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小さなバケモノ、ふにゃふにゃしてます。  作者: 赤羽月乃
一章 小さなバケモノ、ふにゃってます
6/16

05 小さなバケモノ、ふにゃってます①


 静けさが、まだ夜の名残を連れていた。

 

 セレスティア宮廷の回廊は、朝の光をまだ知らず、ほんのりとした薄明かりに包まれている。

 窓の向こう、空はすでに群青から淡い青へと移ろい始め、遠くの雲が金色に染まりつつあった。

 庭に積もった雪は、夜の冷たさをそのまま閉じ込めて、けれどそこへ差し込む一筋の陽光によって、少しずつ溶け始めていた。


 リフィナは窓に向けていた視線を、まだベッドの上で寝ているユールに向けた。


「……ふにゃあ」


 ふかふかの白い毛布が全身を包み込み、顔だけが出ている。まるでミノムシみたいだった。

 なぜか体がぶるりと震える。よく見ると、自身の体に毛布がない。


「……ユールさんに毛布奪われていましたか」


 リフィナの口角が柔らかく上がる。

 天蓋てんがいのベッドから降り、純白のレースのカーテンをサッと開けた。

 柔らかい陽光が部屋中を差し込み、ミノムシだったユールは毛布を顔にまで被せた。


「ふにゃっ……まぶぃ……」


 毛布の中から、小さく呟くような声がもれた。

 リフィナはくすりと微笑む。


(ほんとうに……子猫みたいですね)


 リフィナは、そっと足音を消してベッドへ近づいた。

 毛布の山はピクリとも動かない。中の生き物は完全に“寝ぼふにゃモード”らしい。


「ユールさん。朝ですよ。……起きられますか?」


 声をかけても返ってくるのは、もごもごとした謎の音だけ。


「……ふにゃむにゃ……まだ……しゃむい……」


 毛布の中から聞こえたその声に、リフィナはほんの少しだけ肩を揺らした。

 笑いを堪えているような、困っているような、なんとも複雑な表情。


(……寝起きもふにゃ、ですか)


 もう一度だけ呼びかけようとしたその時———

 毛布の端がぴょこん、と持ち上がった。

 星を閉じ込めたような藍の瞳が、半分だけ開いた状態でリフィナを見つめる。


「……おにんげんしゃん……?」

「はい。リフィナです。おはようございます」

「……ふにゃ……おはよ……」


 目をこすろうとしたのか、小さな手が毛布から出てきた。

 しかし次の瞬間、ひゅるっと布がずり落ち、ユールの肩がひやりと外気に触れた。


「っ……! しゃむい!!」


 毛布に潜り直そうとバタバタした瞬間、ふわっと身体が浮いた。

 リフィナが、そっと抱き上げたのだ。


「毛布から出てくるからですよ。……ほら、暖かい場所へ移動しましょう」


 胸元に抱かれたユールは、ぽかんとした顔のまま固まった。

 やがて、安心したようにリフィナの服に頬をすり寄せる。


「……ぬく……ぬくぅ……」

「ええ。ここは暖かいでしょう?」


 抱きしめられたまま、ユールの小さな足がぴょこぴょこと揺れる。

 その様子があまりにも無防備で、リフィナの胸に淡い熱が広がった。

 暖炉の前まで歩くと、火の温もりが柔らかく二人を包んだ。


「……落ち着きましたか?」

「ふにゃ……おにんげんしゃん、あったかい……」

「それはよかったです。では——朝ごはんを用意しましょうか」


 その言葉に、ユールの耳がぴくんと動いた。


「……ごはん……? お魚……? ミルク……?」

「まずはミルクですね。昨日はとてもよく飲んでいましたし」

 

