00 プロローグ(日常)
この世の中には様々な事情があり、この世の中に生きている限り僕たちは様々なしがらみに縛られている。それは後天的な人間関係であったり、家庭の事情であったり、あるいは先天的な容姿といった要素であったり……まさに人それぞれの「しがらみ」にとらわれている。
とある会社が売り出した新作ゲームソフト「LielOnLine」の売り文句はそんな「しがらみから開放される新感覚MMORPG」といったものであった。
VRMMORPG――五感ごとオンライン世界にダイブするこのリエル・オンラインは容姿の設定からキャラのバックストーリー設定、種族、声、性別などの外見情報はすべて自由に設定が出来、現実世界の要素を一切持ちこまない。世界にはオンラインRPGであるので魔物はいるし、大まかなストーリーも存在するが、そのストーリーをやるもやらないも自由であるし、人とかかわるもかかわらないも自由である。
まさに勇者を目指すもよし、魔王を目指すもよし、村人として生産に励むもよし、辺境で引きこもるという酔狂なプレイもよし。すべてのしがらみからの開放を目的とする自由度の高いMMORPGとして爆発的に普及をしていった。
しかし、そんなゲームがリアルの生活に影響しないのだろうか? と言われたら、答えはイエスである。無論影響するのだ。記憶は消せないし、性格は変えられない。人間は変わることが出来ない。それでもリエル・オンラインの魅力はそんな現実よりも上であった。
さて、僕がいるのもそんなリエル・オンライン内の工業都市――マキナシアである。ここの街は一番「現実」の町に近いにおいがする。油のにおいと、排気ガスのにおい。このゲーム内で工業の道を選んだ職人達や、良質な武防具を求める戦闘狂……じゃなかった、冒険者達と彼らが所属するギルドのホームが密集する、なかなかに巨大な町である。
灰色の空は排気で霞んだ現実の日本の空と同じ、それとは対照的にヨーロッパの路地を髣髴させるのはやはりJRPGの特徴だろうか。勿論のこと、行きかう人間の容姿も様々である。
(といっても、残念ながら僕も目立つけどね……)
キャラメイクの時に酒に酔ってたのがまずかった。背の高い男性の龍人、白髪ロン毛三つ編みの「ドラゴンスレイヤー」というちぐはぐ設定にしているプレイヤーはあまりいない。しかも声の設定は落ち着いた青年のものという設定、装備は全部身の丈以上のサイズ。外見が目立ってしまうのはしょうがないだろう。まあ、僕もこの町に住み着いている戦闘狂の一人である。この外見で「僕」という一人称が相手にはよく「不自然」といわれるのだが、仕方ないと思う。
僕は僕であって、決して龍人じゃない。現実からの開放場というプレイヤーの多いこの世界ではこんなスタンスでプレイする人間は案外少なかったりするが、まあ、僕はこのゲームを単純に楽しめる要素を一つ削ってしまっている、ということである。
「あ、ウーさんだー!」
背後から声をかけてきたプレイヤーの一人、人間族の職人「里里里里里」さん……通称リリさんは僕と同じくこの町の虜となり、ここの住人である。職業は鍛冶職で、この町でもなかなかの人気職人である。容姿は、というと小汚く浅く日焼けしたマッチョでひげもじゃのおっさんだ。もう一度言う、リリさんの外見はおっさんだ。
まあ、以前聞いたら現実ではもやしかつ病弱なのでゲーム内では屈強なおっさんになりたかったと言うリア厨だ。高校は単位制で単位をとると言うことであり、入院中の彼は空いた時間にこのゲームで職人をしている。そのせいで人気であっても量産は出来ない……里里里里里の武防具は「レア」な品としてなかなかプレミア品だったりする。
そんなリリさんと仲がいいのは、ひとえにプレイ当初からのオツキアイのせいである。職人一筋のリリさんに対し、現実逃避にここに来ている僕は武具の材料を多めに調達する条件で特注装備を作ってもらっていて、お互いに渾名で呼ぶような仲だ。ウーさんというのは僕のプレイヤーネーム「УΦ(ウーファイ)」から呼ばれているが、大体の人は僕をYさんと呼んでたりする。まったく。
僕はいつもどおりの挨拶を、リリさんにした。
「おはようございます」
――ここは、リエル・オンライン。
――そして、リエル・オンラインは、ここに「住んで」いる人たちの物語。