19.裏切り
インペリアは仕事熱心だった。少なくとも表面上は。
ナガルが連れてきた商品の在庫管理をし、商品たちをより美しく見せるための
ドレスアップも担当していた。
この組織を手伝うことを内心はよく思っていないことは十分承知だったが、
だからと言って使えないワケではないので十分に働いてもらっていた。
そのインペリアに姉が失敗したプランを引き継いでもらってから初めて、
進展が見られた。
以前逃げてしまった魔獣も確かに惜しかったがそのおかげで
岡見を見つけることができた。
これで首尾良く彼を組織に入れれば当分は人員に困らないだろう。
インペリアはボディーガード兼秘書として十分な働きをみせてくれた。
それはひとえに可愛い妹・リキュスカを人質としていたからだろう。
しかしそのインペリアが死んでしまうと残ったリキュスカに
インペリアの後釜全ては引き継がせるわけにはいかなかった。
確かに滝山に絶対服従で秘書としては使えたが封魔札のせいで大した魔力は使えない。
「そろそろ人事異動するか」
岡見は腕もたつ上に馬鹿ではなさそうだ・・・インペリアの時と同様、
恋人を盾に取り組織に取り込めばいいだろう。
滝山はそんな算段をしながら岡見の恋人をさらったが売り物にはまだするな
との伝言は聞いたが・・・
見ると結構売れそうだし折角なので鑑定してもらうか、
と軽い気持ちで吸血鬼族長・ブレンを管理室まで呼び寄せた。
「Mr.ブレン。彼女を見てもらえるか?」
肖像画然とした美貌の吸血鬼青年は少々芝居がかったような動きで
慇懃に滝山へ挨拶をし、長椅子に横たわっている少女の元に膝まづいた。
「彼女は・・・もしかして・・・」
「どうした?」
「キ・・キメラですか?!」
「あ・・ああ」
キメラ?あの天使像みたいな子供と同じか?
滝山は初耳だったが知っていたフリをする。
「彼女・・・起こしてもいいですか?」
「ああ、傷さえつけなければ何をしてもかまわんよ」
「自我をみるだけですよ」
ブレンは珍しくいささかむっとしながら答え、男にしては繊細な指を
そっとタカクの額にあて覚醒の合図を送る。
「おはよう、お嬢さん」
「あ・・・・・」
眠たそうだがブレンを見つめる瞳は確かな意識が見てとれた。
「お嬢さん。お名前は?」
訛りのない完璧な日本語と優しそうな声でゆっくりと質問する。
「竹来・・美樹です・・・私・・」
ぼんやりとした答えだがその返事にブレンは内心興奮した。
「君は貧血で倒れたんだよ。どこか痛いところはないかな?」
冷静に見渡せばここが医務室ではないことは明白だろうし、
白衣すら着ていない金髪碧眼の医者にも少なからず疑問を抱いたかもしれないが
美樹は素直に質問に答えた。
「ありがとうございます・・・痛いこところはありません・・大丈夫です・・」
「そうか・・よかった。じゃあもう一度お休み・・」
さっきと同様、額に指をあて美樹を眠りに落とす。
「コレは・・・すばらしい!彼女を誰が『作成』したんですか?」
「あ・・ああ、グループ内の人物だ・・」
興奮醒めやらぬブレンは声が知らず知らず大きくなる。
「素晴らしいですよ!完璧だ!何の種族を使ったかは解りませんが
これほどに・・・・精神面に異常を来していないキメラは初めて見ました・・
素晴らしく大量で純粋な魔力を使って彼女を作りあげている・・素晴らしい」
この何の変哲もない小娘が完璧なキメラ?
