17.滝山
この章は長いです(ごめんなさい
オフィス街にあるひときわ目立つ高層ビル。
その回転ドアの中には様々な人種の企業戦士が吸い込まれ、
はき出されていく中、長身の女がロビーを横切る。
外資系企業がテナントとして多く入っているのビルエントランスでは
北欧系のリキュスカは決して珍しい存在ではない・・
しかしその類い希なる美貌、特別にしなを作らなくても異性・・・
時には同性ですらを惹きつけ魅了する能力、それは他種族を食餌とする
セイレーンに生まれ持って備わっている資質でもあった。
しかし食餌を探していないときはいささか邪魔でもあるが・・・。
「ハイ、リキュスカ、コーヒーどうだい?」
「ありがとう、ミスター。ブラックでいただくわ」
滝山・・・ここでは「滝沢」と名乗っているリキュスカの雇い主の
オフィスがあるフロアに足を踏み入れた途端、満面の笑みで近付いてきた
イタリア系男性は先々週にリキュスカをオペラに誘ってきた男だ。
つれない返事で断ったがどうやらまだリキュスカへのアプローチは
諦めてないらしく話しかける隙をうかがっているのがわかる。
「今日はこっちなんだね・・・じゃあさ、リキュスカ、今夜食事どう?」
コーヒーを受け取り義理程度の笑みを向けると男は早速ナンパを始めてくる。
「ごめんなさい、先約があるの」
2〜3週間に一度しかこのオフィスに顔を見せないが確かに
社員証を首からかけているリキュスカを、この男はどこか外の企業に
出向している社員とでも思っているのだろう。
「そっか・・・じゃあまた誘うから、今度は色良い返事期待してるよ」
男はそう笑顔を見せ自分の仕事へ戻っていく。
「滝沢社長と面談を。アポイントは取ってありますわ」
フロア一部をパーテーションで区切っただけの簡易社長室前で
秘書業務をしている若い女性に告げる。
「はい、ペングリス様。お待ちしておりました。どうぞ中へ」
(あの男はどこまで魔界に足を踏み入れる気かしら・・・)
秘書を務める愛らしい女性はおそらく下級悪魔であろう・・・
その艶やかな黒髪と優美な身体の曲線をぼんやりと眺めながら不安な気持ちになる。
どうぞ、と秘書が緑茶を応接用ソファに座るリキュスカの前に
置き去っていったのを待つように
「で、向こうの様子はどうだい?」
ここでは化学系ベンチャー企業社長・滝沢の顔を名乗る滝山が口を開く。
「ミスター・オカミは結構手強いですわ。
東洋系の『社員』も確かに欲しいところですけれどやはり
その力量からして『卸』程簡単には手におちませんわね」
「しかし『卸』ばかり居ても組織としては動かしていけないからね。
やっぱりある程度、知性に裏付けがある人材が欲しいね・・・」
卸とはここではナガルのように『商品』を探してくるモノ達を指した。
末端の『卸』とそれを束ねる『社員』・・・・
今のところはインペリア亡き後、『社員』はリキュスカ、
本物とは到底思えないが吸血鬼族長のブレン、そして同じく
胡散臭い人狼族長レオン、最後にこの人物だけは実力が計り知れない
悪魔族長の紳士の4人だ。
「セイレーン族の得意技は色仕掛けじゃなかったのか?」
「ふふ・・向こうにも好みってものがおありでしょうし」
「確かに・・・インペリアが倒される程だからね。
しかし余計に気に入ったよ。
あのレオンですら敵わなかったインペリアを上回る戦闘力に有名私立大在学
の知性・・・使えない人材ではないだろう」
やっぱりインペリアは試し打だったワケね。
リキュスカは目の前の男を殺したい衝動に駆られた・・・
が今は背中の封魔札のせいでそれが出来ない・・・。
そんな内心をおくびも出さずに
「なるほど、滝山社長は彼にご執心なわけですわね」
「ははは・・ここでは『滝沢』だよ」
「ここの社員たちはMr.タキヤマの本性をご存じありませんの?」
「連中は周りにはほとんど興味がないヤツばかりだからね。
研究者ってのは、えてしてそんなもんだよ」
この会社の業務内容は各地大学や企業などの研究室と共同で新規原料と成りうる鉱物、
化合物、植物抽出エキスなどを取り扱っている。
