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小さなバケモノ、ふにゃふにゃしてます。  作者: 赤羽月乃
三章 小さなバケモノ、遭遇する
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14 小さなバケモノ、遭遇する②


 朝のセレスティア宮廷。

 聖堂の鐘が鳴り終えたころ、シャルロッタに案内されてロシュがリフィナの私室を訪ねる。

 扉が開かれると、香ばしい紅茶の香りがふわりと鼻先を撫でた。


「おはようございます、団長。朝からとは珍しいですね」


 窓辺の椅子に腰掛けていたリフィナが、優雅に視線を上げる。

 その表情に、ロシュはわずかに眉を動かしただけで、頭を下げる。


「少々、報告を。セリノ市にて、例の件が発生しました」


 リフィナの顔から笑みが消える。


「……また、ですか」

「老婆のような女が、刃物を持っていた。発見者の報告では、人ではないようだったとのこと。……不可解なのは、子猫の亡骸が残されていた点」

「子猫……?」


 リフィナの声が低くなる。

 ロシュはうなずいたあと、口を開こうとするが——ふいに、足元から視線を感じた。


「ふにゃ?」


 ふらりと現れたユールが、ロシュの足元を覗き込んでいた。

 しばらくじっと見たあと、ユールはロシュのマントの裾を摘んでクンクン嗅ぐ。


「くちゃい……ヘンなにおい……」


 ロシュは無言で立っているだけだが、リフィナの方が慌てて立ち上がった。


「ユール、失礼でしょ? 団長に……!」

「でも、おてても、くちゃい……おめめも、こわいにおいする……」


 子猫のような声でそう言って、ユールはじっとロシュの頬に目をやる。

 切り傷の痕に気付いたのか、そっと触れようと手を伸ばした。


「……いたいの、いたいの、ふっとべ〜……」


 そして、手を合わせて静かに呟いた。


「……おいわしゃん……」


 ロシュのまぶたがピクリと揺れる。


 その異変に、リフィナの表情がかすかに険しくなった。


「団長……本当に、大丈夫なんですか?」

「問題ありません」


 即答するロシュ。

 だがその声音には、どこか乾いたものが混じっていた。


 その場に沈黙が流れる。

 やがて、ユールがポツリと呟いた。


「……やっぱり……おなじにおい。あのときと……」

「ユール?」


 リフィナが振り向くが、ユールは首をかしげただけで、言葉を濁す。

 その様子を見て、ロシュは無言で一礼した。


「これ以上、長居は無用でしょう。失礼します」


 そして踵を返し、扉の向こうへと去っていく。


 バタン、と静かに閉じられる扉の音。

 リフィナは、しばらくその扉を見つめていた。


「ロシュ……やっぱり、どこか変よ……」


 小さく呟く彼女の横で、ユールがぴと、と袖を引っ張る。


「おかーしゃん……ロシュ、なんか、やばい……」



 12時。昼の鐘が帝国全体に響き渡る。

 ユールはシャルロッタの手作りのサンドイッチを口いっぱいに頬張り、その姿はまるでリスみたいだった。


「そんなに慌てて食べなくても、サンドイッチは逃げませんよ」

「ふにゃにゃうにゃうにゃう!」

「……はい?」


 トマトの瑞々しさが舌の上で跳ね、レタスの歯ごたえが軽快なリズムを刻む。

 マヨネーズの優しい酸味が、それらをふんわりと包み込んだ。


「おいしい! ちゃるろった、ユールこれしゅき!」

「……それは良かったです。ほら、口元にマヨネーズが付いてますよ。メイドとして、はしたない格好は良くないですからね」


 オーバースカートのポケットから取り出したハンカチを、ユールの口元に当てて丁寧に拭う。

 そんな様子にユールの瞳はキラキラと舞う。


「ちゃるろった、おかーしゃんみたいにやさしい! ユール……優しい人たちに囲まれて、嬉しい……!」


 そんな穢れない真っ白な笑顔を見せる。

 シャルロッタは、息を呑んだ。


(……そういえばこの子、今はこんなふうに甘えていますが、先日までは処刑されかけていたのでしたね。村壊滅事件と、ロシュ団長が以前言っていた幽霊事件———今夜も徹夜になりそうですね)


