24.セイレーン
京介さん。楽しんでます。
会場から地上に出るとそこは旧フェリプス邸の真ん前にでた。
この屋敷の上に美樹が・・・
彼女だけではなくまだオークション会場に連れてこられていない
控えの商品たちもここにいるとのことだ。
本来ならば懐かしいはずの魔界独特の濃密な空気が
今は何故か苛立たしく、旧フェリプス邸の古き良きドイツ建築を
思わせるロマンティックな建物・・・
有名テーマパークのおとぎの城をミニチュアにしたような風貌も
神経を逆なでるようだ。
「無事で・・・」
傷物になっては商品価値が下がってしまうので
大事に保護されている可能性は高い。
それでもやはり心配だ。
彼女の身に何かあったら・・・・
俺はどう責任を取れるのか?
もしかしたら彼女にとって俺は疫病神かもしれない・・・。
古風な鍵を回しそっとドアを開ける。
(見張りがいるかもしれない?)
気配を探ってみたが全く生き物の気配が感じられなかった。
ただ唯一感じられるのは強力な結界の痕跡のみ。
あの傀儡は結界師としても超一流だったようだ、
既に過去形ではあるが。
「術者が死んだから消えたのか?」
普通は術者が死ぬと結界の効力は弱まり時間の経過と共に
その力は次第に失われていく。
しかしこの短時間で力が弱くなったとは考えにくい。
じゃあ何故?
これは罠?
いくつもの可能性が頭に浮かぶがどれか検証しているヒマはない!
(罠ならば力業で突破すりゃいいか)
京介は静まりかえったエントランスに足を踏み入れた。
うずくまる人影に身を固くするとそれは寝息を立てて安眠している
メイドと思しき下級悪魔だった。
「ね・・・てる?」
他にも寝ているメイド服らしい格好をした女が
廊下で寝こけている。
(これは・・・・何なんだ?)
全く解らない。
しかし美樹の気配は感じられる。
この近く・・・・この部屋かな?
ドアを開けると、広い部屋・・・
日本式に言えば30-40畳はあるだろうか?
そんな部屋のクイーンサイズのベッドの上、
見慣れぬドレス姿で美樹はぼんやりと座っていた。
「京介さん」
呆然としている・・というよりもぼんやりとしいると
表現するのがぴったりくる声色で美樹はその名を呼ぶ。
見たところ大きな外傷はなさそうだ。
商品は大事に保管しておいてくれたのだろう。
「大丈夫?」
ほっとしながらも駆け寄った京介の首に美樹はひしと抱きついてくる。
いきなりのことで京介の腕は行き場を無くしてしまう。
「怖かったの・・・」
ぎゅ・・・と京介の首に回した腕に力がこもる。
そっと細い身体を抱きしめ返すと香水らしき甘い香りが
鼻腔をくすぐる。
「ごめんね・・・怖い想いさせちゃって・・」
腕の中の美樹が顔を上げ潤んだ瞳で京介を見上げた。
メイクのせいなのか?
濡れたような艶やかな口唇が清楚な美樹に色香を足している。
「京介さん・・・よかった・・・」
もう一度、京介の首に回した腕に力を込め
そのままゆっくりとベッドへ抱き倒してくる。
(おいおい、どうしたんだよ)
どうやら違って見えるのはメイクのせいだけではないようだ。
怖さで混乱しているのか?
もう一度美樹を見やるが至極落ち着いているように見える。
「竹来さ・・ん?」
何かの間違いかな?と色々考えてしまう。
「さん、はいらないし・・美樹って呼んで・・・」
いつもよりも気怠げで甘い声が普段の美樹からは
絶対に出てこないであろう積極的な誘惑を示している。
すごく嬉しいけれどもさすがにコレはおかしいよなぁ・・。
しかもこの妙に耳に残る声色にはどこか聞き覚えがある。
誘惑・・・声・・・・
「あ、セイレーンか。
って何で?」
今おかしいのは美樹の自我が抑え込まれてセイレーンとしての
美樹が表面に現れたのだろうか?
それはリキュスカが歌った歌と魔界の空気、
そして極限状態だった美樹の精神状態のせいとは流石に
京介は知るよしもなかった。
キメラでも立派にセイレーンするんだなぁ
と美樹を組み敷いている体勢ながらしみじみと
納得してしまう余裕が自分でもおかしい。
そっか、人間界とちがって魔界には邪気・・・
滝山の言葉で言えば瘴気に当てられてしまい、
よりcreature「らしい」姿になったってわけかな?
