07 小さなバケモノ、ふにゃってます③
静寂が支配する、フィオルデイン帝国宮廷、資料室。
普段からメイドたちの掃除が行き届き、埃の匂いや喉に来るものはない。
シャルロッタは本のラベルを指でなぞる。
「星魂族の関連書類、あるのかしら……」
一冊の分厚い本を手に取り、表紙を見つめる。
「……『万象理説と魂還の理』———魔法学者が作成した魔法学の書物……ですか」
その本を棚に戻し、隣に置かれている本を手に取る。
「……『獣とひとのはじまり』———なぜ絵本が書物の隣にあるんですか。全く、後で整理しておかないと」
天井まで届く本棚、びっしり詰められている本を見上げた。
シャルロッタのスモークグレーが揺れ、彼女は額に頭を添える。
「……仕方ありません。これも、殿下と帝国のためです。……ですが、時間はかけられません。メイドたちに示しがつきませんからね」
シャルロッタは脚立に上がり、最上段の資料の背表紙をひとつずつなぞるように確認していく。
「……星魂族関連……魔導災害……古代種族……ああ、これですか」
見つけたのは、重たそうな金属綴じの記録書だった。
表紙に刻まれた文字は古代語で《星と月の種族に関する資料》。
「やはり……古文書。しかも専門的すぎますね。一般に公開されていないのも頷けます」
脚立を下り、本を抱えて閲覧用の机に置いた。
パラ……パラ……とページをめくるごとに、描かれた図像と古代文字が目を引く。
※※※
『星と月の種族に関する資料』
星魂族は、星の魔力を源とする長命種族。寿命は数百年以上であり、成長は非常にゆっくり。
我々人間と似た容姿だが、彼らの持つ星魂魔法には、我々を凌駕する力があった。
よって、彼らは人里離れた森の奥地、または洞窟の中で暮らすことが掟とされていた
※※※
「……ここまでは一般常識範囲内ですね。その、星魂魔法……というもの、書かれていないのでしょうか」
その本を再びペラペラと捲った。
※※※
星魂魔法せいこんまほうは、彼ら星魂族にしか使えない、星と月の魔力を得て発動する魔法だと、私は知った。
そこで、私が調査してみた結果、彼らの魔法にはいくつもの興味深い点があった。
まず一つ。月が出ている夜しか発動しないこと。
曇り空や、新月には発動しないこと。満月の夜が最も魔力が高まるということ。
次に二つ。彼らは死者の魂が視認可能ということ。
我々人間には魔法でも感知することのできない、死者の魂というものを彼らは見ることができ、尚且つ会話をすることが可能だということ。
最後に三つ。彼らの魔法を放つ手段だが、そこは我々と同じく感情によって発動するということ。
だが、星魂魔法には、我々人間では太刀打ちできない危険なものがあるということ。感情が制御できないときに発動する魔法があるということ。
私は以上の調査をした結果、星魂族は危険な種族であるということを皆に遺したいと思う。
三つ目の最後の危険な魔法だが、調べることはできなかった。私が死ぬまでに、是非とも調査してみたい。
神歴しんれき120年 探窟家イノルバ
※※※
「神歴120年? そんな昔から、星魂族についての情報が上がってたなんて……」
シャルロッタは本をゆっくりと閉じた。
(……確か、今は神歴1610年ですから……ざっと1500年前!? だってあの子、あんなにふにゃふにゃした子猫じゃないですか!)
シャルロッタは、額を押さえたまま、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
(……でも、これは事実。星魂族は感情が暴走したときに、未知の魔法を発動する可能性がある。危険性は……確かにある。———もしや、数年前に村を壊滅させたのはその魔法によるもの? つまり、感情が暴走してしまったから、あの子は村を壊滅させた……? だとしたら、あの子は故意的に犯したものではない……ということでしょうか)
シャルロッタは姿勢を正す。
(……断定するにはまだ信頼も何もありません。……ユール=ヴェルニアのことを知らないと。……もしあの子が、何かしらの暴走するきっかけがあったのであれば———それを国民に知らせる必要性がありますね)
※※※
一方、その頃。
小食堂の方では、美味しそうな湯気が漂っていた。
「おにんげんしゃん、何このミルク! あまくて、なめらかで……ほかほかしてりゅ!」
ユールの子供みたいな目を受けたリフィナは、クスッと小さな笑みを浮かべた。
「そちら、ポタージュ・オ・レですね。ユールさんのだけ特別に、ミルクたっぷり使用したスープです。どうですか? 宮廷シェフの料理。お口にあいました?」
「あった! 宮廷シェフしゃん、てんちゃい!」
「それはよかったです。後でマルコに報告しておきますね」
ポタージュ・オ・レを銀色のスプーンで掬い、口に含ませる。
その瞬間、ユールの表情は氷みたいに溶け始めた。
「ふにゃぁぁぁ……さいこう……」
白い小皿に乗せられている柔らかそうなパンに目を向ける。
ユールは小さな手でそれを千切って、ポタージュ・オ・レに染み込ませた。
それをパクっと大きな一口で食べる。
「んん〜!! なにこれ、めっちゃ合う!」
「ふふ、よかったですね」
パンの生地にポタージュの味がしっとりと染み込み、それが口全体に広がっていく。
そんな感覚にユールの表情はさらに溶け始めた。
「……ユール、このまま溶けちゃってもいぃ……雪しゃんになりゅ……」
「ユールさん。口元に付いてますよ」
リフィナはテーブルに添えられていたペーパーを手に取り、優しくポンポンと汚れを取る。
ユールはそんなリフィナを見つめた。
「……おにんげんしゃん、まるでおかーしゃんみたい……」
「……!?」
「……にへへ、おかーしゃん、あいがと!」
「……ぐ、ぐっ……」
そばにいた侍従の二人と、執事の青年は呆れた表情で見つめる。
(……皇女殿下、あれは死んだかもしれない)
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