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明日も、ふたり -終わった世界で今日もごはんを食べている-  作者: 暁輝


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【06】カピバラの鍋


 ──シェフちゃんが鍋を運んでくる。

 いつもの、ちょっと焦げ付いた黄色いミトンが可愛らしい。


 さて、しかし。

 鍋から香るのはいつもよりハーブハーブしたハーブの香りだ。

 

 シェフちゃんは少し困り気な、いや、難しい顔をしている。


「……どうしたシェフちゃん?」

「いえ! はい、カピバラのお肉の鍋が出来たでありますよ!」


「? ああ。ありがとう。待ってたよ」

「ふふ! さぁ! 食べるであります!」

 鍋蓋が外される。

 出た、肉だ。浮いている、肉が!


 スープの上に肉が浮いている。それだけでどれほど人は幸せを実感できるのだろうか。

 カピバラの肉の鍋。

 スープの色は薄いが、きっと味は抜群だろう。

 というのも、このスープはシェフちゃんの合わせ出汁だ。

 昆布出汁と乾燥肉、更にはキジの骨も使って出汁を取っているのを見ている。

 だから色は薄いが味はどかんと強く感じるのだ。


「ただ、今回でありますが。その」

 やはり気まずそうな顔だったシェフちゃんだ。

「何か失敗したの?」

「いえ。お気づきかもしれませんが……その。ハーブをガンガン使いました」

「ああ。うん」

「……食べれるようにはしてあるであります。故に、好みが別れると思うであります」

 なるほど。分かった。

 シェフちゃんがこういうということは。


「ああ、手間を掛けさせてすまない。やはりカピバラは食べれなかったか……」


 まぁそうだよな。カピバラは齧歯類。

 水族館の案内ボードの知識だが、鼠の仲間だと記憶している。

 食用には向かず、無理な調理をさせてしまった、という訳か。


「い、いえ! 違うであります! カピバラは立派に食品なんでありますよ!」


 ……え。

「……そ、そうなのか?」

 あの水族館に居た可愛らしい齧歯類。

 まさか。食品なの?


「はい! ブラジルやアルゼンチンでは食用として家畜化しているそうです!

だからレシピも知っていました! 

……ですが、その。赤み肉の香りは食べた物にかなり影響されるのであります」


「……え、変な物を食べてる感じだった?」

「いえ。魚を食べておりました。故に、……ものすごい魚臭い肉となってしまっていたであります」


 ……そうなのか。まだ食べて無いけどハーブで香りは感じないけど。

「乾燥させれば変わるのでありますが、今日はすぐに使いたかったので」

「そうか。悪かったな。結構、大変だった?」

「いいえ! 作るのは楽しいのであります! 

そして隊長が美味しいと言ってくだされば、幸せであります故」

 にっこりとシェフちゃんは笑った。

 そうだな。私も改めてシェフちゃんのサバイバルとジビエの知識が無ければ死んでいただろうと痛感する。

 一口、口に運ぶ。なるほど。


「風味が生魚っぽいが、肉の味は美味しいな」

「よかったであります!」

 触感は豚肉に近い。

 癖のある味わいは香草たちで緩和されている。ハーブハーブしている、が適切な言葉だ。

 その上、下処理を丁寧にしてくれたのだろう。血の臭みみたいなものは一切無かった。


「ありがとう、シェフちゃん」

「ふふふ。どういたしましてであります、隊長殿」


 初めて食べたカピバラの肉の柔らかさと、彼女の笑顔の柔らかさに心地よい幸福感に満たされていく。

「満足そうな顔、好きでありますよ」

 そう微笑む顔も、また満足そうで。私も好きだ。


「あ、あと、カピバラの余り肉は全部、四輪駆動殿に積み込んでおいたのであります!

ちょっと血生臭くなるでありますが、ご容赦であります!」


 お、おう……我らが移動手段の四輪駆動殿が肉の倉庫になるとは……。

 しばらくは窓開けて走らないとな。


 ◇


 今日は星が凄い綺麗だ。いや、今日もかな。

 私が大学に通ってた頃、こんなに星は綺麗だったか?

 うーん。もっと小さくて少なかった気がする。

 天文学はさっぱりだけど、きっとあれだな。私たちが眠っている間に増えたんだな、星。

 ま。綺麗なんだからそれでいいね。


 さて、と。寝る前に欠かさず、歯磨きをしなきゃね。

 歯磨き……私は嫌いじゃない。昔は食後に当たり前にやっている。

 

 だが、……歯ブラシがここに流通している訳はない。

 いや、探せばあるかもしれないが。


 その為、はい。こちら。

 木の根を叩いて先端を菊の花みたいにしたものでございます。


 歯ブラシ代用、房楊枝(ふさようじ)と言います。

 ま、シェフちゃんが教えてくれたんだけどね。というか作製もシェフちゃんです。


「? まじまじと見つめてどうしたのでありますか?」

「ああ、シェフちゃん。歯を磨こうと思ってね」

「そうなんでありますね。私も磨くであります」

「けど、シェフちゃんは本当に何でも知ってるね。木から歯ブラシ作れるなんて」

「ふふふ。そんな何でもは知りませんけど、サバイバル知識なら、ですよ」

「そっかそっか」

「今回は運も良かったです。民家だった場所にクロモジが生えてたので」

「えっと。これの名前だっけ」

 この枝は、クロモジという木の枝らしい。


「はい! そうであります! 日本国内、割とポピュラーな木なんですよ!」

「へえ。全然知らなかった。そして名前も知らなかった」

「私も勉強してなければ知りませんでした。変な名前ですよね~」

 そこまでは言ってないよ!


 ──塩を歯磨き粉にして、いざ、歯ブラシ。


 ちょっと口が痛いけど、これで衛生を保てるならね。

 なんか昔、新聞でちょっと読んだけど、災害時に歯の衛生を保てないと最悪死ぬこともあるらしいよね。


「だから助かってます」

「大袈裟ですよー、隊長殿ー!」

 我らが太陽光四輪駆動の中に戻る。


 運転席には私が座っていて、後部座席にシェフちゃんが寝る。


「本当に、今日は寝ないのでありますか?」

「ああ、うん。一応ね」

 猫は夜行性だ。

 後を付けられていて襲われたりしたら厄介でしかない。

 車を開けたりは出来ないだろうが……念の為、出発できる方が良いだろう。


 幸い、ここ最近はカンカン照りで、太陽光の充電はほぼ満タンだ。

 夜中であってもアクセルを踏めばいつでも走り出せる。

 

「……隊長殿」

「うん?」


「……いつも、ありがとうであります」

「気にしないで。私、夜型だから」


「時々、眠そうにしてるでありますよ」

「時々だけだよ」


「……明日は」

「うん」


「……」

「……」

 寝ちゃったかな。シェフちゃん。


「……また」

「起きてた」


「……ふふ……また明日」

「うん。──また明日。おやすみ、シェフちゃん」



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