23.言霊
相乗効果ってあるもんです
美樹は甘ったるい香りの中で目が覚めた。
ゆっくりと重い瞼を開けると・・・見覚えのない天井が見える。
どこ・・?私の部屋じゃない・・・・。
依然、健康診断での採血により倒れて医務室のベッドで目覚めた時が
思い出された。
しかし背中から伝わる感触は医務室のベッドにしては
ふっくらし過ぎている。
「ど・・こ・・?」
口の中は乾いており、頭が妙に重い。
経験ないけれど二日酔いってこんな感じかしら?
とぼんやり考える。
2,3回瞬きをし、ゆっくりと体を起こすと
どこにも痛みを感じずに動くことが出来る。
ホテル?
寝かされていた大きな真鍮のベッドは羽毛布団らしく
ふかふかと気持ちよい。
同じく真鍮のとってがついたアンティークなドレッサーは
かのセットかショウルームのように完璧に配置されている。
ふと視線を自分の身体に落とすと見知らぬ服を着せられていた。
ベッドから降りると毛足の長いカーペットが裸足を優しく包んだ。
壁にかけてある仰々しいレリーフの鏡をのぞき込むと
「わぁ・・」
中世のデザインだろうか?
映画の中でしか見ることがなさそうなモスグリーンの豪奢なドレスが
見慣れたハズの自分を包んでおり、広く開いた胸繰りが
何だか気恥ずかしい。
「すごぉい・・・」
自分では決してしないような濃いメーキャップに
クラシカルなアップスタイルがまるで別人のように仕上げている。
部屋を見渡すと大きなソファの上には
数点のドレスが掛けられている。
(誰かが着替えさせてくれたのかしら?)
今更ながら何もされてないか不安になってきた。
どこも痛いところないわよ・・・ね?
自分の身体をぺたぺたと触りながら確かめていく。
多分・・・大丈夫・・かなぁ?
えっと、知らない男に声をかけられて・・・
そのまま記憶がなくて・・・
考えれば考えるほどに状況が掴めない。
ドレスに紛れてソファの上に見覚えのある自分のバッグを
見つけほっとする。
携帯があれば・・・と中を探ると
「あった!」
安心するのも束の間
「圏外・・・」
落胆する。
人間界ですらない魔界で携帯電話の電波が通じるはずもないのだが
美樹にはそんな事は思いもよらない。
気を取り直して部屋のドアを見つめそっとノブに手をかける。
全く回らないし押しても引いても全く動く気配がない。
「誰か!誰かいませんか!?」
ドアを叩きながら大声をだすが辺りには全く音がない。
通常だったらどんなに静かな空間でも風の音や外の気配などが感じられるハズなのだが全くそれらがない。
どうしよう・・・ここってどこかしら?
頭がハッキリするにつれ不安が大きくなってくる。
私ってば死んじゃったの?ここって死後の世界?
もう一度部屋を見渡す。
趣味もよくすばらしい部屋だがそれでもとてもくつろぐ気分になんて
なれない。
身震いしそうになるのを何とか抑え、
こんな時は・・・と京介の言葉を思い出した。
『取り敢えず落ち着く。なんなら歌でも歌っちゃう』
そうよ、こんな時こそ落ち着いて何か手を考えなくちゃ!
落ち着いて・・・落ち着いて・・・・
えっと・・・多分私はまだ生きている・・・はず。
あの男の人に誘拐されたのかしら?
えっと・・・んー・・・・どうしよう?
落ち着かなくなってきてしまう。
そうだ!歌・・・歌!
京介の顔が浮かぶと何故かすごく懐かしい気持ちになった。
すぅ・・と息を吸ってゆっくり歌を紡ぎ出した。
今日の朝、聴いた確か今売れているバンドの曲・・・
歌詞もメロディーもかなりうろ覚えだったが
確かにそれを思い出そうと努力している間だけは
今の状況を忘れることが出来る。
一緒に住んでいた恋人同士が別れ、彼女が寝ている間に
部屋を出ていく歌・・・・・
恋愛経験の薄い上に男性側から歌った詞を美樹が
感情移入することは難しい・・・
しかしただただうろ覚えの単語をつなげながら歌を必死で紡ぎ・・・・
「扉を開けたら」「おやすみ」といったキーワードを含む
その歌声は声が届かなくとも空気を振動させ辺り一帯に染み渡り・・・
そしてリキュスカの歌とシンクロし「呪い」を発動させていった。




