なんでもいいとかってさ
「今日どこいく? ゲーセンでも買い物でも、持ち合わせそれなりにあるから遠慮なく言ってくれよ」
「んー、なんでもいいよ」
なんでもいいとか、卑怯だと思わないか。
「いやいや、なんでもいいじゃ困るんだ。行きたいところとかやりたいところとか、ないのか?」
「あたしも暇だし持ち合わせもあるし、拓真が行きたいところでいいんだけど」
「えー…………優花っていつでもそうだよな。どこでもいい、なんでもいい、なんでもかんでも俺まかせじゃん?」
正直俺自身デートプランがネタ切れなのだ。
クリスマス前やお正月ならイルミネーションを見たり初詣に行ったりすればいいし、夏ならプールに行けばそれなりに楽しめるのだが、三月から六月の間、九月から十一月の間は本当に何をすればいいのか分からない。
五月の今、俺は猛烈に迷っている。
俺達は今お互いの定期が通っている駅で待ち合わせをしたばかりだ。天気は良いし、あたたかい。……つまり、寒いから建物の中で適当にブラブラという選択肢に自然となることが難しいのだ。
公園でクレープを食べてもいいし、野原でごろんとしてもいい。やっていいことが多すぎてどれがいいかしぼれない。
優花とは中学三年の初めのころ、塾が一緒だったことがきっかけで付き合うようになった。一緒の高校へ通い、お互い今高校二年生だ。
受験に追われることも、先輩の目を異様に気にすることもない、自由な二年生。
言い方を変えれば、暇すぎる二年生。
そして付き合って約三年の俺達。特別大きな喧嘩もなく比較的安定している今。
言い方を変えれば、マンネリだ。
「だって、本当だもん。あたしどこだっていいの」
「じゃあ、適当にファーストフード食べて、おしゃべりする?」
「えー……」
おい誰だ、なんでもいいって言った奴。そんな思いをこめた瞳で優花をじっと見つめた。
淡いピンクの、袖の一部がレースで透けているカットソー。ふわっとしたデニム地のミニスカート、小さなリボンがついでいる黒いレギンス。
いつも男っぽい色の服しか着ない優花がピンクを着ている。最近マンネリだからこだわってみたのだろうか、それとも五月でだいぶ温かくなってきたから去年セールで買った服をおろしてきたのだろうか。
わからない。優花が読めない。
いやいやいやいや待て、感じるんだ!
オンナノコ、オンナノコの心を読むんだ!これは彼女からのサインかもしれない!
「……わかった、じゃあ買い物はどうだ? あそこのショッピングモール、最近行ってなかっただろ?」
「ごめん、先週友達と行ったんだ」
沈黙。
沈黙。
隣をうるさい子供が走っていく。あぁ、そんな大声で下品なセリフを言うのはやめてくれ。
そして旅行客らしいおばちゃん、あんたらも特徴的なイントネーションで大騒ぎしないでくれ。
考えろ、考えろ。お洒落している優花、きっと出かけたいに違いない。
「ゲーセンは? ゾンビ撃つの、今度はラストエピソードまで頑張ってみないか?」
「ゾンビ飽きた。ってか、友達からラストエピソードのネタばれ聞いちゃったし、つまんない」
「此処あたりにかわいいカフェがあるらしいんだが、そこ行ってみるか?」
「あそこ? あぁ、外見はかわいいんだけど中はフツーだった。パフェ高かったし」
沈黙。
沈黙。
沈黙。
「……じゃあさ、どこがいいんだ? もう俺は疲れた」
うなだれてみせる。ため息をつく。
付き合った当時、デートはお互いにとって胸が躍る日だった。一緒にいるだけで時間が流れるのが早く感じられて、ずっとこのままがいいと思っていた。
なんでだろう。なんでだろう。いつからだろう。デートがあまり楽しくなくなった。それどころか、苦痛になってきた。
もう、そろそろ潮時かもしれない。
「家……行きたい」
「は?」
顔を別の方向に向けて優花が言った。その横顔は前髪で横見えなかったけれど、頬が少し赤い。恥ずかしいのだろうか。
普段サバサバしている優花が、ピンクの服を着ている。そういえばマニキュアもしている。うっすら化粧も施している。
「拓真の家、いいかな?」
「あ……うん、いいよ」
まじか。
まぁ、いいんだけどな。家デートっていうのも、悪くないだろう。
「俺ん家汚いけど、それでもいいなら、行くか」
そう行って優花の手を握った。優花の手って、こんなになめらかで小さかったんだ、とぼんやり思った。
なんでもいいとか言う女ってさ、心のどこかでこうしてほしい、ああしてほしいって思ってたりするんだ。
でもそれを自分からするのって、ドラマが無いというか、恥ずかしいというか。うまく表現できなくて、素直に言えなくて。
でもさ、男って本当に鈍いんだ。やってほしそうなそぶりを見せられても、全く全然これっぽっちも気づかないんだ。いつもより服装に気合を入れていたって、すげーな、としか思えないんだ。
なんでもいいとか、男にとってそれが一番めんどくさい言葉なんだ。
だからさ、素直に打ち明けてくれないか。
そうしたらもっと、好きになれそうな気がするからさ。
「なんでもいい」
こう言われると戸惑います。
分かっています。分かってはいるんです。
でも考えるのがめんどくさいとき、出てるんですよ口から。「なんでもいい」って。