03 小さなバケモノ③
「……ふにゃ? しょけいって、なに? おいわしゃん」
それは、無邪気な問いかけだった。
綿毛のようにふわふわと浮かぶ声が、大広間の緊張を破って舞い上がる。
騎士たちは、ぴくりと反応する。
見物人の貴族の何人かが、眉を顰めた。
壇上のリフィナは、一瞬だけ目を伏せた。
ロシュは、なにも言わない。
ただ静かに、ユールを赤い絨毯の上に下ろした。
「ふにゃ……?」
ぶら下がっていた状態から、急に足がついてフラフラする。
ユールはまるで子猫が初めて地面に下ろされたような足取りで、ぺたぺたとロシュのマントを掴んで立ち上げる。
その瞬間———、
「恐ろしい……。見た目で欺いた魔獣……!」
「バケモノめ……、恥を知れ!」
「さっさと処刑にしろ!」
見物席から飛び出した怒声どせいが、大広間の空気を裂く。
ユールはびくりと体を縮め、ロシュの後ろに身を隠すように小さくなる。
「にゃ、にゃに……? おいわしゃん、この人たち、こわい……」
震える手が、ロシュの服を掴んだ。
だが、彼は口を紡ぐ。岩のようになにも反応を示さない。
その代わり、静かに壇上へと向かって歩き出した。
ユールの手が、離れた。
少女は一瞬立ち尽くす。
目の前には、壇上へと続く階段。
まるで罪人を導くように、蒼梟フリュエルの旗が彼女を見下ろしている。
誰も、何も言わない。
見物人の彼らは、構わずに声を張り上げた。
ユールは母猫の後をついていく子猫のように、ロシュの後ろを追いかける。
ペタ、ペタ。
ペタ、ペタ、ペタ。
音を立てて登っていく。小さな足音。
その背中に全ての視線が突き刺さる。
壇上へたどり着いたとき、ユールはパッと笑った。
「おいわしゃん……ユール、ミルクのみたい……!」
その言葉は、まるで斬首台に咲いた小さなタンポポのようだった。
ユールの言葉に、場が静まり返る。
彼女の声はあまりにも純粋で、あまりにも真っ白だった。
それゆえ、大広間にいた誰もがほんの一瞬、言葉を呑んだ。
「……っ、バケモノのくせに……!」
誰かがそう吐き捨てると、空気がまたざわめき始めた。
それでもユールは、壇上で星の如く煌めく笑顔を浮かべていた。
再び、ロシュの懐に抱きついた。
彼の体温を全身で感じるように、頬ずりをする。
「ふにゃ……おいわしゃん、ぬっくぬっく」
場違いすぎる言葉に怒号すらも出遅れる。
そこにいるのはどこからどう見ても———、
ただの子供。
「騙されるな……! あいつは、村を破壊し、村人全員を殺害したバケモノ……! 俺の家族を殺しやがって……!」
誰かの怒りの声が、空気全体を震わせた。
ユールはその気迫に、体を震わせる。
「……ご、ごめんなしゃい……」
弱々しい声が、子猫のように鳴く。
震えた唇をギュッと噛み締め、目尻に溜め込んだ涙は、瞳の金の残滓を写し、まるで星屑のように煌めく。
「……ユール、ちゃんとはんせいした……ごめんなしゃい……。ちゃんと、罪、つぐなう……だから、こわいことしにゃいで……」
その刹那、リフィナの声が静かに言葉を紡ぐ。
「———皆さん、静粛にお願いします。理性を欠き、品性を欠いた言動は紳士淑女に反します」
リフィナの花のような可憐な桃色の瞳は、ユールを見据える。
「ユール=ヴェルニアさん。貴女は自分の犯した罪を、理解していますか?」
ユールに寄り添う柔らかい言葉で問いかける。
「ユール……わかりゅ……だから、ごめんなしゃい……しゅりゅの……」
「そうですか。———貴女の犯した罪は、帝国民全員を怖がらせています。それは承知ですね?」
「……ふにゃ」
「———貴女がいくら反省の意を見せようと、彼らは貴女の力を怖がります。それに、もし貴女がまた暴走したら———どうするお考えですか?」
リフィナの声は、まるで花に潜む雪のように冷たかった。
ユールはびくりと体を震わせる。
「……ユール……しんじゃう……?」
雛鳥の囁きが漏れる。
リフィナは彼女の様子を見て、見物席を見上げた。
(———ユール=ヴェルニア。今までの罪人や他の種族のように、狡猾かつ野蛮な性格かと思っていましたが、これだけを見るとただの子猫ですね。自身の犯した罪を理解し、それでも尚周りの気迫に圧倒される姿。演技か、本心か———判断は付きかねませんが、もし彼女が二度と暴走しないと誓えば———彼女の力は帝国の役に立つ。国民たちの署名による処遇判断という内容でしたが、ここは一つ、私が人肌脱いだ方が良さそうですね)
彼女の視線が、見物席から壇上にいるユールへと向けられる。
(———彼女の本心を見てから処刑するのも、遅くなさそうですね。もし万が一、正体を見せた場合は———)
リフィナは目を伏せ、ユールへとゆっくり近づく。
ユールはびくりと体を震わせた。
「ふにゃ……にゃに……」
ユールへ近づくと、腰を下げて目線をユールに合わせる。
「———貴女の本性を把握してから、再度判断致します」
「……ふにゃ……?」
「———国民の皆さんに告げます。皆さんの署名により処遇を判断するとしましたが、個人的見解としてユール=ヴェルニアを私が保護します」
ざわめきが、大広間を満たす。
それは水面に落ちた一滴の雫のように静かに、けれど確かに波紋を広げていった。
リフィナは立ち上がる。
その姿は、一輪の百合が雪の上で咲き誇るように凛としていた。
「……本性を見極めるまで、彼女の命は、私が預かります。———皆さん、ご安心ください。皆さんに危害を加えぬよう、同じことを繰り返した場合は容赦なしに断罪致します」
リフィナの宣言が、大広間に凛と響き渡った。
そして———
「なっ……!?」
「皇女殿下が、あのバケモノを……?」
「……正気ですか!?」
「冗談ではないぞ……!」
見物席にいた彼らは、椅子を鳴らしながら立ち上がる。
騎士の一人が、手を剣の柄にかけるも、リフィナの気配に押されて動きを止めた。
ざわ……ざわ……と、空気が波を打つ。
「リフィナ皇女が、保護……?」
「署名で処刑決定だったはず……!」
「やはり、あの子に取り憑かれて……!」
口々に漏れる疑念、怒り、恐れ。
だがそれを前にしても、リフィナは咲き誇る花の如く姿勢を微動だにしない。
「———騒がないでください。これは、私の責任を下す判断です」
その一言は吹雪が吹き荒れるみたいに、場を鎮めた。
ユールはロシュの元から離れ、壇上台を小さな足取りで降りる。そして、リフィナの壮麗な青いドレスを掴んだ。
「……にゃ、おにんげんしゃん、やさしい……」
リフィナはユールを見つめた。
子猫が飼い主にすり寄るような、温もりを感じとる仕草に思わず目を見開いた。
桃色の瞳はわずかに揺れた。———だが、彼女は静かに屈み込み、ユールを優しく抱き上げた。
「……ふにゃ?」
無垢の眼差しがリフィナの顔を見据える。
「さ、行きますよ。ユールさん」
花弁が咲き誇る、優しい笑みをユールに向けた。
この空気に誰も咎めることはできない。見物席に座る、貴族、重役、市民の彼らは———獣のように吠えるのをやめた。
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ふにゃ教へようこそ(΄◉◞౪◟◉`)