処女だったら売り物の一人にでもしようと思ったが思わぬ商品を
リキュスカは持ってきてくれたのかもしれない。
「思いの外、できが良くてよかったよ」
「Mr.滝山、彼女は誰が?」
「今は言えないが・・グループ内の者だよ」
「そうですか・・・・」
魔族が人間界に来訪する方法は大きく分けて二つある。
一つは人間による召還。
これは術者の力量によって召還される魔物の格が決まる。
人間の力では歴史に残るような稀代の魔術師でない限り貴族階級の
魔物を召還することは出来ない。過去に戯れに大物魔族が小物に混ざって
召還されたケースもあるらしいが飽くまで稀ではある。
もう一つは空間のひずみを利用し人間界へ降り立つ方法があるが、
この空間のひずみを通れるのは人間界に影響を及ぼせない程の力量・・・
つまり小物しか通ることは出来ない。
よって、人間界に今いる魔族たち・・ブレンやレオンも・・・
そして二人やインペリアがリクルートしてきた魔族の者たちも人
間よりは腕がたつが魔力的には「そこそこ」な者たちばかりだ。
一人、悪魔族長役の紳士はいまいち力量が掴めないところがあったが
それでもこれほどのキメラを作成できる器ではなさそうだった。
例外的に、王族クラスになれば自らそのひずみを作り出して魔界と
人間界を自由に行き来できるが、よもや王族クラスの魔物が人間のために
動くことなんて考えられない。
・・・ってことは・・・
もう一度、深い眠りに落ちているキメラの少女を見やる。
これを作ったのは誰だ?
組織の人間ではないだろう・・。
滝山はとんでもない少女に手を付けてしまったのかもしれない。
この娘のバックグラウンドは危険だ・・・
確かにここでの報酬は魅力的だったが危険が迫っているのならば
そろそろ潮時かもしれない・・・。
ブレンは賢明だった。
賢明にも自然な形で滝山に挨拶をしそのまま部屋を後にし、逃げ出したのだった。
オカミを慌てさせるために「商品画像」でも添付したほうが効果的だったかしら?
商品を保管する魔界の屋敷で、メイドたちが売り物用のヘアメイクを
施されている美樹を座り物憂げに眺めながらリキュスカは心の中でつぶやく。
大学にて堂々と私信を閲覧した際に入手した彼のメールアドレスには
メッセージを送信しておいた。
「リキュスカ様、ドレスをお選びになりますか?」
愛らしいメイド・・・人型の下級creatureだろうか・・・が白いローブ、
赤いカクテルドレス、濃紺の振り袖、モスグリーンのドレスと
次々にベッドに並べてリキュスカの意見を待っている。
美樹をちらりと見て
「そうね・・・グリーンがいいかしら・・」
と深く考えずに口から出た。
インペリアもグリーンのローブが似合っていたわ。
タカクはインペリアと到底似ていない。
どんな彫刻家をもってしても表すことが不可能だろうと言われた
その美しい顔・すばらしいスタイルを思うとタカクは少女じみており
女性の艶やかさが感じられない。
しかし愛らしいことは確かだ。
魔力を今は感じることはないが、creatureとして成熟してくれば
やがてはセイレーンらしくなるかもしれないので、
全てが終わったらタカクをセイレーンの里に連れて行くのもいいかもしれない。
東洋系のセイレーンは一族始まって以来だ。
郷里の仲間たちはこのチャーミングな新入りを歓迎してくれるだろうか?
リキュスカの忘れ形見と知ればみんな大事にしてくれるだろう。
取り敢えずは大事な人質として大事に保護し、
オカミには明日のオークションを「荒らし」てもらおう。
「この娘は明日のオークションには出品しないわ。
だから今日はドレスとメイクの色合わせだけで」
メイド達に指示し美樹の髪にターコイズの簪をさしてやった。
(可愛いわ)
確かにセイレーン特有の艶はないが愛らしく可憐だ。
そんな美樹に満足し
「あ・・・」
次の指示を口にしようとした時に滝山の気配を感じ言葉を止めた。
「・・・ここに来るなんて珍しいですわね、ミスター滝山」
滝山がドアを開けると同時に部屋の入り口に背を向けながらリキュスカは言葉を投げる。
そんな彼女に驚きもせずに
「たまにはね。急遽、明日の商品が増えたからその報告も兼ねて・・ね」
とよく通る甘い声で返事が返ってくる。