と、ここまでは推測できた。
いや、待てよ。
この屋敷全体は結界によって空気清浄がなされているから
瘴気は無いはずだが・・・・?
悩みつつも目の前の美樹の艶姿を見るとそれしか考えられなかった。
って事は・・あの結界を破ったのも見張りを眠らせたのも
美樹が言霊で子守歌でも歌ったのだろうか?
そんなトコがこのお嬢さんに可能なのか?
「本人に聞いてみないと真相はわからないなぁ」
美樹を見下ろしながら、
どうせこのまま人間界に連れて行けば元に戻るんだろうしと気楽に構える。
(戻らなかったら困るけれどねぇ)
でも・・この妖艶な美樹が人間界に放たれたら何人の男を虜にし
喰いモノするのかと少し嫉妬じみた気持ちで考えてしまう。
麗姿のその実、セイレーンは凶暴な肉食獣なのだ。
本来、その艶姿で男を惑わし肉に食らいつく種族・・・
キメラである美樹は人食するかは謎だが・・・。
(って言っても今、このお嬢さんに喰われるほど俺も弱くないし・・・)
魔性を感じさせるまでに妖艶な美樹を堪能するのもいいかもしれない。
でもなぁ・・いつもの美樹さんに迫られるなら嬉しいけれどなぁ・・
ってか迫られるよりも迫るほうが好みかも
そんなあほな思考を巡らせながら腕の中にいる美樹を見やる。
細い首筋や白い胸元、花弁色の唇を見ると
何もしないのも惜しい気がしてくる。
(いやいや、いかんな)
折角誘惑してくれているんだし据え膳食わねば何とやら・・・
いや、今は美樹さんであって美樹さんじゃないんだから。
正気を無くしてる女性に何する気だよ、おい。
ひんやりとした指で京介の頬をそっと包み無言で見上げる仕草が
京介の支配欲をくすぐる・・・
しかしそれと拮抗して自制心がドレスに手をかけようとする行動を制御する。
血くらいもらっておこうかなー、キメラ作成に魔力使ったし・・・
先ほどの悪魔族の人形との戦いで多くの魔力を消費した。
要するにお腹が空いている?喉が渇いている?状態なのだ。
しかも状況は最高。
ベッド上の行為に乗じて吸血を行う事が多い京介には
願ってもない場面なのだが・・・・
しかも折角だしそのまま色々しても・・・
(でもねー・・やっぱり・・・ね)
あー、俺って好きになったコにはなかなか手が出せないって
古いタイプなのかなー?
なんて冗談じみたひとりごちしながら
「色々なことは今度よろしく」
正気の美樹が聞いたらきょとんとしてしまいそうな台詞をつぶやき
人差し指を美樹の額に当て
「おやすみなさい」
いつかした脳に覚醒の合図を送るのとは逆の施術・・・
脳に睡眠を誘発する合図を送ると潤んだ瞳がゆっくりと閉じられ
そのまま「すー、すー」と静かな寝息を立て始める。
やっぱりキスくらいしておけばよかったかな?
昼間はいつもの美樹で夜はセイレーンの美樹・・・
理想かもしれない。
なんていささかオヤジな事を思いながら幸せそうに熟睡している
美樹をみやる。
「ま、色々今度・・・ね」
もう一度言いながらちょっと遠慮気味ながら額にキスをする。
今日はこれだけで我慢しておくよ、ひんやりとした頬を撫でると
美樹がちょっと笑顔になった・・・気がした。
もう一人のお姫様は隣りの部屋にいた。
他のメイドたちと同様に眠りこけていたが赤い振り袖を着せられ、
今時珍しいまでの真っ黒な髪はまるで大きな日本人形のようだ。
真面目な美少女としかきいていないが状況からして
昇迦から聞かされた一島桜と考えて間違いないだろう。
調査開始以前の被害者がいるだろうがその者たちは
もうこの世にはいないだろう・・・・。
「良かったな、昇迦。お前のお姫さんも無事みたいだよ」
腕に美樹を抱いているので桜は起こさなくてはならなかった。
(美樹の物らしき鞄も持ってるしね)
目立った外傷は見られず規則正しい寝息はなんら異常ないようにみえる。
おはよう。
少女の額に掌をかざし覚醒の合図を送ると
「・・・・ん・・・・」
小さく身じろぎし
「あ・・・」
うっすらと瞳を開ける。
「おはよう。えっと・・・違ったらごめんね。
一島さんかな?」
「はい・・・・・えっ??」
確かに目が覚めたら腕には気を失っている女性を抱きかかえた男が
立っていたらそりゃおびえるだろう。
しかも仰々しくタキシードまで着込んでいるし
自分は自分でいつの間にか着替えさせられているし・・・
一島 桜は大きく目を見開き怯えたように後ずさる。
「あ・・・安心して。俺、曙 昇迦の家庭教師」
なんて間抜けな自己紹介なんだ!
