15.リキュスカ
新宿のホストさんたちを思い出しながらナガルはかきました。
関東一の繁華街入り口にあるフランチャイズ系のカフェに
一人の若い男が入っていった。
細身のダークスーツにノーネクタイ。加えてラフな無造作ヘア。
一目で堅気の会社員ではないと判る出で立ち・・・
典型的な繁華街のホストだ。
男は店内を見渡し奥のテーブルで見知った顔を見つけた。
「時間にルーズな人間はビジネスで大成しないんじゃなくて?」
わずかに片眉を持ち上げ抗議の表情を見せ北欧系の美しい女性がホストに
冷たい一瞥を向ける。
「ごめんねーリキュスカちゃん。
昨日指名が多すぎでさぁ」
あくびを噛み殺そうともせずに大きく口を開く。
「それはよかったわねMr.ナガル。
じゃあ本職だけに専念してくださっても結構よ」
「俺さぁ一応本職は大学生なんだよねぇー。
リキュスカちゃん。ホストはバイトぉ」
ナガルと呼ばれた男の間延びしたイントネーションが女・・
リキュスカを苛立たせる。
銀髪美人のキャリアウーマンとホストの組み合わせ・・・
異色ではあるがこの街では大抵のことは「他人事」で
済ませて関心を持たれることはない。
「ってかさーマジでインペリアちゃんってヤラれちゃったわけぇ?」
「昨夜メールした通りですわ。私も一昨日報告を受けたの。
詳しくはまだ調査中らしいですけれど」
どうせ調査なんてしていないのだろう。
グループの内情は判らないが失敗した者へ労力を割くようにはみえない。
しかももう自分でオカミの事は確かめておいた。
「へぇーリキュスカちゃんってさぁ超ボディーガードなんだよねぇ
強そうなのに吸血鬼に負けてるのぉ?」
超ボディーガードとは何のことかしら?
グループ内のSクラスボディーガードのことだとは思うが・・・。
「Aクラスをリクルート中に死亡・・・確かに不思議ね。
そんなに強そうには見えないけれど・・キョウスケ オカミ・・・」
数枚の隠し撮りらしい写真を見る限りは、どこにでもいる優男にしか見えない。
「俺でも倒せそー。何か優等生っぽくね?」
「ふふ、インペリアは伊達でSクラスじゃあありませんわよ。
正攻法でいっても私たちでは太刀打ち出来ないでしょうから・・・
まぁ一週間してもリクルートへの糸口が掴めず、なおかつ
Mr.オカミが私たちグループのことを嗅ぎ回ったりしないのでしたら・・・」
あきらめましょう、とリキュスカは写真をテーブルに落とす。
もしも昨日、オカミを実際目にしていなかったら真っ向勝負を
挑むところだったかもしれない。
予め、オカミの通う学校のメールサーバにアクセスし私信を盗み見ておいた。
その時、大学と呼ばれる人間の教育機関の情報管理の甘さを
リキュスカは身をもって体験したのだった。
偽造した大学入構許可証を首から提げ、コンピューターの
ワークステーションを管理するアルバイト学生に
「ちょっとメンテナンスをしたいのですが」とIT企業の名刺を差し出し
笑顔を向けるだけで学生は「どうぞ」となんの警戒心も持たずに
ホストコンピューターの席を空けてくれた。
外からアクセスするとどうしても痕跡が残ってしまう上にリキュスカには
それ程高度なコンピューターに関する知識があるわけではない。
しかし内部に入ってしまえば学籍番号・氏名を調べるだけで
私信を盗み見ることが可能だった。
また、おそらく浮つき慌ただしい雰囲気漂う金曜日を選んだ点と
総合大学という性質上、多くの外国人留学生が闊歩しているので
構内に入りやすいとの利点もあったのだろう。
リキュスカは京介のここ一ヶ月分のメールをチェックしたが
そのほとんどは友人たちとの他愛ない会話・・
もしかしたらその実は違う意味をなしているかもしれないが表面上はそう見えた・・・
そして一番新しいメールはドメイン名からして携帯端末へのメールでは
恋人らしき女を誘って講演会聴講する予定を知った。
組織が用意した資料よりも自分の目を信じているので
対象は自分で見ておきたかった。
そう思い講演会会場まで足を運びそれなりの成果があったと確信している。
知り得た情報として、オカミは普通じみた外見とは裏腹に
途方もなく強力な魔力を隠している。
それはナガルのような小物には嗅ぎ取ることすら出来ないだろう。
Creatureはその力が強い程、周囲に波動をまき散らすことになる。
しかしある一定以上のクラスになると実力を悟られないように隠すようになる。
人間の格言でいえば「能ある鷹は爪を隠す」といったところだろう。
そのように実力を隠しているcreatureの魔力は同等もしくはそれ以上の
クラスでなくては感知することができない。
ずば抜けた感応力を持つであろう京介と同じ会場にいてもリキュスカの存在を
悟られなかったのは、忌々しいが背中に貼り付けられた封魔札のおかげかと思うと
皮が攣るような感触に気付き、胸が悪くなってくる。
そして、京介には仲間がいる。しかも京介と同様に実力を計れない程
強力なcreatureの仲間が・・壇上のジム・アンダーソンが何の種族かは全く解らなかった。
推測の域を出ないがおそらく吸血鬼でも夢魔でもない・・・・
悪魔族か人狼族、もしかするとセイレーン族と同じく希少種である
ガーゴイル族かもしれない。
「もう一つ・・・」
あの人間にしか見えなかった少女・・・確かにインペリアの香りがした。
あの香りにあの波動・・・間違いなくインペリアのもの・・・
何故あの少女から?
オカミを追って周辺を洗っていたらまさかこんな副産物を見つけるとは・・・
オカミに殺された姉・インペリア。
そしてその波動を持った少女・・・これが意味することは・・・
「まーねー、売り物集めとちがってさぁギャラ大きくないしねー」
リキュスカの思考をナガルのだるそうな声が遮った。
ふと我に返ったリキュスカはナガルを見据えた。
「貴方はいつも通り『狩り』をしてくださって構わないわ。
彼は私がなんとかしますから」
一緒に仕事をしなくてすむのは彼女にとってもありがたい。
しかもオカミをリクルートするにしても暗殺するにしても
ナガルの手が必要となることは今のところなさそうだ。
「えー?じゃあ俺ってこの吸血鬼は何もしなくていいの?」
「ええ」
しかしあの少女を利用するとしたらナガルも使い道があるかもしれない。
「でも、貴方の手が必要になるかもしれませんから
その時は協力を仰ぎますわ」
「はーい!んじゃ、あとはよろしくねー」
ナガルは長いは無用とばかりにいそいそと店を出ていった。
どうせ街に立ち客をキャッチするか『売り物』を物色するのだろう。
「日本語は世界でも有数の美しい言語・・・だったはずなのに」
不可解としか言いようのないナガルの口調を想い
リキュスカは美しいものの存命を憂いだ。