「商品?彼女は売りませんわよ。」
いつもは感情がない声に今日は不自然な穏やかさがあり不吉な予感がした。
細身のネクタイはスーツ同様に彼のために仕立てた一点モノだろう。
特別長身というワケではないがバランスの良いスタイルにファイルを
手にし気怠げながらも自信に満ちた佇まいは何だか男の色気を感じさせる。
「彼女を隣の部屋へ。あ、荷物も一緒に持っていってあげて」
リキュスカはメイドに指示し人払いをすると滝山は満足げに次の言葉を放つ。
「リキュスカくん。君も壇上に上ってもらうよ」
至極落ち着いた声、にこやかで完璧な笑顔。
「インペリア君なき今は君の利用価値がひどく下がってね。
私の組織ではオルゴールドールは必要ないんだよ。
君は君を必要とする者の元へ行ってもらう」
(利用価値が無くなったので寝首をかかれないウチに金に換えるってわけね。
いつかはそうなると思っていたけれどオカミを組織に取り込めると
見切り発車するつもりだとは・・・)
「タカクを盾にオカミを働かせるわけね」
「そう、人間も魔物も大事な人を守るという古典的な観念があるみたいだからね」
「貴方にはないの?」
この男にも父や母が居るはず。
それにもしかしたら妻や子供も。
この男が普通の幸せな家庭を持っている図が思い浮かばないような
この偽物の笑顔で表面上は何の問題もない家庭を築いているような・・・。
リキュスカには滝山がわからない。
そして解りたくもないように思える。
「わたしに家族?面白い質問ですね。
私も人間なのでちゃんと父と母が居ます・・
いえ、居ましたと言うのが最適でしょう。
父は巨大な滝山グループを束ねる多忙な企業人間。
母は旧家出身で若い頃は映画女優をしていたお嬢様、そんな家庭でしたよ」
「今は?」
この男にも普通の幼少時代があったと思うと何だか不思議な感じがする。
「ご存じのとおり父は心筋梗塞で若くしてこの世を去りました。
母は表向きでは長期療養のために郊外で長期滞在となっていますがその実、
精神に異常をきたしましてね、病院で隔離しています」
「至極普通とは言えませんけれども幸せな家庭だったんじゃなくて?」
「ええ、表向きは。
会社トップの父に元女優の美しい母、そして一人息子であった私は幸い
将来の滝山グループトップとして決して恥ずかしくはない経歴を築きました。
しかし母には女優時代から付き合っていた俳優崩れの愛人がいました。
そして私が成人すると同時に父に毒を盛って殺し、
その愛人と一緒になろうとしました」
淡々と映画の内容でも話すかのように滝山は語る。
「長い時間、女性に立ち話を強要するのも何ですからどうぞ腰をかけて下さい。
ベッドでもソファでも。」
リキュスカはベッドに腰をかけ、滝山もそれに習い隣に腰掛けた。
二人で並んで座り、くつろいだかのような図はまるで旧知の友か
恋人同士のようにも見えたかもしれない。
しかし二人は雇い主と配下。
そして店主と商品。
「浅はかな考えです。
母は知り合いの医者を買収し心筋梗塞を促進するような
血液凝固因子を用いて少しずつ父の身体を蝕ませていきました。
その結果、父は母の思惑通り莫大な遺産とともに帰らぬ人となりました。
私が二十五の時です」
「・・・・お母様は?」
「母は愛人に入れあげてましたがその愛人にとって母は付き合えば金をくれる
数あまたの恋人の一人だった。
しかし莫大な遺産付きの再婚は魅力的だったみたいです。
一度わたしにも挨拶に来ましたよ。
なかなか面白いショウでした。母とは釣り合わない何とも惨めな男。
若い頃はさぞや男前だったのかもしれませんが、長い日陰生活で卑屈な空気
が体臭のようにまとわりついていました。生粋のお嬢様だった母と並ぶと
使用人と奥様にしか見えない・・滑稽な図でしたよ」
「その男はどうしましたの?」
「私は母がどんな人生を歩むのもべつに構いませんでした。
母の罪を偶然知ってしまいましたが知った時にはもう
父は助からないであろう状態でしたし・・・。
しかし母は結婚するにあたり自分が犯した罪を未来の旦那に話しました。
そうしたらその男は結婚したらその罪を警察に告発して
遺産を独り占めにしようとしました」
それで人間不信に?
この男の異常なまでの冷静さと無感情は母の愛憎劇に嫌気がさしたから?
