【11】明日も、ふたり
◇
顔も、身体も──血で真っ赤だ。
罪悪感は拭えない。
生き物を殺した感触がまだ残る。
それでも、私は生きるんだ。
──院内。
猫たちの警戒しきった声がする。血の臭いをこれだけさせていれば当然だろう。
ただそれでも、誰も跳び掛かって来なかった。それは本当に良かった。
そして、長い廊下を進んだ先に、部屋があった。
入口と同じで自動扉。だけど、ここは外の床を踏んでも開かないようにされていた。
だから仕方なく力技で開けた。両サイドにスライドするタイプだから、なんとかなった。
故障したのか意図的か。分からないけどこの部屋だけは猫が入れなかったみたいだ。
だから、夕焼けの光が差し込むこの部屋の中は異様な程に綺麗なものだった。
そして、市販薬みたいに綺麗に保管された薬があった。
……傷に使える抗生物質はこれだ。
これだけを、貰っていきます。
小瓶を迷わずに取った。
迷わなかったのにも、これだけを貰うのにも、理由がある。
まず、机の上に置かれた本だ。
簡単な説明が書かれている。まるで薬のマニュアルだ。
とても端正な字だった。誰でも読めるように、丁寧に書いたのだろう。ふりがなも振ってあった。
書いたのは字の雰囲気から女性っぽく思えた。きっと几帳面な人だったのだろう。
それから。奥の部屋に──死体があった。
メモを残してくれた女性だろう。猫が好きだったらしい。
だから、病院の中には猫が居るのだろう。
「……貴方の飼い猫の子孫を殺めてしまいました。……申し訳ありません」
一度、頭を下げて彼女を見上げる。
もう乾いた遺体だったが、穏やかな死だったのかもしれない。
机の上には猫の写真と、彼女の家族の写真が立てられていた。
自分の好きな物に囲まれて、彼女はこの世界を去ったのだろう。
きっと、愛猫をそのままに出来ないから外にやって、自由に生活させようとしたのかもしれない。
けど、きっとその猫も、その子孫もずっと、彼女の墓を守り続けたのだとしたら。
私は墓荒しに等しいだろう。
……これ以上、この場を汚せない。
「傷薬だけ。いただきます」
一礼し、私はこの墓を去ることにした。
◇
「隊長の頬っぺた、面白いであります。ふふ、よく伸びるでありますね」
「……シェフちゃん」
「あっ! お、おお、起きてたでありますかっ!」
「いや、今起きた所」
──私は身体を起こす。
目を覚まして一発目、ジープの中で欠伸をした。
シェフちゃんは──今日も笑っている。
あの高熱から一週間。シェフちゃんは元気になった。
薬が効いたのかもしれない。
けど、本当の所は正直分からない。
あの薬が無くても本当に元気になってたのかもしれない。
あれは無駄な戦いだったのかもしれない。
でも、いい。それでいい。
結果、シェフちゃんが元気ならそれでいいんだ。
薬の力の有無はどうでもいい。
元気になったシェフちゃんは、『元気になったのは隊長のおかげであります!』としきりに私を拝み倒したが、それはやはり照れ臭かった。
冗談で、シェフちゃんが抱き締めてくれたらそれがお礼になる、って言ったら本当に抱き締めてくれた。
お風呂に一緒に入ろうと言えば良かったと後悔しているとも話したら顔を真っ赤にしていた。
本当にしてくれるかもしれないが、流石に弱みに付け込むのはここまでだ。
今日も、シェフちゃんが可愛い。
それでいいのだ。
「ふふ。隊長殿の頬はすべすべであります」
頬にまた触れられた。
べたべた触るのは好きだが、べたべた触られるのは──まぁシェフちゃんになら嫌じゃない。
ああ問題は何もなかった。どうぞ続けて。いや、しかし。
「……私の頬なんか触って何が楽しいんだ?」
「ふふ。確認でありますよ」
「確認?」
シェフちゃんは、本当に柔らかい笑顔で笑った。
「はい。──生きてるなぁ、って。で、あります」
──それは、少し前に私が言った言葉だ。
シェフちゃんは少し暖かく笑った。だから、私もシェフちゃんの頬に触れる。
「生きてるね。シェフちゃんも、生きているようだ」
「はい。そうでありますね。生きてる。今日も。
私たち二人は──二人で生きてるね、であります」
見つめて笑い合う。
「そうだね」
倒れた東京タワー。崩れた家屋。脈の無い環状線。
猫は狂暴化し、カピバラは自由に生息。
私たち以外、誰も居ないこの世界。
でも、そうなんだ。──世界とか関係はない。
私たちは今日も生きてる。
「明日も、ふたりで生きて行こう」
「はい! よろしくであります!」
「うん。よろしく」
私たちは今日も、明日も生きていく。
それが何より大切だ。
完
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