 

 夜。もう直ぐ24時に時計の秒針が回り始める。

 辺りが静まり返る中、シャルロッタは片手に手持ち型聖燈せいとうを持ち、静寂の宮廷を歩く。


(……幽霊事件とロシュ団長は言っていましたが、幽霊、ですか。ここ最近事案が増えているとおっしゃっていましたが、そもそも幽霊事件とは何を指す言葉なんでしょうか……)


 考えはまるで迷路のように、入り乱れる。

 そんな時、ふと宮廷の庭に人影を発見した。


(……こんな時間に、どちら様? まさか、不法侵入……!)


 急いで窓から下を見下ろす。

 大きな木を囲むベンチに、一人の少女が座っていた。———ユールだった。


(……ユール? なぜあの子がこの時間帯に、ここに?)



 ※※※


「……ふにゃ、もうすぐで新月くりゅ……かんこんじゅうの気配……わかんなくなりゅ……おいわしゃん、たしゅけたい……」


 視線を上げると、ほとんどの輪郭が闇に飲み込まれ、ぼやけた月が浮かんでいた。

 あと数日後には、新月。

 ユールのローブがふわりと風に揺れ、頭上にある猫耳がしょぼんと垂れている。


「———ユール?」

「ふにゃあん!?」


 突然名前を呼ばれ、体がビクッと跳ねる。

 すぐさま地面に丸まり、体が震えてる。


「ふにゃ、ユール、悪いことしてにゃい! 悪い子じゃにゃい……!」


 シャルロッタはゆっくりと歩み寄り、手を伸ばすのを少し躊躇った。

 だが、彼女の指先がユールの肩に添えられる。ユールは強張らせた体をふにゃりと力を抜く。


「ふにゃ、ちゃるろった、ユール……悪い子じゃにゃい……」

「……怖がらせてしまいました。大丈夫ですよ、あなたが悪い子じゃないのは、私も殿下もよく分かっています」


 シャルロッタの腕の中で、ユールの震えが少しずつおさまっていく。

 その耳元で、優しい声が響く。


「ねぇ、ユール。眠れなかったのですか?」

「……ふにゃ。おつきしゃまが……にげちゃいそうだったから……」


 その声は、どこか遠くを見るように掠れていた。


「ユールね、わかるの。かんこんじゅうが……まいごになるの。そしたら、もどってこれにゃい。……にゃにかが、おこる……」

「かんこんじゅう? それは、一体なんですか?」


 シャルロッタの問いに、ユールは一瞬だけ顔を上げた。


「……ふにゃ……悪いやちゅ。しんじゃったのに、いきたがる。……さびしくて、さびしくて、だれかの中に、かえりたがる……」


 その声は、風に溶けるように小さく、どこか哀しみに染まっていた。


「ユールが、かんこんじゅうを、成仏させなきゃなのに……おつきしゃまが、いなくなっちゃう……」


 小さな手がぎゅっとシャルロッタの服をつかむ。


「お月様がいなくなる? 新月になるということ、ですか?」


 ユールは小さく頷いた。


「……ふにゃ、おいわしゃんの匂いから、かんこんじゅうの、匂い、した……。ユールが、村を壊したときと同じ匂い……」


 ユールの猫耳がぴんっと立つ。


「……ちゃるろった、近く、イヤな気配しゅりゅ……」

「嫌な気配。———まさか」


 風が、夜の静寂を切り裂くように吹き抜ける。

 ユールの耳がぴくりと揺れ、じっと闇の奥を見つめた。


「……ちゃるろった、だめ……あそこ、みちゃ、だめ……」


 その瞬間——、


 シャルロッタの手にしていた聖燈が、ふっ、と音もなく消えた。

 辺りに満ちる、異質な沈黙。

 まるで、何かがこの世界に滲み出してきたような、そんな気配。


「……今夜は、眠れそうにありませんね」


 シャルロッタが息を呑む中、ユールはそっと目を閉じた。


「———かんこんじゅう、もう、そこにいる……」


ユール「ふにゃうにゃうにゃう!」

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