「着眼点はありがちとは言え悪くはありませんでした。
ただやはり少々頭の悪い男だったのでその計画を酔った拍子に
仲間に話してしまった。
そしたら甘い汁にありつこうとした仲間は母を直接脅迫してきました。
母も折角証拠が残りにくい方法で手を下したのですから
もっと毅然とした態度でいればよかったのに・・・
母は愛人を問いつめました。
愛人はそんな事は知らないと一点張りでしたが丁度その言い合いの最中に
愛人の若い別の恋人が入ってきました。
愛人の若い恋人は母の目の前で男を刺し殺し自分の胸も包丁でひと突き・・・
無理心中でした。あっけないものですね。
そして母は精神に異常を来し入院、愛人の仲間が一度私の元へも
脅迫まがいな事を言いに来ましたが丁重におもてなししました」
「おもてなし?」
「・・ええ。彼は二度と悪いことはしないでしょう」
しないと出来ないは違うのじゃなくて?ミスタータキヤマ。
彼が何故、過去をこんなにすらすらと話したか解らない。
もしかしたらこの事は彼にとってそれほど秘密にすることではなかったのか?
リキュスカには解らない。
日本という土壌で滝山のような家系に生まれたものにとって、
そういったバックグラウンドは通常なのか珍しいのか・・・。
まだ人間界の日が浅いリキュスカには解りかねた。
「貴方は・・・」
なぜこんなにも魔界に深入りするの?
魔族と交流を持った人間は得るものが多ければ多いほど不幸は大きく
降りかかるということをこの聡明な男が知らないはずはないだろう。
「不思議に思いますか?こんな人間を」
滝山は寂しそうな顔と冷淡な顔とを交互にみせながらリキュスカに向き直る。
「私は魔界にある資源と人材が目的です。
そこには無限に思える可能性と巨万の富への駒があります。
しかし・・・」
未知に魅せられた男の告白?
金と未知の世界への興味がいきすぎただけ?
「・・・しかし危険が伴っていることも知っています。
幸い私には今は守るべきものがないので攻めの体勢でいかせてもらいます」
さぁ、昔話はここまでです。
滝山はベッドから立ち上がり先ほど見せたのと同じ少し寂しそうな表情で
リキュスカをみやる。
「ミスター、彼女をホストルームまでお連れするように」
ミスター?あの悪魔族の男!!
他の偽族長たちとは違いどこか力量の読めない謎の男・・・・
ミスターと呼ばれる初老の紳士が息子とも言える年齢の滝山の指示に従っている図は
何か不思議な光景に思える。
「貴方・・ミスターが名前?」
リキュスカをエスコートするように自然な仕草で腰に手を添え促す
ミスターからは不気味な程に魔力を感じられない。
「名前?そんなものはありませんよ。
ただ便宜上そう呼ばれているだけです。
わたしはわたし。必要だから居る。ただそれだけの存在です」
「あなた程のcreatureが何故人間に使役されているの?」
「さぁ、何故でしょうね。
それを知ったところで貴女の状況は変わらないのでは?」
「そうね」
「拘束する必要はないでしょう。
どちらにせよ貴女はミスター滝山には逆らえない」
「そうね、この忌々しい札のおかげで」
リキュスカの極限まで抑制されたcreatureとしての感応能力が不思議なことを感じ取った。
「貴方・・・この札を作ったの・・貴方なの?同じ臭いがするわ」
ミスターと呼ばれる紳士は優雅な笑みを浮かべ
「その問いは近いけれど遠いですね。お嬢さん、なかなか良い嗅覚ですよ」
と答えになっていない答えを返す。
「リキュスカ君、君も他の商品同様ドレスアップするかね?
必要ならばメイド達を呼ぶが」
「ふふ・・その必要はありませんわ。
キャリアガール風のcreatureも珍しくてよろしいのではなくて?」
「流石、心得ているね。じゃあ、良い買い手が付くことを願っているよ。
君の仕事の引継は岡見君に頼むから心配はいらないよ」
状況は最悪?
いいえ。今までだって決して良くはなかったもの。
あまり変化はないわ。
ただ心配なのは妹・・・タカク・・・。
彼女はちゃんと無事オカミに助けてもらえるかしら?
リキュスカは歌う。
タカク・・美樹のために。
封魔札のせいでその歌声に魔力が込められることはほとんどなかったが
小さな声でセイレーン族を賛美する民族唱歌を歌う。
彼女の中に細くでも流れているセイレーンの血が彼女に力を与えますように。
リキュスカの声はわずかではあったがゆっくりとそして
確かに屋敷中に染み渡っていった。
段々佳境に入ってきました!
感想お待ちしております。(ぺこり




