表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さなバケモノ、ふにゃふにゃしてます。  作者: 赤羽月乃
序章 小さなバケモノ
5/16

04 小さなバケモノ④


 ユールとリフィナが去ったのち、大広間を包み込むのは一つの疑念だった。


「……正気なのか、殿下は」

「わかるわけないだろ……!? だが、殿下は壮麗な方だ。……くそっ、今は殿下の指示に従うしかないだろ」

「リフィナ様は素晴らしい方だけど、あの少女を保護するだなんてねぇ……」

「ほんとに大丈夫なのかしら?」


 市民の疑念。

 貴族の恐れが———絵の具のように混ざり合っていた。

 それを遠目から見守るロシュは、静かにため息を吐く。


(殿下の考えていることは、よく分からない。———だが、ユール=ヴェルニア。あの子自身、得体の知れない生き物だ。……はぁ、頭が痛くなる)


 彼の瞳が蒼梟フリュエルの旗を見据えた。


(———まぁ、俺は殿下の指示に従うだけだ)

 

 

 ※※※


 三時間後、十八時。

 外はすっかり夜に沈み、冷たい風が静かに通り抜けていく。

 風に触れた葉がさらりと流され、雪の上に落ちた。

 昼に降った雪は薄く積もり、白い地面が月の光を淡く返している。

 頭上には星がひっそりと広がり、静かな海みたいに瞬いていた。


 満月が雲ひとつない夜空にぽっかり浮かび、白い光をまっすぐ落としていた。

 その光は雪を越え、奥に佇む大きな建物の輪郭を照らす。


 セレスティア宮廷は、夜の光に染まりながら静かに立っていた。

 高い塔と広い屋根が雪を受け止め、うっすらと青白い色を帯びている。

 壁には薄い飾り模様が彫られ、月明かりがその縁を静かになぞっていく。

 大きな窓は外の寒さを拒むように厚い硝子で覆われ、内側から漏れる灯りが、雪の庭に細い道を描いていた。

 宮廷の入り口へ続く石畳は、夜の冷えで硬く澄み、足音ひとつ吸い込んでしまいそうな静けさに包まれている。


 その堂々とした佇まいは———、

 ここが皇族の住まう場所なのだと、言葉より先に伝えていた。


 宮廷の一角から漏れた柔らかな灯りが、

 廊下をほのかに照らしている。

 その光は奥の部屋へと続き、静かな温もりを滲ませていた。


「見てくださいユールさん。綺麗な星々が出ていますよ」


 リフィナの声色は、先ほどよりもほんのり柔らかい。

 ユールはビクッと肩を振るわせた。リフィナの室内の端っこで体を丸めている。

 観葉植物に隠れているようで、隠れられていない。


「ふにゃ……」


 リフィナの桃色の瞳がほんの少し揺れた。


(……やはり、先ほどの出来事で怯えているのですね)


 暗闇の牢獄生活。

 大勢の市民からの言葉。


 自身が悪い事をしたとは言えど、中身はやはりただの子供、あるいは子猫。


(———演技か、本心か。それを知るためにも、今は警戒を解いて貰わないと……)

 

 リフィナは小さく息を整え、そっと手を伸ばした。

 急がず、驚かせないように。けれど、確かにユールへ届く距離で。


「……怖くありませんよ。大丈夫です」


 触れる前に声だけ落とす。

 ユールの視線が、観葉植物の影からぴょこっとのぞき、ちらりとリフィナの指先を見つめる。


「……ふにゃ……?」


 わずかに首を傾げたその仕草は、震えているのに、どこか確かめるようでもあった。


 そして———


「おにんげんしゃん……うそついてる……」


 ユールは自分の胸元をぎゅっと抱きしめながら、ぽつりと続けた。


「ユール、考えてること……わかりゅ……」


 声は小さく幼いのに、言葉の重さだけが静かに部屋へ広がった。

 リフィナは息を呑んだ。


(……思考を読む力? 星魂族ヴェスティアの能力、でしょうか……。この子猫の生態を理解しないと……)


