表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さなバケモノ、ふにゃふにゃしてます。  作者: 赤羽月乃
三章 小さなバケモノ、遭遇する
16/16

15 小さなバケモノ、遭遇する③


(……かんこんじゅうって、一体なんなんですか。———いや、そんなことよりもユールを守らないと)


 腕の中の小さな体を、ギュッと抱き寄せた。

 シャルロッタの視界に映るのは、なんの変哲もないただの景色。セレスティア宮廷が静かな存在感を放ち、満ち欠けの月がひっそりと浮かんでいる。

 だが、視線を下げればユールの星の瞳の残滓が、ゆらりと揺らめいた。


(……ユール?)


 ゆらりと揺れる残滓が、きらりと光る。ユールは、ポツリと呟いた。


「……おにんげんしゃん、かなしそう……」


 その言葉にシャルロッタのスモークグレーの瞳が、丸くなる。


(———おにんげんしゃん? 一体どこに……、見えない。まさか、幽霊……?)

「……ちゃるろった、かげ、いりゅ!」


 ユールは何もない空間を指差した。

 シャルロッタは目線を忙しく動かす。どこを見渡したって、この夜が更けてる深夜、庭にいるのはユールとシャラロッタのみ。

 彼女の瞳が、ユールを見つめる。その瞳の奥で、戸惑いが感じられた。


(影……? ……これが、星魂族ヴェスティアの力……)

「ふにゃ! いる! ちゃるろった、きけん!」


 その声とともに、ユールの指先が震えながら宙をさす。

 ——その先で、空気が歪んだ。


「……!」


 見えない“何か”が、風のようにすり抜けた気がした。背筋に冷たいものが走る。

 シャルロッタの手にしていた聖燈が、再び、じり……と揺れる。


「ユール、これは……!?」

「かんこんじゅう……! ふにゃ、くるの、わかる……!」


 ユールの両手が空中に描いた紋が、淡く光った。

 次の瞬間、ぼんやりと人影のようなものが浮かび上がる。

 それは、苦しげに顔を歪めながら、消え入りそうな声を漏らした。


「……かえして……」


 ひゅう、と風が吹き抜ける。

 そして影は、音もなく霧散した。


「ちゃるろった……こわかった……でも、ユール、がんばった……」


 ユールの声は、夜の空気に溶けるように、かすかに震えていた。

 その小さな体は、精一杯の勇気で立っていたのだ。

 シャルロッタは、何も言わずにユールをそっと抱きしめた。

 かすかに冷たい風が、木々の葉をそよがせ、彼女たちの髪を揺らす。


 月はすでに、その輪郭を隠そうとしていた。

 新月は、すぐそこにある。


「……あれが、“かんこんじゅう”」


 言葉にすることで、それがこの世界の現実として形を得たような気がした。


 見えなかったものが、確かにそこにいた。

 ユールが感じた、名も知らぬ“かえして”の声。

 その悲しみに満ちた気配は、胸の奥を静かに締め付ける。


 何もかもが、まだ霧の中だった。

 けれど——、


「……ユール。こんなこと、あなたに聞くのは本当はよくないと、わかっています。けれど……」


 シャルロッタは、そっと腕の中の少女を見つめた。


「これは、あなたが“悪い子じゃない”って、証明にもなる。だから、教えて。あなたの知っていること、全部」

「……ふにゃ、ぜんぶ……?」


 ユールの声が、小さく震える。


「はい。———“かんこんじゅう”のこと。そして……あなたが“壊した”という、あの村のことも。そして、あなたが誰もいないところに謝っていたことも」


 ユールの瞳が、夜の水面のようにかすかに揺れた。

 唇がわなわなと震え、小さな手は服の端を、ぎゅっと握る。


 そして、ぽつり。


「……ちゃるろったや、おかーしゃん、おいわしゃんのためにも、なりゅ……?」


 シャルロッタは小さく頷いた。

 

