12.ジム
慣れないコトしたら疲れました・・・・・
講演会後の懇親会は同じホテルの会場で行われた。
ざわめく会場の中を銀盆を手にしたボーイが泳ぐように歩き、
京介と美樹にも色とりどりの飲み物を勧めてきた。
「何飲む?お酒飲んでもいいよ」
「お酒あんまり強くないんで」
と美樹はオレンジジュースを手に取る。
「そうなの?俺も運転があるから」
と美樹に習い、オレンジジュースを手に取る。
本当のところ吸血鬼は酒には酔わない。
アルコール分解を行う酵素の働きが人間の数倍〜数十倍だからだ。
しかし美樹の前なのでここはいい子ちゃんぶってみた。
「岡見さんのお友達さん、すっごく格好良かったですね」
「それは・・・ね。まぁ」
ジムの経歴からすると二枚目で当然というか・・・
「んと、竹来さんって映画詳しい?」
「映画ですか・・」
美樹がちょっと考え込んだその時
「Hi,Kyosuke!」
先ほど壇上で講演しており、今話題に上っていたジム本人が
シャンパングラス片手に近寄ってきた。
「ジム。ちょうど良かった。今話に行こうと思ってたところだよ」
そんな京介の歓迎にジムはグラスで応え、その興味はすぐに隣で
きょとんとしている美樹に移ったようだ。
「Hello.Miss.Yamatonadeshiko.My name is James Anderson.Call me Jim.」
「How do you do.Mr.Jim.I'm not Yamatonadeshiko.
My name is Miki Takaku.」
「おい、ジム。いいから日本語で話せよ」
「いや、たまにはガイジンっぽくしてみたくてね」
美樹、京介にグラスをかかげもう一度挨拶する。
「日本語お上手ですね」
全く英語訛りを感じさせない流暢な日本語だ。
「ミキの発音も綺麗だよ」
ウインクしながらさりげなく美樹の腰に手を回してくる。
「で、この日本でならセクハラになりかねない男・ジムを
どこかで見たことない?」
「え・・・・」
もう一度じっくりとジムを見るが思い当たるようなないような・・
「The Moon in Daylightって映画知ってる?」
こころなしジムの話し方を真似、悪戯っぽく京介が美樹に視線を向ける。
「あっ!The moon in daylightのジム・グレイブス?!」
目をまん丸と見開きながら美樹は驚きの声を上げてしまう。
自分でも思わず大きな声を出してしまって「しまった」と
思ったのか辺りを見渡したが幸いざわめく会場内で
こちらに注意を向ける者はいなかった。
「そう、ホンモノの狼男がスクリーンで狼男を演じるのも一興でしょ?」
おどけた調子でジムが肩をすくめて見せた。
「あら・・・でもジム・グレイブスさんはもう・・・」
「撮影中の不慮の事故により死亡、享年41歳。だね、表向きは。
でもその実はもう俳優業としてはthe moon in daylightで
区切り着いたから引退したくなってね。
今はN.Yの企業おかかえ弁護士ジム・アンダーソンとして駆けず
り回ってる日々さ」
それにしても・・・白人の年齢を推し量るのは難しいが、
どう見てもジムは二十代後半・・・上限をあげても30そこそこにしか見えない。
「ある程度の魔力があれば外見年齢なんてどうとでも好きにできるから」
美樹の疑問に対して京介が答える。
「だから少年にも中年にも老人にもなれるってワケ。
竹来さんも当分は今の外見から変わることは出来ないけれど
その内、経験を積めば好きな年齢になることが出来るよ」
その「その内」とは数百年を指すが・・・その事は伏せておく。
「あ・・・それで」
大きな瞳でじっとジムを見つめる。
そんな美樹を観察しながらジムはある事に気付いたらしい。
「Zeigten Sie ihr die Seite Ihres inneren Wolfs?」
(君は彼女にオオカミの一面を見せたかね?)
「ま・・・まさか・・だってね」
思わず声がうわずってしまう。
ちらりと美樹のほうを見るとさすがのミス・ヤマトナデシコも
ドイツ語は解さないようだ。
「はは、京介は相変わらずMonsieur(紳士)だな」
ドイツ語やらフランス語やらを交えた会話に美樹はきょとんとしている。
血を啜るにしても肉を喰らうにしても・・・
我々魔族は他人と交わってない身体を好む。
悪魔族の生け贄にはいたいけな少年少女を用いることも有名だし、
吸血鬼が処女の生き血を求めるのもおなじみの設定である。
敢えて考えないようにしていたが美樹はまだ男と深い付き合いをしたことがない。
それは・・・つまり・・・
(襲いたくなったらどうするんだよ)
非常に吸血鬼としてはそそられる対象である。
(そして男としても・・・)
当然魔族としての嗅覚を持つジムもその事に気付いてるのだろう。
「Miss.Miki、こんなつまらない男なんかやめて
私にエスコートさせてくれないかな?
東洋の真珠と出会えたこの奇跡を
今宵伴に祝わせてはくれないかな?」
ご丁寧に美樹の手をうやうやしく取り、厳かに口付けまでする。
さすが元ハリウッドスター・・・・いささか芝居かかっているとはいえ
一人の女性をうっとりさせるのには十分だ。
美樹は困ったような笑みを浮かべながらもまんざらじゃない様子だ。
ちょっと・・・面白くない?
