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夢の中

 最初は音も声もなかったと思う。色もなかったように思う。

 思う、というのは、目覚めてしまった今、記憶が克明じゃないからだ。

 霧がかかったように白い空間で何もなく、私自身も個体がなくて宙に漂っているみたいな、変な感じで。

 そこに、ゆらゆらと形をなして現われたのが、彼女だったのだ。


 すぐに彼女だと分かった理由は、彼女がまだ中学生ぐらいの格好をしていて、当時の面影が残っていたからだ。だのに同じく形をなした私は、現在の高校生の状態である。

 頭のしごく冷えた部分で、まぁ夢だからなーと思う一方、夢の中の私は勝手に言葉を紡いでいた。

「よく見つけてくれたね」

 声が出ている。

 途端に周囲の風景も、もやが晴れていくように部屋が見えだした。私の部屋だ。タンスや机、ベッドも何もかもが今の状態で、私たちを囲んでいる。私はベッドに座っており寝間着のままで、彼女はベッドのそばに立っている。まるで風邪で寝込む私を、彼女がお見舞いに来てくれたみたいな図だ。

 ちょっと恥ずかしいな、などと感じた。私だけ寝間着なんて。せっかくの再開なのに。

 彼女は私の格好になど頓着しておらず、とにかく会えたことが嬉しい、といった風な表情を示してくれていた。

「見つけてくれたのは、あなただよ。思いだしてくれたから……」

「え?」

 思いだしたから、何?

 彼女の唇が笑みを作ったまま動いていたが、そこから紡がれているはずの言葉が私の耳に届かない。

 けれど恨み言を呟いているようには見えない美しい笑みである。


 どうして、この子は私を親友だと言ってくれたのだろう。

 私は何もしなかった。ただ一緒にいただけだった。一緒に給食を食べて休み時間にお絵かきをして、一緒に登下校をして他の皆に彼女を紹介しただけだった。

 いじめっ子から彼女を守っただとかいう伝説は、まるでない。彼女はイジメに遭うタイプではなかった。私も巧く逃れてたけど、そもそも小学校はまだ深刻なイジメなんて、なかったし。

 小学校は。

 ふと天啓のように頭にひらめいてしまい、私は訊かずにいられなくなってしまった。

「大丈夫? 今、高校だよね。イジメられたりとかしてない?」


 訊いて何になるのだろう。夢なのに。

 私の夢だ。

 私の記憶が再現できる彼女の姿が、せいぜい中学生までだった、その幻像に向かって心配してみても彼女に届くわけもない。

 けれど彼女は私の気持ちを汲んでくれたかのように顔を歪め、笑みを作ってくれたのだった。

「大丈夫。中学はイジメられたけど、今は……」

 と、またそこで声が消えたが、今度は消えたことよりもイジメられていたことの方が強烈に胸を打った。

 急に、私のせいだ、と思えた。


 私のせいだ。私の。

 私が、年賀状を送るのをやめたから。

 中学2年の冬、教室にかったるい空気が流れていて何もかもが面倒になって友達と思ってない子のことまで友達として扱わなきゃいけないことが馬鹿らしくなって、ついでに全然会ってない子のことまで、どうして年賀状をだけ送り続けるんだが馬鹿らしくなって。

 だって、会えるわけじゃないのに。

 会えるとしたって何年後のことだか分からないのに、そんな子にまで毎年毎年ずっと気を遣うのかと思ったら、むなしくなっちゃって。

 でも、そんな私の葉書でも、楽しみにしててくれてたかも知れないと思ったら、勝手にやめたことが申し訳なくなって。

 日々の辛さだって、ひょっとしたらお正月の葉書一枚でホッとできてたかも知れないのだ。

 親友だねと抱きついてきてくれた日のことが思いだされ、同時に色あせて目の前にいる彼女の姿を薄れさせた。


 ゴメンと呟いた言葉は、声になっていなかった。

 声が出なかった。いや、なぜか息もできなかった。

「……?」

 気づくと彼女がすぐそばに立っていて、私の手を掴んでいた。氷みたいに冷たい。

「行こう」

 彼女の声が脳裏に響く。耳から入った音でなく、脳に直接送られていたみたいな近さだ。声までもが冷水を流す川みたいに冷ややかで滑らかで、私の体中を撫でていく。冷たさと暗さに、体中が総毛だった。

 彼女の口から出たのではなく、私が私の思考を他人事みたいに考えているように感じられる。

 彼女と私が一体化したかのような。

 彼女が私に乗り移ったかのような?

 私の中で、彼女が話す。

「親友だよね」

 握られた腕にこもる力が強くなり、私は反射的に身体を引いていた。喉まで出かかった言葉は、声が出せないせいで声にならなかった。


 いやっ……!


 その時すぐ近くて、犬の鳴き声がした。

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