だろうな・・・と、ぼんやり考えながら歩いた。僕はまだまだ魔法魔術技師学校の学生なんだからあんまり当てにされても外れたときに困るんだけど・・・。
ーそれにしても、静かだな。ー
公爵夫人に来客中ならサロンの方がいつも賑っているのに、今日の用事はまた別件かな。
「っと、すみませんアーウィンさん。」
考えながら歩いていたからいつの間にか止まった執事に気づかずに背中にぶつかってしまった。
ーあぁ、なんという失態。僕とした事が・・・ー
心の中で頭を抱え込んでしまっているとアーウィンはいつもの真面目な顔を崩さない程度に微笑んでからドアをノックし客間の中にいる公爵夫人にルディの到着を告げた。
「奥様、ガウス様をお連れいたしました。」
この執事はいつも、子供の彼を苗字に敬称付けで呼んでくれる。そのたびにルディはなんだか申し訳ない気がして少し小さくなってしまう。そんな彼の心中をよそに中から扉が開かれた。
「では、私はこれにて失礼いたします。」
「ありがとうアーウィン。さ、ルディこちらにどうぞ来て頂戴。今日はあなたに会わせたい人がいるのよ。」
「・・・失礼します。」
やっぱり何かの占いを頼まれるのかな・・・とか考えながら扉を開けてくれた侍女に案内されて公爵夫人のいるテーブルまで近づいていく。
「おい、ルディ。お前また厄介ごとを頼まれるんじゃないかって顔に出てるぞ。」
やや俯き加減に歩いていたためか、思いもよらず同い年の公爵家三男のウィレムが声をかけてきたことに驚いて顔を上げシュヴァリエ公爵夫人に慌てて挨拶をする。
「お待たせいたしました公爵夫人。」
パッと見た感じ室内には先ほどの侍女と公爵夫人親子しか見られなかったことに内心ホッとした。
「ウィレム、余計なことは言わなくていいのよ。ルディ、先日は無理を頼んでごめんなさいね。でもお陰で良い縁談に恵まれたと子爵家から感謝されているわ、本当にありがとう。」
少女のような笑顔でにっこりとお礼を言われると悪い気はしない、ここの夫人はなんというかとても心を和やかにさせてくれる方だ。
しかし、確か会わせたい人がいると言われた気がするのだが目の前には親子の姿しかない。
「子爵様に喜んでいただける結果となって幸いです。ご婚約が整ったそうですね、喜ばしいことです。・・・ところで、あの・・・」
「あぁ!ごめんなさい、私ったら。どうぞ、かけて頂戴いま紹介するわね。」
ニコニコとしながら座ることを勧められたので向かい側のソファに腰掛ける。目の前で友人であるウィレムが意味ありげにニヤついているのが気になるが、当の客人はどちらにいるのだろう。
「あら?いまここにいたのに・・・エミリー、あの子はどこかしら?」
あぁ、この侍女はエミリーというのか。公爵家は使用人の数も半端なく最近魔法魔術技師学校の寄宿舎からこちらの屋敷預かりになり、離れに住む事になったルディは本邸の使用人の数と名前をまだ完璧に覚えていない。エミリーは部屋の隅に向かうと出窓に掛かったカーテンの裏から何かを抱きかかえてこちらに帰ってきた。
(人形?)
淡い灰色の髪を肩で切り揃え、白い肌に映えるピンクの可愛らしいフリルがたっぷりとついた洋服を着た4・5歳の少女に見える人形・・・初めはそう思った。エミリーが近づくにつれその大きな薄い翠色の瞳から涙がポロポロとこぼれているのを見つけるまでは。
「さぁ、いらっしゃいセシル。ほらもう泣かないのよ、お待ちかねの魔法使いさんが来てくれたわ。ご挨拶はできる?」
エミリーからセシルと呼ばれた少女を抱き取ると夫人がルディの方を見て紹介した。
「この方があなたの魔法使いさんよ。ルディ、この小さなレディにご挨拶してしてくださる?」
「あ、えーと・・・はじめまして、ニーム・ロドリゲス・ガウスです。以後お見知りおきを。」
「さぁ、今度はあなたが名乗る番よ。魔法使いさんにお名前を言えるかしら?」
奥様に抱かれていた少女は涙を止めて大きな瞳を更に大きく見開き僕を見つめていたが、奥様の耳元で何かを囁くと床に降りて僕に向かって小さいけれどしっかりとした口調で名乗ってくれた。
「はじめまして、がうすさま。わたしのなまえは、せしりあ・みるふぉいです。きょうからよろしくおねがいいたします。」
名乗り終わると小さなレディはぴょこんと頭を下げ、なぜか・・・気がつくと僕の服の裾を引っ張り半身を僕の背中に隠れるようにくっついてきた。・・・・・なにこれ?