 ユールはぽつりぽつりと、話し始めた———。


「ふにゃ、……ユール、カナルちほー? の、小さな村で拾われたの……。空腹でたおれてるところ、しんせつなおじいちゃんとおばあちゃんに拾われて……」


 シャルロッタは黙って頷き、ユールの言葉に耳を傾ける。


「おじいちゃんおばあちゃん、しゅごくやさしかった……ユールのこと、まご? みたいに可愛がってくれてた……美味しいもの、たくさん作ってくれた……」

 

 ユールの星の瞳が、遠い記憶を映すようにゆらめいた。


「……でも、おっきなおつきしゃまが現れたとき、ユール……みんなに知らせないといけにゃかったのに、どんくさかったから、かんこんじゅうが、村にはいってきた……」

「……おっきなおつきしゃま……満月のこと、ですね? かんこんじゅうが来たって、なぜ?」


 シャルロッタの問いに、ユールはほんの少しだけ震えた声で答える。


「……ユールが、いるかりゃ。星魂族ヴェスティア、だから……ねらわれちゃった」

「なぜかんこんじゅうと言うのは、ユールを狙って?」


 ユールは俯く。


星魂族ヴェスティアは、成仏すること、できりゅ……かんこんじゅうを、冥土に導くこと、できりゅ……おつきしゃまはおほししゃまの魔力をつかって」

星魂族ヴェスティアの魔法、星魂魔法せいこんまほうのこと、ですよね」


 シャルロッタの一声に、ユールは目を見開いた。


「ちゃるろった、どこでしょれを……?」

「調べたんです。———あなたのことを、知るために」


 ユールの瞳がうるうる潤み始めた。

 シャルロッタは眉を下げ、苦笑いを浮かべながら手を握る。


「話が逸れましたね。続きをお願いします」

「あ、うゆ……。それでね、かんこんじゅうがむらのひとたちに取り付かないように、ユール、がんばった……。でも———」


 ユールの声が、震え始める。

 目尻に大粒の涙が溜まり、それはポタポタと落ちて行く。


「……ふにゃ、ぐすっ、おじいちゃんや、おばあちゃんに取り憑いちゃって……ユール、助けたかった……けど、でも……ふたりの姿のままで、ユールを襲ってきたの……」


 ユールは被っているフードで、顔を隠した。


「ユール……こわくて、かなしくて、さみしくて、感情、ぼうそうしちゃった、せいぎょ、できにゃかった……だからっ……それで……」


 目の前の少女は、たったひとりで、すべてを抱えていた。

 大切な人を失い、自らの手を恐れ、過去に縛られて——それでも、誰かのために立っている。


(……本当に、悪い子なんかじゃない)


 シャルロッタは、そっとユールの手を包んだ。


「———もう大丈夫です。トラウマを思い出させてしまってごめんなさい」

「ユール、捨てられにゃい……? おかーしゃんからも、ちゃるろったからも、おいわしゃんからも……捨てられたら、ユール……たちなおれにゃい……」


 シャルロッタは唇を開くが、すぐさま閉じた。

 慰めの言葉を吐こうとしたが、どれも全て安っぽく思えた。

 だけど、目の前で震えたまま雫をめいいっぱい溢れさせているユールを見て、じっとせずにはいられない。


「———捨てません。私も、殿下も、もちろんロシュ団長も。あなたが悪い子だなんて思っていませんし、バケモノとも思っていません」


 シャルロッタの指先が、ユールの頬に当てられる。

 冷たい雪を溶かすような温もりがあった。


「———私は、あなたの味方です。過去を変えることは出来ませんが、私はあなたの言葉を信じます」

「ふにゃあん……」


 シャルロッタは小さな体を、精一杯抱きしめた。熱い雫がパジャマを濡らして行くが気にしない。


(……点と点が繋がり始めた気がします。ユールの話によると、かんこんじゅうは人に取り憑くことができる。そして、ここ最近頻発している幽霊事件。どれも偶然とは思えませんし、それに、もし比喩じゃないのだとしたら———)


 肌を撫でる風によって、積もっている雪が少量舞う。


(どうやら、かんこんじゅうは私たち人間には見えず、ユールだけにしか見えない存在のようですし、幽霊事件———かんこんじゅうが関わっているものと思った方が、良さそうですね)

ユール「ユール、悪い子じゃにゃい!シャー ฅ(`ꈊ´ฅ)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