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思い出

 中津川というのは、栗きんとんのメッカらしい。

「あ」

 おいしい、まで声に出せず、口の中が栗でいっぱいになる。

 一口で頬張れそうに上品な和菓子をそっとかじって半分だけ味わい、そのまた半分だけを口に入れて味わい、お茶を飲み、ゆっくりと最後の一口を堪能した。

「おいしいねぇ」

 バス旅行の土産だと買ってきてくれた母親に笑顔を見せて、お茶を含んで、私は満足の溜め息を吐いた。甘すぎず苦味もなく、パサついてもなくて分量もちょうどいい。いや、これなら二個でも三個でも食べられそうだけど。

 一言で言えば、上品だ。

「大袈裟ねぇ」

 苦笑しつつも、まんざらでもなさそうな母に礼を言って、そういえば……と私は、ある友人を思いだした。あの子も上品な子だったな。


「小学校の時の友達が、中津川から転校してきた子だった気がする」

「ああ。そういえばお母さんが栗きんとんを知ったのも、あの子がお土産にくれたからだったわねぇ」

 お祖母ちゃんちに行ったから、と、彼女がくれた栗きんとん。

 彼女自身も大好きで、でも、なかなか食べられないものだからと、まるで宝石を扱うかのように丁寧に口にした日のことが、まるでつい先ほど食べた栗きんとんがそうであったかのように、脳裏にフラッシュバックする。

 透明な塩ビのケースに入った栗きんとんは、小学生には高級なお菓子だった。それに崩れやすくて食べにくかった。菓子皿にそおっと移して、フォークもゆっくり刺さないとボロボロこぼれてしまう、まるで彼女の心さながらのお菓子だった。


 大切な秋を味わった日々だが、確か記憶にあるのは二回だ。二回里帰りをした土産で栗きんとんを頂き、三回目の秋には、もう彼女は転校していなくなったものだった。中学に上がる年のことだった。

「あの子とは、もう年賀状のやり取りもなくなったんだっけ?」

 訊かれて、多少後ろめたい気持ちが沸く。

「ないよ。私から、やめたからね」

 吐き捨てて、母親を驚かせてしまった。

 近場への引っ越しで学校も変わらなかったから年賀状を書くのが面倒になり、すべての挨拶をボイコットした年があったのだ。

 親戚の葬式で……などと巧く言い訳できる年齢ではなかった。だが年賀状の交換を面倒に思う友達はかなり多く、当時はそうした風潮に乗った気持ちだったから、さして悪いことをしているつもりはなかった。むしろ、そこで気を遣う必要のなくなった友人の縁を切ることができて、せいせいしたものだったのだ。

 だが。

 連絡が途絶えてしまってから、後悔した。


 携帯電話も持たない田舎で、子供時代に途切れた連絡先など、復旧のめどはない。

 翌年の年賀状は、宛先不明で戻ってきた。前の年に相手も引っ越ししてしまっていたものらしい。そもそも転勤族だと言っていた。だったら、あの子も転居お知らせをくれてないのが悪いじゃん! と逆切れした。そこに綴った自分の言い訳を読みたくなくて、すぐに破って捨てたものだった。

 今では、もう高校生だ。もし会えても、きっと互いに見分けられないことだろう。

 さして重大な過失をしたつもりじゃなかったのに拭えない罪悪感が、普段は日常に掻き消されているのに、栗きんとんのせいで噴きだしてしまった。

 そのせいだろうか。その日の夜、私は夢を見た。

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