01 小さなバケモノ①
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———光も届かぬ地下の闇に、少女は独り閉じ込められていた。
上下の感覚すら曖昧になる深い暗闇。
窓はなく、時間の概念を示すものは何もない。あるのは、ひび割れた石畳と、簡素なベッド、そして錆びついたトイレだけ。
冷たい空気が、裸足の足先からじわりと体温を奪っていく。
唯一の防具だった布切れも、今では湿気を孕み、重く、頼りなかった。
少女は胸元で腕を抱きしめるように、震えながら小さく呟く。
「……さむい……お腹すいた……ミルク、飲みたい……お魚、たべたい……」
掠れた声が鉄格子に吸われ、牢の中で反響する。
子猫のように少女は擦り寄り、冷たい鉄に手を伸ばす。小さな指で触れた。その瞬間、凍えるような感触が、皮膚を噛むように染み込む。
僅かに触れただけなのに、指の感覚が一つ、また一つと奪われていった。
「……もう、暴走しないから……ちゃんと、せいぎょ、するから……誰か、だれかぁ……だしてよ……っ」
震える声に嗚咽が混じる。
目尻は熱を孕み、雫は頬を伝って、冷たい床に溢れる。
返事はない。少女の声に、反応する者はいない。
誰も来ない、誰も見ていない。
少女ただ独り。彼女の小さな肩が、冷え切った暗闇の中で、小刻みに反応する。
「……ううっ、ぐすっ……」
嗚咽は空気に溶ける。
涙で滲んだ視界を閉じても、瞼の裏には思い出したくもない光景が焼き付いていた。
白い光が包む。
人の叫び声が耳に残る。
壊してしまった断片が、脳裏から抜けない。
「……っ、ごめんなさぃ……」
※※※
———その頃。
ブルメリア帝城の執務室には、静かなランプの光が揺れていた。
木製のデスクに影を落とす灯は、冬の空気に溶けるように柔らかい。
窓に視線を移せば、しんしんと降り注ぐ小さな雪と、枯葉がひらりと風に舞っていた。
「……もう冬ですね」
椅子に腰掛ける一人の女性———リフィナ=フィオラシオンは、薄紅色の瞳を細めながら呟いた。
その背後から、柔らかい足音が響く。
「リフィナ様。紅茶とお菓子を用意しました」
振り返ると、メイド長のシャルロッタ=アークオンが銀のトレイを携え、優雅に一礼した。
テーブルに置かれたティーセットからは、ラベンダーの爽涼な香りと、ローズのほんのりと優しさに包まれた甘い匂いが、湯気と共に漂っていた。
「あら、ありがとう。シャルロッタ。———これ、グランゼットかしら?」
「はい。ロゼリア・ティアと合うと思い」
小皿の上に置かれたグランゼットは、まるで雪を閉じ込めたように静かな純白だった。
表面はわずかに光を反射し、凍てつく空気の中でも溶けない月光のよう。
その頂きには、透き通る青薔薇の飴細工が一輪。
淡い光を受けるたび、青は微かに揺らめき、まるで冷たい息をしているかのようだった。
———見惚れるほど、儚く、触れば消えてしまいそう。
「いただきます」
リフィナは銀のフォークを手に取り、端っこに入れ込む。柔らかい生地はすぐさま切れ、甘い蜜の香りが鼻をくすぐる。
口に一口入れた瞬間、しっとりとした生地が舌の上で溶け、白葡萄の気品ある甘味が緩やかに広がった。
甘さよりも先に、果実の透明な酸が静かに広がる。
やがて、砂糖と小麦の温もりがその余韻を包み込む。
「……やっぱり、この甘さは格別ね。……ロゼリア・ティアの味も最高だわ」
「———リフィナ様。一息ついているところ、申し訳ないのですが、伝言を受けまして」
シャルロッタの一声に、リフィナの蕩けた顔がすぐさま政務の顔に戻る。
「……伝言?」
「はい。———地下牢に閉じ込められている、少女の件です」
薄紅色の瞳が、静かに揺れた。ティーセットを静かにテーブルへ置き、口を紡ぐ。
「何かしら」
「———国民の署名が集まった、と議会が仰っていました」
テーブルの上に山積みにされた資料の中から、一枚の書類を手に取る。
「そう、集まったのね。どのくらい?」
「議会の方が言うには、約八割の方々が賛成の意見と」
「———そう」
リフィナは手に取った書類に、再び目を通す。
※※※
【村壊滅した小さなバケモノへの処遇判断】
星魂族ヴェスティアの少女ユール=ヴェルニアは、帝国領土内において村壊滅および多数の死者を発生させた件により、危険対象として即時の処遇を検討するものとする。
市民による署名の集積を確認し、一定数に達した場合は速やかに執行を許可する。
——— フィオルデイン帝国・皇帝直々司令官
※※※
「……わかったわ。シャルロッタ、すぐさまユール=ヴェルニアを壇上に連れていくよう、騎士団に伝達を」
「———畏まりました」
一礼して去るシャルロッタの背中を見送り、完全な静寂が訪れた時、リフィナは小さくため息を吐いた。
「……見た目が小さな子供とはいえど、あの子の力は危険すぎる。———国家を守るためにも、許してくださいね。ユールさん」
※※※
一時間後。
帝城の地下へと続く階段は、まるで地の底へ吸い込まれるように続いていた。
重い鎧の金属音が、冷たい石壁に反響する。
壁に取り付けられたランプが淡く灯あかり、油の匂いと共に影を揺らす。
冷たい空気が鎧の隙間を撫で、鉄の音だけが響く。
「……な、なぁ、ロシュ団長。ほ、ほんとに襲ってきませんよね……?」
一人の青年の情けない声が空気を震わせた。
ロシュは反応することなく、ただ階段を降りることに専念する。青年の隣にいた男は、失笑を浮かべた。
「はっ、情けねぇな、お前」
「いや、だってよ……あの少女、たったの短時間で村を壊滅させたんだろ? 家も畑も粉々だとか……」
「ま、襲ってきた場合は容赦なく———斬ればいいさ。なぁ? ロシュ団長」
ロシュは彼らに目線を向ける。そして、強く閉ざされていた唇が開かれる。
「駄弁りはよせ。仕事に集中しろ」
やがて大きな鉄扉の前に辿り着いた。
扉の取手の部分に巻かれた幾重もの鎖。そして、簡単に開けられないように鍵穴付きの南京錠がぶら下がれていた。
「着いたぞ。用心しろ、お前ら」
ロシュの低い声が唸る。
「———たとえ、見た目が幼女に近い姿だとしても、魔物の妖かもしれない。油断はするな」
ロシュは腰に携えていた長剣を鞘から抜き出す。銀色の鍔には———
翼を畳んだ梟の彫り物。
その黒曜石の瞳が、まるで暗闇の奥を見透かすように光を返す。
騎士の青年が気づき、ごくりと息を呑んだ。
「だ、団長の剣おっかねぇ……」
隣にいた男も意気揚々と口笛を鳴らす。
———そして、ロシュは軽く一振りを披露し、鎖を斬り叩く。
金属の落ちる音が響いた。
「行くぞ」
短く言葉を紡ぐ。
ゆっくりと重たい扉が開かれ、ランプの暖色が冷たい暗闇の中を照らす。
その中に一人、少女がいた。
床に寝そべり、自身の体を強く抱きしめている少女の姿が———。
彼女は弱々しく、体を起こす。
「……お魚、たべれる……?」
彼女の紡いだ言葉は、あまりにも弱々しいものだった。
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