業績はまぁまぁで、昨年に発見したロシアのある果実からの抽出エキスは
素晴らしい保湿効果と美白効果が認められ、製薬会社が立ち上げた
新たなコスメラインでも処方されて大ヒットとなった。
このような業務内容はもちろん滝山グループないでも同じ部署はあるが
敢えて滝山は新たな会社を立ち上げたのだった。
「滝山グループで新規のものを扱うのは何かと面倒だからね」が滝山の理由だった。
あちらでは出来ないグレーな仕事はこっちでやって失敗したら切り捨てるつもりだろう。
「そうですか・・・。
話はオカミに戻りますが、古典的な手法ですが彼の弱みを使って
揺すってみますわ・・・そういった方法はお嫌いかしら?」
そんなワケがない。
リキュスカとインペリアを利用するのに使った方法なのだから・・・。
このやんわりとした嫌みを滝山はどう受け取るか・・
リキュスカはちらりと窺ったがどうやら滝山は気付いてすらいないようだ・・・
もしかしたら気付かない振りかもしれないが・・・。
「どんな手段でもかまわんし、報酬も彼の言い値で良い。
じゃああとは頼んだよ。・・・で今日の届けものは一つ?」
「ええ。一つですわ。いつも通り資材に運んでおきましたのでご確認ください」
もう言うことは無いわ。
リキュスカは数枚の資料を置いて滝山・・・いや、滝沢のオフィスを後にした。
新しい世界を開拓すれば新しいモノが見つかる。
そして人間とはジパングにしてもエルドラドにしても
古来より新しい世界に憧れてきたのだ。
滝山もその例に漏れることなく新たな世界に憧れ、手を出した。
魔界という世界に。
例えばその世界は鉱石一つにしても地球に存在する鉱石とは
全く違った性質を有している場合がある。
伝導率、可塑性、熱伝導度・・・その他、植物も興味深い。
学者は人間界で帰化してしまい生態系へ影響を与えてしまう危険性を指摘したが、
サンプリングした魔界の植物は人間界に持ってくると同時に風化してしまったので
その心配は杞憂となった。
興味深い事にこの風化した塵にしたって非常に強い抗菌性・抗ウイルス性を示し、
その他にも細胞毒性などを現在調査中だ。
しかし人間はその魔界の空気・・・暫定的に瘴気と呼んでいる・・・に
肉体が耐えられないらしくこのベンチャーの研究者を二人魔界に視察に
行かせた結果、二人は敗血症で絶命してしまった・・・・
その死はもちろん秘密裏に処理した。
植物は人間界に持ち込むことが出来なかったが鉱物類は外見上変化なく
持ち込むことが可能だったので目下検査中で・・・
もしも望むような性質を持っていれば新規原料として売り出すつもりだった。
調査はこのベンチャー会社と滝山化学のごく僅か、口の堅い研究者数人に
依頼しており、結果は今週末にもでる予定だ。
まだ貨幣経済という概念がない魔界を新たな市場とは考えてない。
いずれはそうなってくれるかもしれないが貨幣という概念を導入するのに要する時間を
考えるとかなりの長期プランになるだろう。
故に今、欲しいのは資源。
しかも地球上にはない無尽蔵の可能性を秘めている。
滝山はオーク材のデスクに落ち着きノート型パソコンを立ち上げる。
「あと人材も・・・ね」
人間からすると魔法としか思えない能力を持つcreatureたち。
その全てを御したいと思うほど滝山も馬鹿ではない。
デスクの引き出しに作りつけてある金庫に保管してある
封魔札8枚を思い笑みを浮かべた。
アメリカには様々は人種が共存しそして文化、宗教も同時に多種多様だ。
どんなかたちにせよ神を崇拝する宗教がマジョリティーな中、
一般的に邪教と呼ばれる悪魔を崇拝するカルト教団も少なからずあった。
「・・・・貴方が呼んだの?」
長いブロンドの髪のみを素晴らしいプロポーションに纏った美女が
滝山に話しかけてきた。
留学時代に悪魔崇拝をおこなうある邪教の黒神父に教わって以来、
初めての召還術は7割の緊張と2割の不安、そして1割の期待が入り混じっていた。
(このために10年近く準備したんだ・・・失敗は出来ない!)
