【04】1891年式3リーニヤ小銃
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1891年式3リーニヤ小銃。
このワードだけで分かる人は少ないかもしれない。
もし、これだけで分かってくれるなら今日からキミを隊長と呼びたいと思う。敬礼。
分かり易い名前は、モシン・ナガン。
詳細を色々と語りたい気持ちこそあるが、型番から何から話せば長くなる。
噛み砕きに噛み砕けば1890年代に作られた、有名なライフル銃だ。
私は、その銃を使っている。
ここで当然の疑問が出るだろう。
まずは、1890年代の銃なのにまともに使えるの? という疑問だ。
それに対しての答えは『まともに使える』である。
実際、製作から100年以上経った2022年。
ロシアによるウクライナへの侵攻戦争があった時に、ロシアの民間人に支給されたと記録があった。
100年経っても製造され続ける銃。──厳密には型番が違うといえば違うが。ともあれ、その頃、私は大学生で国際情勢のレポートで銃に纏わることを調べて書いた。
その時から興味はあったのかもしれない。
あの時、私は病的な程にこの銃を調べた。
組み立て方から、内部まで。どうしてあんな熱量があったのか今にして思い返せば疑問しかない。
ともかく。
あの時の、レジュメにあった写真の銃。
それを──今、私は構えている。
今日は座って構える。
前回、寝そべり撃ちが個人的にしっくりこなかった。
生えていた草の高さ的に寝そべるべきと判断したんだが……やはり、違う。
納得。しっくり。それが優先される──と私は考えてしまう。
狙撃の仕方は多種多様だ。
スペース的にも距離的にも、余裕があるなら私は座って撃つやり方をする。
胡坐をかくように座る。そして、膝の内側に肘を乗せて構える。
個人的にだが、この撃ち方が一番命中精度が良い。気がする。
さて。
今日も円形の視界を這わせて──映し出す。
映るのは、針のように生えた茶色い毛。
泥池の浅瀬を歩いているのは四足の動物。
その顔は見ないようにしているが──湯上りのオジサンのような、少し愛くるしい顔をしている。
私はそれを水族館で見たことがある。
カピバラである。
脱走した子孫だろう。
円形の視界の中のカピバラ。
息を吸う。息を吐く。
もう一度軽く吸って、そして。
──呼吸を捨てる。
吐き切って止める。
氷のように冷たくなろう。
呼吸を全て捨てれば、手がブレなくなる。
音も、臭いも、不快な全てが無くなって──私と獲物だけになる。
俯瞰していく。空から見下ろすように──狙いが定まる。
後は、ただ。引き金を引く。
身体を衝撃が走った。
よし。──命中だ。
カピバラに近づく。
……意外と大きいな。……獲物の血抜き等々はシェフちゃんにいつもやって貰うんだが、あまり大きすぎると大変そうだ。
しかし大物は喜んでくれるかもしれないな。
少しだけ意気揚々に、縄を編んだソリにカピバラを乗せる。
ずっしりと重く、まだ温かさの残る肉塊。
手に残った僅かな温度をポケットに突っ込んで掻き消す。
そういえば、このカピバラは群れじゃなかった。
……水族館にあるボードに、カピバラは群れを形成して生活すると書いてあった気がした。
なら、このカピバラは。もしかすると群れから逸れたカピバラだったのかもしれない。
いや。このカピバラもまた……仲間や家族を、知り合い全てを失ったのかもしれない。
だとしたら。
そっと、額に触れた。
……殺したこと。罪悪感はゼロじゃない。
だけどこうしないと、私たちも、ごはんを食べないと生きられないから。
悪いけど、ごめんね。
シェフちゃんなら、きっと美味しくしてくれるから。
それで許して欲しい。傲慢だね、私は──。
ん?
──ごそ、っと音がした気がした。
振り返る。
割れたコンクリートの先、崩れたビルとそこに自生した巨木たちがある。
何もない筈だが、どうにも私はそっちを振り返った。
私は銃を改めて構え直す。
率直に言おう。
今、誰かが私を見た気がしたのだ。
「誰だ」
低めに声を出す。
シェフちゃんが付いてきていて、驚かすつもりならこれですぐに返事が来る筈だ。
……。
だが、返事はない。
あの物陰だ。
タイヤも無くなって塗装も剥げた銅色の、車の抜け殻。
その影に、何かが動いた気がした。
構える。
狙いを付けて、息を捨てる。
先手。先手を取るべきだ。
私は引き金を引いた。
廃車の扉に黒い穴が開く。
当たっていない。だが、動いた。車の影で、何かが確実に動いた。
……先手を取った。なのに。
私の手は、気付けば無駄な力が更に入っている。
何故だろう、汗が急にぶわっと出て来た。
得体の知れない何かが、そこに居るかもしれない。
その恐怖が、今更ながら実感として、震えとなって戻ってきている。
私は。
カピバラ、なのかもしれない。という恐怖。
相手にとっての獲物だ。
だが、そうだとしたら。
やはり背を向けるのが最も危険だと思う。
──銃を持ち、近づく。
引き金に指を掛けながら、鉄屑を踏む。
商業施設が立ち並んでいたであろう道を、一歩ずつ。
冷たい空気を吸う。
呼吸を捨てたい。
だが、緊張で上手くいかない。それでも。
銃口を車の死体の向こうへ。──銃口を。
「……何も、居ない」
落ち葉があったから、それが落ちたのを見間違えたのか。
いや、あれは確かに何かが見ている視線だった。
安心はしない。周囲を見回し、落ち葉の一枚に触れる。
……少し、温かい。やはり、何か居た。
視線を先に延ばす。ここは昔の国道だ。
建物は軒並み崩れ、あるいは肉である壁を失い、鉄骨を晒した死体になっている。
この直線に逃げ込んだなら、姿が見える筈だ。
なら……この角を曲がったのだろうか。
身体を出し過ぎないように、壁とも言えない瓦礫に背を預けて、向こう側の道を覗く。
……あれは。
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次回、12月23日 7時頃に投稿致します。