 リフィナはそっと腰を上げ、静かに部屋を出ていった。


 * * *


 どれくらい時間が流れたのか、ユールには分からない。

 ただ、扉がカチリと開いた瞬間———


「……っ」


 ユールの体がぴん、と跳ねた。

 けれど、その緊張を溶かすように、柔らかな香りがふわりと流れ込む。


「ふにゃっ!」


 観葉植物の陰から飛び出した。

 リフィナの手には白い小皿。

 そこから小さく立ち昇る湯気が、部屋の空気を温めていく。


 ユールの瞳が、星みたいにぱぁっと灯った。


「……ふにゃあ……! おにんげんしゃん、ミルクっ!」

「はい。ミルクです。ちゃんとぬるくしてますよ」


 リフィナが小皿を差し出した瞬間、

 ユールはぱっと両手で受け取った。

 その仕草は、宝物を抱えるみたいに慎重で、それでいて嬉しさが抑えきれていなかった。


「ふにゃ……っ」


 そっと口をつける。

 ぬるいミルクが舌に触れた瞬間、体の力がふにゃりと抜けていく。

 肩の震えも、怯えた瞳も、ひと口ごとに少しずつ解けていった。


「……おいち……」


 小さくこぼれた声は、ほっと安堵が混じっていた。

 リフィナはユールの様子を静かに見守りながら、椅子に腰を下ろす。


「よかった。口に合ったようですね」


 ユールはこくこく頷きながら、むぐむぐとミルクを飲み進める。

 飲むたびに、瞳の奥の金の粒がふわっと明るくなった。


 しばらくして、空になった小皿を両手で抱えたまま、

 ユールがそろそろとリフィナへ視線を向けた。


「……おにんげんしゃん、やさしい……」


 つぶやく声は小さくて、不安と安心が半分ずつ混ざっている。


「あなたが落ち着けるようにしただけです。怖がらなくていいのですよ」


 リフィナの言葉に、ユールはきゅっと胸の前で小皿を抱きしめた。


「……ゆーる、もぉ……こわいの、いや……」


 その言葉には、牢で震えていた時間が影のように残っていた。

 リフィナは少しだけ目を伏せ、それからそっとユールに近づく。


「大丈夫ですよ。あなたが暴れたりしない限り、怖いことは起きません」

「……しにゃい……。しないの……おこられたく、ない……」


 ユールはただ必死に首を振った。

 その姿に、リフィナは胸の奥がさざめくのを感じる。


(この子……本気で怯えている……。本当に、ただの子供みたいに……)


 そう思った瞬間、ユールの小さな手がリフィナの袖をそっと掴んだ。


「……おにんげんしゃん……ここ、あったかい……」


 リフィナは、困ったような、でもどこか優しい表情を浮かべた。


「ええ。ここは寒い外とは違いますからね。ゆっくり休んでいいのですよ」


 ユールは袖を離さず、そのままリフィナの膝の近くにちょこんと座り込んだ。

 ミルクの温もりと、部屋に満ちる灯りの柔らかさが、ユールのまぶたをだんだんと重くしていく。


「……ふにゃ……」


 安心した小さな吐息が漏れた。

 リフィナはユールの無防備さに、思わず笑みがこぼれ落ちそうになった。


(……この子の無防備さ、ほんとに子猫ですね)


 ユールが起きないように、そっと手を伸ばして、銀糸の髪を丁寧に撫でた。


(……これだけを見れば、演技と疑う方が可笑しいですね。……だけどそう考えると、なぜこのような子が村壊滅をしたのでしょうか)


 指先がそっと髪を梳くたび、ユールの呼吸はさらに穏やかになっていく。

 小さな体は丸まり、まるで暖かな巣に戻った子鳥のようだった。


「……おやすみなさい、ユールさん」


 囁いた声は、夜気に溶けて静かに消える。

 ふと窓の外を見やれば、満月が薄い雲の縁を照らしていた。

 雪を纏った庭も、宮廷の塔も、白く静かに眠っている。


(……この子のどこに、あの力が?)


 リフィナは胸の奥に沈む疑問へそっと蓋をするように、もう一度だけユールの髪を撫でた。

 袖を掴んだままの小さな手は、まるで離す気がない。


(……今だけは、考えるのはやめましょう)


 リフィナは椅子にもたれ、ゆっくりと目を閉じた。

 部屋の灯りが柔らかく揺れ、二人の影を静かに寄り添わせる。

 夜はまだ深く、セレスティア宮廷の上に、満月だけが静かに見守っていた。


誤字などありましたら指摘よろしくお願いします


ふにゃ教へようこそ(΄◉◞౪◟◉`)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