学生の頃に知った未知の世界に憧れ続け研究し続けやっとその扉を今
開けようとしているのだった。
その美女はあらゆる痴態で滝山を誘惑してきたが、もしもこの誘いに乗って
召還結界内に入ってしまったら契約以前にこの悪魔に魂をタダ取りされてしまう。
これも予め教わった通りだった。
「ああ、呼んだのは私だ」
甘ったるい胸がムカつくような臭いにむせそうになりながらも冷静に答えた。
「いつまでそんな偽りの姿でいるんだ?
俺は別にプレイメイトに会いたいわけじゃない」
冷静な声の中にいささか苛立ちも混ざってしまっただろう。
美女は美しい顔に似合わない「にやり」とした表情で笑い、
途端にどろどろと溶け出した。
ついに本性を現すのか・・・・滝山は知らず知らずに手のひらに汗をかいていた。
今、人類が幾度となくコンタクトをとり続けては歴史の闇に葬り去られてきた
種族を目前とする!!
『・・・儂を呼んだのは・・・』
地獄の底から響くような声が滝山の耳にではなく脳に直接響いてきた。
こ・・・これが・・。
悪魔。
もっと醜い異形の者を想像していたが、溶け落ちた美女は意外な程に
平凡な外見の小柄な老人に姿を変えた。
「あ・・・貴方が・・・」
口が渇き声がかすれてしまった。
『おそらく私が貴殿が呼んだ悪魔だが?』
スラブ系ともとれる外見だがその年齢は計り知れない・・
60歳以上ならば何歳とも見える外見だった・・・
尤も本当の年齢なんて悪魔にとってあってないようなものだろうが・・・。
『儂を呼ぶからには何か願いがあるのじゃろ?はよ言い』
英語に聞こえるが脳の中に直接響くのでもしかしたら違う言語かもしれない。
しかし滝山にははっきりと理解できた。
『そしてもちろん・・・代価はもらうじょよ・・・・』
にやり、右の口角をあげる笑い方が特徴の様だった。
「もちろん・・・」
生け贄の価値は容姿や身体的な理由によって決まる。
他にも極上品として、聖女神童と呼ばれるような超能力を持った人間が
生け贄にされることもあるが絶対数が少ないのでそれらが生け贄とされることは稀だった。
「私の息子だ・・・・」
もう一つ、極上の生け贄と成りうる人間がいる。
それは術者の肉親・・それも血が近ければ近い程その効果は大きい。
肉親を売るという背徳行為が悪魔の嗜虐性をそそりより大きな見返りをくれるのだ。
『ほぉ・・・息子か・・』
目元が滝山に似た整った顔立ちの10才に満たない少年は
目前で繰り広げられるこの世の常軌を逸した光景におびえて口もきけない状態だった。
日に当たった事がないのか、その肌は透き通るように真っ白だった。
「ああ、昔愛人に生ませた子供だ。出生届も出さず秘密裏に飼育したから
この子が消えたとしても警察が捜査に動くことはない」
飼育?実の子供を?このために10年以上前から準備していたということか!
面白い人間だ・・・・悪魔は目を細めた。
たまには暇つぶしに小物を呼ぶ召還魔法陣に出てみるのも面白いかもしれない。
悪魔のそんな感想を滝山は知るよしもなかった。
『ふぉふぉふぉ。おぬしは何がほしいのだ?』
ここからが正念場だ!やっと条件提示までにこぎ着けられた!
