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小さなバケモノ、ふにゃふにゃしてます。  作者: 赤羽月乃
一章 小さなバケモノ、ふにゃってます
7/16

06 小さなバケモノ、ふにゃってます②


 セレスティア宮廷、小食堂。

 

 重厚な扉の前に、二名の侍従しじゅうが静かに控えていた。

 腰の位置で揃えた手は微動だにせず、背筋は糸のように真っ直ぐ。

 まるで大理石の彫像がそこに二つ置かれているかのようだった。

 

 扉近くの壁際には、給仕の青年が銀盆ぎんぼんを両手で抱えている。

 皿の縁ふちを磨き上げたばかりの布を指に挟み、緊張した面持めんもちで控えていた。

 暖炉で温められた室内は心地よいはずなのに、三人の表情には固い空気が漂っている。


(……皇女殿下のお連れになったあの子が来る……)


 小さな噂はすでに宮廷中に伝わっていた。

 昨日処刑予定だったバケモノ。

 しかし殿下はその子を保護し、今日から共に生活されるという。


 扉前の侍従が、そっと喉を鳴らした。


「殿下、お越しです」


 ゆっくりと扉が開かれていく。

 月光のような静けさをまとったリフィナが姿を現した。


 その腕の中で———、


「ふにゃ……?」


 小さな毛布の山が、もぞっと動いた。


 侍従も給仕も反射的に息を呑む。

 リフィナの胸元に抱かれたその小さな存在は、

 毛布をかぶったまま、穴からそろりと顔をのぞかせ———、


「……ここ、ごはん……?」


 怯えと期待がまぜこぜになった、ふにゃっととろける声を漏らした。

 その瞬間、格式高い小食堂に、わずかな揺らぎが走る。

 侍従の眉がぴくりと動き、給仕の青年は落としそうになった銀盆を慌てて持ち直した。


(こ、こんな……子供……? いやしかし、昨日のバケモノだと……?)


 思わず視線が揃ってリフィナへ向く。

 皇女はその全てを優雅に受け流し、淡く微笑んだ。


「ユールさん、ここが小食堂です。朝ごはんをいただきますよ」


 ユールは毛布からちょこんとだけ顔を出し、

 きょろきょろと室内を見渡した。


 長いテーブル。

 準備された銀食器。

 整列する侍従たち。

 壁に掲げられた織物。

 そして、暖炉の炎。

 どれも見たことがない非現実の景色だった。


「……ひ、人がいっぱい……」


 毛布がもぞっと沈む。

 リフィナはそれを察し、そっと腕を揺らして支える。


「怖くありませんよ。皆、私の指示であなたをお迎えしているのです」


「……ふにゃ……」


 それでもユールは毛布をぎゅっと握ったまま、

 人の視線が気になるのか、ひたすらリフィナの首元に顔を寄せた。

 侍従のひとりが、声を慎重に落として言う。


「……殿下、御席の準備は整っております。どうぞお進みくださいませ」

「ええ。ありがとうございます」


 リフィナは静かに歩み始める。

 そのたびに、ユールの毛布がふわふわと揺れ、

 まるで毛布の妖精が抱えられて移動しているようだった。

 テーブルに近づいたところで、ユールがそっと顔を上げた。


「……おにんげんしゃん……あれ、たべるとこ……?」


「ええ。ここで食べるのですよ。ミルクも運ばせています」


 ユールの瞳がほのかに光った。


「……ミルク……」


 震えと不安で萎んでいた鼓動が、一瞬だけふんわり膨らむ。

 しかし同時に、侍従たちの緊張した視線を感じて———、


「……ふにゃっ」


 小さく跳ねるような声をあげ、また毛布に潜り込んでしまった。

 侍従たちは硬直し、給仕の青年は皿を落としそうになり———、

 リフィナだけが、まるで春風のように柔らかな笑みを浮かべていた。


「大丈夫です。ユールさんは怖がりなだけですから」


 そのひと言は、場の空気をすっと和らげた。

 宮廷の冷たい緊張がすこし緩む。

 そしてユールは毛布の隙間から、そろ〜っと目だけを出し、

 机の上に置かれた銀の小皿を見つけて———


「……あれ、ミルク……?」


 希望の光がふわりと灯ったのだった。

 そんな時、廊下からコツ、コツ、と規則正しい靴音が、廊下から小食堂へ近づいてきた。

 侍従が反応し、スッと姿勢を正す。


「———メイド長、入室されます」


 扉が静かに開かれた。

 姿を現したのは、黒と白のクラシカルな装いに身を包んだ女性。

 深い紫の髪をきりりとまとめ、胸元には梟のバッチが静かに光っている。


 シャルロッタ=アークオン。

 皇女付き筆頭メイド長。


「失礼致します、殿下。……朝餉あさげの進捗状況を確認に参りました」


 落ち着き払った声。

 無駄のない動作。

 張り詰めた空気に、一本の鋼が通ったような緊張感が走る。

 

 だがシャルロッタの視線は——

 自然とリフィナの腕の中の毛布へと向かった。


 毛布が、もぞっ。


 そして。


「……新しい、おにんげんしゃん……?」


 ぴょこりと顔を出したユール。

 シャルロッタは、オーバースカートの裾を軽く持ち上げ、頭を下げる。


「シャルロッタ=アークオンと申します。殿下から話は伺っております、ユール様」

「……あ、ふにゃ……ユールでしゅ」


 シャルロッタの振る舞いに、分かりやすいほどの驚きを見せる。

 リフィナは胸に抱いていたユールを、静かにハイバックチェアに座らせた。


「ふふっ、慣れるまで時間が掛かりそうですね」


 リフィナの言葉を耳に、シャルロッタのスモークグレーの瞳がほんの少し細まる。


(……この子がユール=ヴェルニア。噂通り、殿下が保護したのですね。でも、なぜこのバケモノの子を? 殿下は———なにを考えているんでしょうか)


 まじまじと見られることに慣れていないのか、ユールはリフィナの腕にギュッと顔を埋めた。


「緊張しますよね。大丈夫ですよ、ユールさん」


 リフィナの優しい手つきがユールの背中を撫でた。

 その光景を見守っているシャルロッタは、お手本のお辞儀を見せた。


朝餉あさげのお邪魔して申し訳ございません。失礼致します」

「あら、シャルも食べて行かないの?」

「はい。ユール様、殿下とお二人の方がよろしいみたいですので」


 シャルロッタはユールを見つめたのち、再び規則正しい靴音を小食堂に響かせた。

 扉を閉め、朝の光が廊下を差し込む中、シャルロッタは疑念に包まれる。


(……ユール=ヴェルニアをこの目で見たのは初めてでしたが、あれはバケモノと言うより子猫。……その中でも、だいぶふにゃってますね)


 顎に手を軽く添え、窓の方に視線を移す。


(まさか殿下、情が移ったからあの子を保護? ……油断してはなりません。あの子を調べないと。もし万が一———星魂族ヴェスティアがこの国に被害が出た場合、殿下が負える責任は限られているでしょうから。それを阻止しなければ)

誤字などありましたらご指摘のほどよろしくお願いします。

星やブグマよろしくお願いしますm(._.)m


朝餉・あさげ=古い言葉で朝食

オーバースカート=ドレスやスカート、スリムなパンツなどの上からさらに重ねて着用するスカート

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