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明日も、ふたり -終わった世界で今日もごはんを食べている-  作者: 暁輝


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10/11

【10】巨大猫


 動物の、威嚇。

 そして、獲物を獲る瞬間の、低い唸り声。



 本能で分かった。

 


 殺される。

 このまま……殺される。


 嫌だ。



 嫌だ、死にたくない。




「あ──あっ!          !」




 私は叫んだ。

 何を叫んだか分からない程に。

 ただ大声で、狂乱したように叫んだ。


 恥ずかしいけどそれしか出来なかった。

 誰にも言えない。見せられない崩れた、ぐちゃぐちゃな顔で、叫んで走っていた。


 私は、逃げた。

 汚い顔を晒しながら、涙も止めずに、馬鹿みたいに。

 喉をガラガラにしながら叫んで逃げていた。


 角を何個か曲がり入口から跳び出した時に、転んだ。


 泥みたいな地面に顔から転んで──すり傷は負ってない。

 でも、私は。



 逃げた。



 でも、逃げなきゃ、殺されていたから。

 無理だ。あんなの。ライオンみたいなものだ。


 仕方ない。銃があっても、勝てない。

 一般人がライフル持っても熊に勝てないのと同じだ。

 無理。無理だよ。こんなの。


 震えながら、四輪駆動を見た。

 唇を噛んで汚い顔で、涙のままで。



 シェフちゃんなら──許してくれるよ。

 絶対、許してくれるから。



『無理しないで』



 ありありと、声が頭に蘇った。

 そう、無理しないでって言ってた。


 そうだ。──きっと、治るから、そう言ったんだ。


 薬なんて使わなくても。

 怪我で菌が入っても自然治癒出来ることがあるって聞いた。

 だから、シェフちゃんも、そう。



『隊長殿!』

 そう、いつもみたいに、可愛い声で。

 明日になったら、笑ってる。シェフちゃんは、そういう子じゃないか。


『隊長殿、大好きでありますよ!』

 そう、花が咲いたみたいに笑ってくれる。


『だーめ、であります』

 そう、冗談めかして笑ってくれる。

 それで。いつも通りに、美味しい料理を作ってくれる。

 いつも通りの明日が。いつも通りの。


『お泊り会みたいなことやってみたかったので。』

『満足そうな顔、好きでありますよ』

『なんだか父のように見えたので』


 ──嫌だ。


 あの小刻みに揺れる小さな肩を。小さな指を。

 失うのは。嫌だ。


 乱れた呼吸で、肩を震わせていた。



『隊長殿は本当に凄いでありますね!』



 銃を。撃つ時は。

 呼吸を全て吐き切る。

 そうすると、照準が定まる。



『生きてるでありますよ。隊長殿も』



 きっと。生きる時もそう。

 大きく吸ったら。

 全て吐くだけ。

 そうしたら。定まる。


 私は。



『隊長殿!』



 私は。



『ここがどこか分からなくて。どこに行けばいいか、分からないのであります。私は、怖いであります』



 ──あのカプセル。

 シェフちゃんの隣で眠っていた筈の妹は、もう助からなかった。

 それを知って、シェフちゃんは、泣き崩れた。



 だから。私は。どうにかしようと思ったんだ。



『なら。……書置きの通りに行ってみないか。

ここにいるよりかは、きっと、お父さんも見つかるかもしれない』


『……でも、私。怖いであります。こんな、世界で。誰も居ない世界で』


『誰も居ない訳じゃない。──私が、一緒に居るよ』


 怯えた顔に、光が差した気がした。

 だから、私は。続けた。勇ましい言葉をなるべく連ねて。


『私についてくれば──なんとかなる。

車も運転出来るし、キミを……救える。と、思う、かも、しれない。

いや、ごめん、これは自信過剰過ぎて──』


 そして彼女は、ふふっと笑った。


『まるで何かの漫画の隊長みたいであります』

『そうかな』


『そうであります。──ね、隊長殿』

 微笑みながら涙を流した、あの笑顔を見た日から。



 私は。




 彼女にとって、隊長なんだ。

 だから。






「私が──!」





 隊長だ。あの子の笑顔を守る為に。

 私が、隊長になるんだ。



 獣よりも、獣のように。



 叫んだ。

 恥も外聞もなく、叫んでいた。



 ただ、逃げた時の叫びとは違う。

 違うのは、決意だ。


 乱れた呼吸は、全て捨てていた。

 肺の中を全て空にすれば、自然と体が軽くなっていた。


 巨大猫は、追ってきていた。

 獰猛だ。

 きっと逃げていても追ってきて殺されていた。


 大丈夫じゃない。恐ろしい。


 でも、呼吸を捨てる。


 指の先から瞳の動きすら自分で操作するように。

 支配下に置く。銃を構える。

 照準器は無いが、目視で撃つ。


 向かってくる獣なら──それで十全。


 雷のように鳴る。

 真っ赤な血が視界を汚した。


 ただ、それでも巨大猫は走ってくる。鬼気迫る顔で、牙を光らせて──飛び掛かってきた。


 私は押し倒される。唾が掛かった。

 その口には間一髪で銃を滑り込ませている。


 銃が軋む。

 銃は左腕と地面で支えているから、いかに巨大猫でも力任せにはいかないだろう。

 だから自由になった右腕でナイフを抜いて──これで、終わらせる。



 ただ。その瞬間だけ。



 本当に自然に言葉が出た。





「ごめん」





 皮膚を裂く感触は──もう経験したくないくらいに嫌だった。

 ゴムチューブを無数に裂くような、この感覚。


 生き物の、熱い、熱い血が──私に溢れた。



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