【02】キジの鍋
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透明なスープに、輝く脂が程よく乗っている。
きらきらしてるみたいだ。
何日ぶりだろう、こういう、スープ的スープは。
ごくりと飲めば──口と喉に味が纏わり付く。
良い意味で、張り付いて離れないように思える。
ああ。大変美味しい。
鍋は日本人の心というが、その通りだ。
鳥の旨味だけを取り出して固めたような、濃い、凝縮された味だ。
呼吸すればまだ鳥の旨味が口に広がっているような気がする。
ああ。キジ。どうして君はキジなんだ……。
……バグっちゃったのは、久々の肉だったのもある。
けれども、キジ肉の力なのかな。力強い肉の風味が食べ終わった今もずっと残っている気がする。
「ジビエというのは臭いと思っていたが、そうじゃないのだな。驚いた」
「ふふ。良かったであります。上手く調理出来たようで」
「そうだな。シェフちゃんの腕の良さだ」
「ふふふ~。またいつでも獲ってくださって構いませんからね~」
「ああ。今度から狙うとする。赤顔青胸、変な鳥」
「キジでありますよ、キジ」
名前もちゃんと覚えるとする。
……ふう、と思わず息が出た。
満腹感に浸りながら空を見上げる。今日も星が良く見える。
隣で、ふふっと彼女は笑った。何を笑っているんだろう? と首を傾げた。
「申し訳ありません。隊長殿がなんだか父のように見えたので」
「……こう見えても私は女なんだが」
「いえ、見た目ではないでありますよ?」
すみませんね。シェフちゃんと違って出るとこ出てませんで。
「その、父はいつも食事をした後そうやって満足気にテレビで野球中継などを見ていました。
そんなことを思い出したであります。懐かしい気持ちになって笑ってしまいました」
「……うむ。ならば私がシェフの父である」
「ふふ。それは似てないであります!」
けらら、と効果音でも付けようか。快活に彼女は笑って私の隣に座った。
そして、私の肩に、こつん……と、彼女の小さな頭が当たる。
私とは違う少し茶色い髪が頬をくすぐった。
星空を私たちは眺めた。こんなに星が輝いている。
この世界は静かだ。
風の音と虫の声しかしない。
時々野生化した犬の遠吠えが聞こえる程度。
車の抜け殻、戦車の死体。
苔が覆ったコンクリート。嘘みたいな緑に食べられた古い民家。
文明と呼ばれた物たちは自然に侵されている。
この世界は、静かになっている。
どうしてか。
私の最後の記憶も合わせて考えれば、答えは一つだ。
この世界には──きっともう。
「隊長殿?」
「ああ、ごめん。考え事をしてた」
「何を考えてたのでありますか?」
「……シェフちゃんが可愛いな、って」
「もうっ! 揶揄わないでください!」
ぷんっと頬をフグみたいに膨らませたシェフちゃん。
思わず、私はその頬に触れていた。
温かいし、柔らかい。
ぷにっというと失礼か。なんだろう。もちっと。だろうか。
いや、違う。……人間の頬の感触だ。
優しい人間の、優しい頬だ。
「……なんであります? 隊長殿」
「いや……なんだろう」
「?」
「……生きてるなぁ、って」
シェフちゃんは少し笑ってから、私の頬にも触れた。
細くて小さな指が、頬を撫でて顎に当たる。
「ふふ。生きてるでありますよ。隊長殿も、生きているであります」
「だね。生きてる。今日も──二人で生きてるね」
そうだ。
──世界とか関係はない。
私たちは今日も生きてる。それが、大切だ。
「そういえば隊長殿。聞いてもいいでありますか?」
「うん?」
「隊長殿は遠い未来から来たターミネーターでありますか?」
「……いや、日本生まれ日本育ちの23歳だが」
「なんと。私と二つしか違いませんでしたか。驚きです」
……二つしか、違わない、だと。
「……上でも下でも、20歳を……超えているのか? その、背で?」
「っ! 隊長殿っ! 失礼でありますよっ! 身長の話題は絶対に失礼なのであります!
まだ伸びる予定なのでありますよ! 140cm後半まで伸びる予定であります!」
「20歳を越えたら無理だと思う。しかし、シェフちゃんを傷付けられない。
だからこれだけはそっと言葉に出さず、心に秘めておく私だった」
「秘められてないでありますっ! もうっ!」
「すまないすまない。ぽかぽか叩くのをやめてくれ」
もう、とシェフちゃんがぷんと頬を膨らませる。
しかし、それから、あっと私を見て優しく笑った。
「うん?」
「ふふ。いえ、隊長殿が珍しく笑ったので、つい。隊長殿はもっと笑った方が良いであります」
笑ったのか、私。そうか気付かなかった。
そうだな。もっと笑おう。
……こうだろうか。
「ど、どうしました、隊長殿! すっごい変な顔であります!
どこか痛むのでありますか!?」
もう二度と笑わないでおこう。
◇
次回、12月21日 10時頃に投稿致します。