「よくお名前が言えましたねセシル。魔法使いさんは決して怖い方ではありません、あなたの味方ですよ。では、エミリーに離れへ案内してもらいましょうか。その間、魔法使いさんは私達と大事なお話があるのであちらで待てますか?」
「・・・はい、おくさま。」
こっくりと頷いて、ルディの服の裾を一瞬ためらい離した後エミリーの手を握り二人は客室から出て行った。部屋に残った三人の中でまったく状況が掴めていないルディに向かってまたもや得意の和みスマイルで公爵夫人が経緯を説明し始める。勧められた紅茶とお菓子をつまみながら話しを聞かされる。
「つまりね、いつものように慈善事業で孤児院を回っていたときにあの子を見つけたのよ。」
貴族もただただ優雅に生活しているわけではない、爵位を持つ主人は主に王宮や領地で国や民のために仕事をし、その夫人達はお茶会など開きながら慈善事業としてチャリティや市井の孤児院などを回り国の未来を担う子供たちのために環境を整えたり、必要な物資を寄付したりしているのだ。特にこの家の奥方はよくそうした活動の中で、これはと思う子供を見かければ引き取り使用人として雇用しある程度の教養を身につけさせている。だからこの屋敷に使える使用人たちは優秀であり公爵夫妻に絶対の服従を誓っているのだ。
そして、先日の孤児院訪問で先ほどの少女を見つけたらしい。ルディが知る中では最年少の子どもだ。
何でも、いつも行く孤児院の中なのだがセシリアを見たのは初めてだった。彼女は庭の隅でただ立っていた。髪の色も地味で肌こそ白いが特に目立つはずのないその少女に夫人は何故か吸い寄せられるように近づいていった。
そして振り向いた少女を見てこれはと思いすぐさま引き取ることにしたのだ、それも僕のために。少女の瞳は、薄い翠色をしていたが光の加減でくるくると色が変わって見えたそうだ。確かに、珍しい瞳かもしれないだけどそれだけで何が僕に関係するのだろう?
「あなたを魔法技師長から預かったのもちょうどあのくらいの歳だったかしら?早いものね、もう背丈だけはうちのウィリーと並んで私を追い越しそうだわ。」
ふふっと笑いながら紅茶を一口含みそれからルディの顔を真剣な眼差しで見た。
「セシリアはねあなたの専属侍女にしようと思って引き取ったのよ。」
「え・・・でも、あの子まだ5歳くらいですよね?それに離れにはフェンリルさんがいてお世話をして下さってますし、第一まだ見習いの僕にそんな専属侍女なんて早すぎますし勿体無いお話です。」
「いいえ、あの子を見た瞬間閃いたの。あなたの暴走するその力を抑える力のある人間だと。こんな出会いそうそうあるものじゃなくてよ、旦那様にも許可はいただいているし魔法技師長にも話は伝えてあります。あの子をあなたの傍に置くことは後々きっと良い影響を与えるでしょう。」
・・・そうルディも、もともと孤児だったのを縁あって現在の魔法技師長に拾われてその後この公爵家の屋敷預かりになることになったのだ。何も魔法技師長の家で預かってもらってもいいのだが、どうやら彼の魔力は未知数で家を度々空ける魔法技師長の家では家屋にある魔具などに影響を与えるし、魔法魔術技師学校の寄宿舎でも魔力の暴発で寮内を破壊しかねない、ということでこの公爵家がルディが寄宿舎を出た後、屋敷預かりの魔法使いとして離れに迎え入れて名乗り出てくれた。ちなみに公爵は宰相として殆ど屋敷を留守にしており、上の二人の子息はそれぞれ王宮の近衛隊と文官としてやはり殆どを王宮で過ごされている。三男のウィリーの上に一粒種の令嬢アナスタシアがいるがこちらも歳の近い王女殿下達の友人兼筆頭侍女として王宮に勤めているので、現在のところこの屋敷には公爵夫人と近衛隊見習いのウィレムが在住している。