「力を・・貸してほしい。
魔界を知りたいんだ」
『ほぉ・・・何故知りたい?おぬしは民族学者か?』
何だか人間くさい意見を言う悪魔だ・・。
「学者になりたいと思った時期もあったけれど決して民俗学ではない。
今は単なる会社役員だよ」
『単なるか・・・そうか・・一族経営の会社か・・・・
そんな苦労知らずのぼんぼんが火遊びしたくなってにわかの召還術か・・・
ふぉっふぉっ・・・何か得になったか?』
「特になるかどうかはこれからの交渉しだいだよ」
『・・・・そうじゃな。して・・・他の望みは?』
さっきのは叶えてくれるのか?望みとはいくつもを望んでいいものなのか?
滝山は驚きを隠せずにいたが元来の物怖じしなさから率直な要求を述べた。
「魔界へ行きたい。
この目でみて確かめたい」
『魔界とは・・・また酔狂な・・・命を落とすぞ・・』
「なぜだ?」
『あんた達人間には耐えられない空気なんだよ』
「空気?」
『あぁ・・・まあ行きたいというならば止めないがな・・』
「魔界行きはじゃあ保留として・・・そうだな・・・
貴方に悪魔族長の演技をしてほしい」
この儂に悪魔族長のふりを?なんたる茶番!
老人は豪快に笑いたい気持ちを抑えた。
『儂はこの通り老体じゃ。じゃから代わりにこの傀儡を使うがよい
お主の命令ならば何でも聞くぞ・・・実に働き者じゃ・・ほれ』
老人は指をぱちんと鳴らし何かに合図をすると温度のない白煙が発生し
その中からぼんやりとした輪郭が見え・・・・
その影は次第に壮年の紳士に姿を変えた。
滝山はそのマジックとしか思えない光景を固唾を飲んで見守っていた。
『もうひとつお前さんは非常に興味深いからこれをやろう』
何もなかった左手にいつの間にか数枚・・・若しくは数十枚の札があった。
『封魔札じゃ。この札をcreatureの背中に張ればその魔物はロボット三原則
に従い、働くようになる・・・つまり
人間に従い
人間を傷付けず
自殺をしない、だ』
「ふう・・ま?」
そんなすごいモノがここに・・・・
しかし何故俺に?
『お前さんは面白い。
この手駒でどこまでいくか見てみたい。頑張って望みを叶えたまえ・・・』
ふぉっふぉっふぉっ・・・・・
今まで気にならなかった甘ったるい悪臭がまた鼻についてきた。
ふぉっふぉっふぉっ・・・・・
耳に残る笑い声とともに悪魔は姿を消してしまった。
夢か・・・とも思えたが確かに滝山の手には現実だったという証拠があった。
もう一つの証拠、息子の姿はもうそこにはなかった。
滝山は右手は紳士の手を取り、左手には封魔札10枚が握られていた。
滝山はオフィスから地下にある資材室に直通エレベーターで向かう。
この資材室・・表向きはそうなっているがその実、末端の魔族たち・・・
『卸』が狩ってきた「商品」を見定める場所だ。
滑るような音とともに身体が下降しているのを感じた。
「そろそろ商品を向こうに運ぶか」
いつ捜査の手が回るとも限らない。
慎重に慎重を重ねることは悪くはないだろう。
「聖慶女子学院か・・」
資材室に置いてある巨大な段ボールの中に足を折って寝かされていた少女の
特徴のある制服は有名な女子校のものだ。
毛色は悪くない。
滝山にはそれを判別する術はないが、『卸』が見つけたということは
その身体もお墨付きと考えてよいのだろう。
「西洋人3人、東洋人2人か・・・・他にキメラ1体・・」
リキュスカが残したリストに目を通しながらつぶやいた。
「そろそろ屋敷に運んでおいてくれ。
向こうの結界はどうだ?」
『ちゃんと日本の・・・東京と向こうをつなげておきましたよ』
にやり、この紳士の笑い方はどこかあの悪魔に似ていた。
あの悪魔が自分の代わりにと置いていったこの紳士は実に忠実に
滝山の命令をこなしてくれた。
その体温の感じられない仕事ぶりに少々の違和感も感じたが今は
他の『社員』たちよりも信用していた。まさに忠実な人形のように動いてくれる人材だ。
「まさに人形か」
くっくっくっ・・・押し殺した笑いが静かな地下室に響いた。
これで役者はほぼ揃いました!!!
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