 ユールの瞳がぱあっと輝いた。

 あの小皿をぎゅうっと抱えていた姿を思い出し、リフィナは微笑ましくなる。


「待っていてくださいね。すぐ戻ります」

「ふにゃ……! まつ!! ここでまつ!!」


 まるで子猫がお座りを覚えた瞬間みたいに、ユールは暖炉の前にちょこんと座り込んだ。

 ちいさな足を揃え、尻尾があれば揺れていそうな、そんな姿勢で。

 火の光が銀糸の髪を照らすと、ユールはじぃっと炎を見つめた。


「……あったかい……」


 ぽつりとこぼれたその声は、昨夜の震える声とはまるで違う。

 芯の部分が、少しだけ溶け始めたような柔らかさを帯びていた。

 廊下へ向かう直前、リフィナはそっと振り返る。

 暖炉の前に座り込み、期待に満ちた目でこちらを見ているユール。


「……すぐ戻りますから、いい子にしていてくださいね」

「ふにゃっ!」


 元気いっぱいに返ってくる返事に、リフィナはまた小さく笑みをこぼした。


(……この子を、怖がる理由がどこにあるのでしょうね)


 そんな思いを胸に、ミルクの準備へと歩み出していくのだった。




 ※※※



 一方。子犬並みにおとなしく待っているユールは、暖炉のばちばちとした音を見つめていた。


「……ユール、また暴走したら……あのおにんげんしゃんに捨てられちゃう……」


 猫耳でも生えていたらしょぼんと垂れ下がっているような、そんな落ち込み方をした。

 その刹那、バチっと何かが弾ける。


「……ふにゃっ!」


 ユールは怖がるように毛布に潜り込む。


 ———ユール、君は……なにをしたんだ?

 ———あの子が、我々の住処を……!

 ———ユール、友達だと思っていたのに……!


 耳を塞いでもこびりついた声が聞こえてくる。

 ユールはブルブル震えた。


「ユール……みんな守りたかっただけにゃのに……」


 また、目尻が熱さが孕むのを感じた。

 唇を一生懸命噛み締め、なんとか溢れさせないように抑える。


「……あのおにんげんしゃん、おばあちゃんや、おじいちゃんみたいに、優しい……」


 ほんの短いものの、リフィナの温もりがユールの心を和らげる。


「……ユール、おじいちゃんおばあちゃんに、会いたい……でも、会えにゃい……ユールが、やっちゃったから……」


 扉の音が反響する。

 すぐさま、柔らかい声が聞こえてきた。


「あら、ユールさん。また眠るんですか?」

(……おにんげんしゃんだ……! 泣いてるところ、見せちゃダメ……)


 リフィナに毛布ごと抱き上げられたユールは、顔を見せないように彼女の華奢な肩に埋めた。


「ほら、朝ごはんの時間ですよ。行きましょう」

「……ふにゃ」

「ここ、セレスティア宮廷では、宮廷料理人の料理が食べられるんですよ。とても絶品なものばかりなので、ユールさんも気にいると思います」


 その言葉にぴくっと眉が動く。

 ユールは必死に、毛布の端を指先でつまんだ。

 でも、涙を拭いたばかりの顔はまだ熱く、恥ずかしさでうまく動かない。

 ぎゅっと目をつむり、えい、と力を込めて———


 毛布の隙間から、そろそろと小さな額がのぞく。

 続いて、赤くなった目尻がひょこっと現れた。


「……ご馳走? ……おしゃかな、あるかな……」


 泣いたことを悟られまいと必死なのか、ユールは毛布を半分顔に残したまま、そこからちょこんと顔だけ出すという妙な状態。

 毛布はまだユールの頭にふわっとかぶさり、

 まるで毛布の中に住む小動物が勇気を出して外を見ているようだった。


 リフィナは気づいているのかいないのか、

 そっと微笑んだだけで、何も言わない。


「お魚ですか、健康的で素晴らしいです。さ、このまま行きましょうか、ちっちゃな子猫さん」

「……こねこしゃんじゃない……」


 花びらみたいな柔らかい笑みが溢れ、冬の寒さをどこかへ放り投げるような温もりが包み込む。

 ユールはそんなリフィナの体温、声、表情を見つめ、そっとリフィナの首筋に顔を埋めた。


(……おにんげんしゃん、あったかい……ユール、この人しゅき……)


 毛布にしがみつく手が、ギュッと強く握られた。

誤字などありましたら指摘のほどよろしくお願いします。


ふにゃ教へようこそ(΄◉◞౪◟◉`)

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