王家に次ぐ結界の施された離れには、そこを管轄する執事のオブリーと侍女のフェンリルがルディの世話をしてくれているのでしばらくは困ったことはないはずなのだが・・・。
「ところが、あの子にもお前が必要というわけなのさ。」
ここで僕と同い年のウィリーが口を挟む。
「なんで?」
「あの子も魔力らしい能力があるんだけど、何故だかお前の魔力にに同調してるんだよ。これは魔法技師長のお墨付き。早い話がお前の魔力と相殺されて上手い具合に調整できる存在になるんじゃないかってわけ。」
「いや、でもあんな小さい子どもどうやって僕が世話すりゃいいのさ!?」
うっかり夫人の前で仮にも子息にタメ口利いてしまった。でもそこは兄弟同然に育ててくれた夫人はやはりにこやかに見守っている。
「まぁしばらくは戸惑うこともあるでしょうけど、妹ができたと思って頂戴。お世話はフェンリルが殆どしてくれるから大丈夫でしょう。ドアの外にアーウィンがいるはずだから離れまで送ってもらって頂戴ね。急な話で驚いているでしょうけど、きっとあなたの為になるわ。」
「そうそう。それに、セシルは今日まで本邸で預かっていたんだけどさなかなか懐いてくれなくて。母上は楽しそうに姉上のお古を出してきて着せ替えごっこを楽しんでたんだけど何せ今まで質素な生活をしてただろう?何をするにもビクビクして、俺が声をかけても殆ど泣かれて参ってたんだよ。ところがさっきのご対面であの子お前の傍にすぐくっついていっただろ?見込みありだよ、仲良くしろよ。」
ウィレムの話しぶりでは相当手を焼いていたらしいことが伝わってきた。そんな幼い子どもの相手を自分が務まるのだろうが?がっくりと肩を落としながらアーウィンに連れられ離れに戻る道中、珍しく彼のほうから話しかけてきた。
「ガウス様、セシリア・ミルフォイ嬢はなかなかにウィレム様泣かせのようでしたが性格はおとなしく自分の役目を小さいながらも理解しようとしていますよ。まだまだ幼いのでフェンリルが始めは躾係として主にお世話をすることになるでしょう。ガウス様はまだ学生の身分ゆえその本分に集中し時折セシリア嬢の遊び相手をして差し上げればよろしいかと思います。孤児院育ちですが、元は身分のある家柄の出ではないかと公爵ご夫妻と魔法技師長の見解ですがいまとなってはその生まれも知る由もありません。セシリア・ミルフォイという名も孤児院でつけられた名前のようですし、身寄りのない境遇で寂しい思いをしてきたと思われます。どうか、お時間の許す限りお相手をしてさしあげてくださいませ。」
「はい、わかりました。僕も魔法技師長に拾われた身の上です、あの子の境遇にも自分のことが重なりますし奥様の仰られたとおり妹分としてお世話をしてみます。」
そういってアーウィンの顔を見上げてにっこりと笑って見せると彼も安心したように微笑んで見せた。彼はどうやら幼くして使用人として迎えれたセシリアを気にかけているらしい。本邸と離れは結界で仕切られている。離れへと出る扉には警備の兵士がいて、そこでルディはアーウィンと別れた。さて、では新しい妹君にどう接したらいいかな。などと考えながら警備兵に挨拶をし離れに戻る。そして、そこで先ほど客間で見たのと同じ光景を見るのだった。困り顔のフェンリルに見つめられルディはそっと部屋の隅のカーテンの中身を確かめる。
「ごめんねセシリア、帰りが遅くなっちゃって。」
スッポリとカーテンに収まっていたセシリアは真っ赤になった瞳を向けると視線を合わせてかがんだルディの首に抱きついてきた。