しかし桜は昇迦の名前に反応し
「曙くん!ああ・・・・今何曜日かしら?」
「え?あ・・えっと水曜日かなぁ?」
全く持って場違いな質問に至極ばか丁寧に答えてしまう。
「水曜・・・・やだ!何時!?曙君と引き合わせてもらえる約束を
やっと取り付けたのに・・・・」
驚いて、慌てて・・・そしてはらはらと涙をこぼし始める。
何とも女の子ってのは忙しい生き物だ。
ってか自分の安否より先に曜日を確認するって・・・大物だなぁ。
でもそうか・・・・このコも昇迦の事を・・・
昇迦が真面目になる日も近いってことかな?
京介は苦笑いしてしまう。
「あ、昇迦心配していたよ。約束は大丈夫だよ、今度でも。
ね、無事で良かったね」
「あ・・・私・・・・どうしてこんなところに・・?」
今更かい!?
「えっと・・・覚えているコトないかな?」
「覚えていること・・・・学校帰りに・・・
ホストみたいな男の人に声掛けられて・・・それから記憶が・・・」
ふぅ・・・ん。
ホストみたいな男ねぇ。
そいつが少女たちを・・・そして美樹を誘拐したのだろうか。
「どこか痛いところとかない?」
「・・・大丈夫です。ただ・・・・この振り袖は・・・?」
「さぁ・・・何だろうねぇ?この人もこんなドレス着せられちゃってるし・・
誘拐犯の趣味かねぇ?」
美樹を見やりとぼけた笑顔を見せる。
桜も緊張が解けたのかつられて笑顔になる。
「えっと、もしかしてあのソファにかかっている服って君のかな?」
ソファの上には無造作に学生服らしいものが投げ出されている。
「あ、多分そうです。
じゃあ着替えます・・・えっとここは・・・・都内ですか?
誘拐犯は?」
「じゃ、着替える間はお部屋出てるね。
んと・・・誘拐犯は取り敢えずは大丈夫だよ。
ちゃんとお家まで送り届けるから安心して・・・・ただねぇ
不安なのは君のご両親やまわりのみんなが大騒ぎなんだよねぇ」
どうしよ?と京介は肩をすくめて見せる。
「警察に?」
「うーん。恐らく警察にはまだだと思うんだけれど・・・・」
これが桜一人だけだったら記憶操作すれば万事解決だが
今回は両親に始まり昇迦など友人たちにも話しが回ってしまっている。
(そんな大人数に記憶操作ってのもなぁ・・・)
うーん、と頭を悩ませていたら
「京介、お前もたまにゃ人を頼るってことを覚えるんだな」
背後からジムの呆れ声が聞こえた。
「あれ?ジム」
「あれ?じゃないだろ、京介。
会場の方は呼んだ部下たちに任せてきたよ。
誘拐された被害者たちは各家庭に返し誘拐された間の記憶は
消しておくように指示しておいたよ
オークション会場にいた少女が3人、
少年2人そしてキメラ一人・・・
行方不明者数とも合致した。
彼女を入れてこれで全部だろう」
腕に掛けていたジャケットをキングサイズのベッドに投げ自らも腰掛ける。
「今悩んでいるのは要はそのお嬢さんの記憶と両親、
友人数名の記憶操作すればいいんだろ?
それくらいならば俺の部下にやらせるよ。
友人たちは電話を媒介として術かければ手間もかからんしな。
お前は少し休めよ。まだ滝山が残っているんだしな」
そう言うジム自身にも疲れが見える。
「そっか。んじゃお願いしちゃおうかな。
ってことで一島さん、着替えてくれるかな?
このお兄さんの部下がちゃんと君のお家まで送り届けてくれるから。
あ、安心してね。俺たちは・・その・・・誘拐犯とは違うから」
そういえばちゃんと京介たちの立ち位置を説明していない。
桜にとっては京介らも誘拐犯も変わらなく映っても仕方ない。
「いいえ。曙君のお知り合いなんですよね。
だったら信じます。」
きっぱりと言い切る桜は何だか頼りない外見よりも
しっかりしているように見受けられる。
それとも恋する乙女は強いってやつ?
桜はジムの部下である人狼族の女性に伴われ人間界に戻っていった。
何か京介の性格がだんだんオヤジくさくなってきました・・
ちなみに性格のモデルは作者自身です(汗