「はいはい、講演者様がこんな目立つ所でナンパはマズイんじゃない?」
「なんだ?妬いてるのかな?京介は」
「なっ・・・」
なまじ当たっている気がするからタチが悪い。
でもそこは大人、表情にだすことなく
「何言ってるんだよ。フられるお前に同情してるだけ」
笑いながら茶化した。
「じゃあ、ミキ。いつでもここに電話してくれ。
いつだって君の側にかけつけるから」
名刺を差し出し「何なら今夜にでもね」と美樹の頬にごく自然にキスをして
じゃあ、と手を振り会社の仲間らしきグループに合流していった。
「日本語お上手ですねぇ」
にこやかにジムを見送りながら美樹は感嘆する。
「竹来さんの英語もなかなか・・・もしかして帰国子女だったりする?」
簡単な挨拶だけとは言え、ネイティブにいきなり話しかけられて
臆せずに返事が出来るのはなかなかだろう。
「いえ、英会話の授業を学校で選択していただけです」
はにかみながら答える。
この娘には真面目な大学生なんだな、と改めて感心させられる。
「にしてもThe moon in daylightって有名なの?」
「はい。もう10年近く前の映画ですが色々な賞も取りましたし」
旧友の代表作それも主演映画にも関わらず全く持って内容を知らない。
まぁこれはジムが京介の書いた論文を読まないのと一緒か?いや、違うか。
内容は人狼族の孤独な王子が人間の町娘と恋に落ちるが
やがて町娘は流行病に冒されてしまう。
人狼族として強力な魔力を持っているにも関わらず人狼族への転身を
頑なに拒む娘の前ではなす術なく日に日に弱っていく姿に
王子は心を痛めると同時に命の尊さを学ぶ・・・そんなストーリーらしい。
少々ありきたりな感はあるがそこはハリウッド映画が
ハリウッド映画たる所以なのだろう。
「すっごくキレイですよ。
中世のドレスとか美術がうっとりする位キレイなんです」
「もしかして・・ジムのファンだったりする?」
「いえ、素敵だなぁとは思いますけれども。
どちらかと言うと町娘役のシルビア・メルヴィルのファンなんです」
そんな言葉を聞いてほっとしてしまう自分が何かおかしい。
「何かジムがその映画を最後に選んだのがわかるような気がするよ」
その孤独な人狼族王子と自分にどこか重なる部分があったのだろう。
役者にとって「役」を演じるのは良いが現実とリンクする姿を劇場で
演じることは役の中で裸になるよりも自己をさらけ出す作業なのではないだろうか?
だからこそジムは全身全霊で王子役を演じた。
その結果は最高のものと評価されそしてジムは・・
ジム・グレイブスはハリウッドという舞台を降りたのだろう。
「でも・・・カーアクション中に車が炎上してジムさんは・・・」
「ま、creatureにとって人間の死を演じるのはたやすいからね」
表舞台から派手に退却しジム・グレイブスは永遠のスターとなった。
艶やかな幕引きだろう。
そして次の人生をまた演じている。
若手敏腕弁護士ジム・アンダーソンとして。
「同じジムで顔も同じでも年齢が20近く離れていたら
誰だって本人だなんて夢にも思わないからね。
せいぜい親戚くらいにしか思われないだろうし」
creature が人間社会の中で生きていく場合、
ファーストネームは変えないがファミリーネームを変えて生活していることが多い。
京介も今は岡見姓だがその前は長山、その前は小室・・・・
と様々な姓を名乗ってきた。
たまに自分が今なんてフルネームか忘れてしまいそうになる。
「私もそのうち名字が変わるんですかね」
実感なさげに美樹がつぶやく。
「そうだね・・・」
何と言っていいのか言葉が見つからない。
「名字って結婚以外でも変わることあるなんて想像してませんでした」
にこにこしながら言う美樹はなんだか楽しそうだ。
このコは結構したたかでしっかりしているかもしれない。
気に入った。
「すぐに変える必要はないだろうけれど考えておいてね」
笑いながら答えた。
「そろそろ帰ろうか。最後までいても仕方ないし・・」
「そうですね。あ、ちょっと化粧室行って来てもいいですか?」
「いいよ、じゃあロビーにいるから」
化粧室の鏡がいつもよりも大人びた美樹を映している。
レストルームとはいえホテルの照明らしく柔らかな灯りは
女性を美しく映えさせる計算がなされているのだろう。
鏡の中の見慣れない自分に少し気恥ずかしく思いながら口紅を引き直した。
振り向きざまに後ろ姿を確認して化粧室を出ようとしたら
「きゃっ・・・すみません」
出会い頭に若い女性とぶつかりそうになってしまった。
「すみません」
慌てて顔を上げると美樹よりも10センチ近く高い位置に美しい顔がある。
プラチナブロンドを上品なアップスタイルにし、ベージュのスーツが
その痩躯を包んでいる姿はまるで外国の雑誌から抜け出した様だ。
「大丈夫よ。こちらこそごめんなさいね」
発音に外国訛りは全くなく、その声は女性アナウンサーのように
よく通り耳に心地よい。
同性ながら何故かどぎまぎしつつ美樹は会釈しその場を離れようとした。
「・・・・」
「え?」
何かを話しかけられた気がして振り向いたが
もうブロンド美人はそこには居なかった。
今、お姉様?と聞こえた気が・・・・
でもヘンよね。聞き違いかしら?
しかし美樹は知らなかった。
その美人の口からでた言語は古代セイレーン語で決して人間では聞き取れない
周波数で発せられていたことを・・・・。
その意味を解したことはすなわち、美樹の中のセイレーンの血が
僅かながらも美樹を人間以外の生き物へ変化させたことと同意だった・・・。
ドイツ語間違っていたら教えて下さい(ぺこり




