これで終わり
俺が作戦を伝え終えた後のこと。俺たち三人は路地を走っていた。
「いたぞ!!」
「追え!!」
背後から終焉教の声が聞こえる。どうやら俺たちに気づいたようだ。
「本当に大丈夫なの?」
「何が?」
隣を走り不安げに俺を見るカテラが、横を走るバッドに視線を移した。
虫食いのひどいローブに身を包んだバッドは何も喋らない。俺は思わずニヤけた。
「大丈夫だろ。それに、いずれバレるだろうしな。」
俺の作戦の第一段階は────とりあえず逃げまくる、だ。
路地に入り、大通りを避け、狭い道を行ったり来たり。集団行動を好むあいつらが、簡単に攻めて来れない場所の移動を繰り返す。そう、要は時間稼ぎだ。
「そろそろ狙いがバレる頃だな。」
理由は分からないにしろ、時間稼ぎはバレているはずだ。当然、阻止しにくるはずだ。そうだろ?
俺は屋根の上からこちらを追う集団を見上げた。
おかしい────。
紫紺の男は思う。
狙いは時間稼ぎ。それは一目で理解できた。だが理由は……?仲間の睡眠は確認済み。起きたという報告もない。増援はまず無いと考えていいだろう。一体この時間稼ぎに何の意味が……?
紫紺の男がジンたちを見下ろす眼は疑念に満ちていた。
「どうされますか?」
屋根を走る部下が男に指示を仰ぐ。屋根を飛び越え、次の屋根に移るを繰り返す男は、さらに思考を巡らせる。
時間稼ぎが目的であれば今すぐ潰すべきだ。しかし、あまりにあからさますぎる……。誘っているとしか思えない。だが────、
「……いいでしょう。その誘い、乗ってあげます。数的優位はこちら。優位なのは変わりありませんしね。さあ、行きなさい。異世界人以外は殺してかまいません」
紫紺のローブの命令で三人の終焉教が四散し、動き出した。
それを見届けた男は、眼下で走るジンを見下ろす。
走っているのは、相変わらずおかしな格好をした異世界人と神に好かれし獣人の女。それと……なぜかローブをかぶっているが、あの魔術に長けた男。いずれも替え玉では無いだろう。三人からは、先ほどと同じ魔力を確かに感じる。
「一体、何を企んでいるんですかねぇ……」
闇に消える男のつぶやき。対して、闇を裂くほどの緊張感ある声がこだまするのは男の眼下、狭い路地だ。
「降りてきたよ!!」
「しゃあっ!頼むぜカテラ!!」
奴らは痺れを切らして俺らを叩きにくる。ここまでは狙い通りだ!これだけ狭ぇ道!相手は一人ずつ来るしかない!!時間稼ぎにはうってつけだろ!!
「ふんっ!よいっ……しょっと!!」
カテラは大剣を背から抜き、終焉教の攻撃を怒涛の馬力で弾き飛ばす。そして、さらなる追撃にも避ける形で対応する。一度戦った相手だ、要領を覚えれば、カテラにとっては大したことはないのだろう。防御魔術に邪魔されてはいるものの、見事に終焉教の猛攻を受け流している。
「それでジン!後どのくらい!?」
跳躍の後、着地してきたカテラは額に汗を滲ませ、肩で息をしている。
「あと30秒だ!持ち堪えろ!」
俺は脳内で数えている数字をそのまま伝えた。
「まったく!あとでたくさん買い物付き合ってもらうんだから!!」
カテラは、懲りずに向かい来る終焉教のもとへ地を蹴り、迎撃へ向かう。
去り際の一言に、思わず苦笑が漏れた。
「荷物持ちは勘弁だな。」
一呼吸。俺は再度気を引き締め前方の様子を見る。
月明かりに照らされた屋根の上。そこにある人影が見えた。その屋根の下に着くまでの時間は大体にして、20秒。時間ぴったりだ。
シナリオ通りの展開に、俺が口の端を上げたその時、背後からカテラの呻き。
「ぐふっ!!」
たまらず振り向くと、カテラの肩に敵の刺突が直撃し、鮮血が宙に舞っていた。
「カテラっ!!」
「だい……じょうぶっ!!」
刺突を繰り出した敵をカテラは大剣で振り払い、なんとか着地。いなしても終わらない猛攻、さらには肩の負傷もあり、カテラの表情は険しい。
「あと10秒だ!」
俺は叫んだ。路地を曲がり、また小道へ。
時間は、残り、9秒……。8秒……。7秒……。
「くっ!!」
カテラの声と鉄の音が路地に響く。そろそろ限界が近い。
6秒……。5秒……。4秒……。
弾き飛ばされたカテラはザーッと地を滑って勢いを殺す。そしてまた終焉教の猛攻を受け止める。
3秒……。2秒……。1秒……。────0。
「カテラっ!こいっ!!」
俺は喉が裂けんばかりに声を張り上げた。合図を聞いて、カテラは俺のもとへ後ろ向きに跳躍。そして俺を抱き上げ、小さく、だが強く、底から吹き上がる力を抑えこむように一言────。
「比類なき膂力」
刹那────。超高周波のインパクトが、月明かり照らす石床で弾けた。
◇
1分ほど前────。
「一体何をしているのでしょうか……。」
紫紺のローブを纏う男は、眼下に広がる戦いの様子に、一つの疑念を抱いた。
あの三人。異世界人が戦闘に参加しないのは必然として、あのローブの男……。なぜ、獣人だけに戦いを任せている?魔力切れ?やはり替え玉?いや、確かに奴の魔力を感じる。別人ではない。別人では……。まて……!魔力が同じ。しかし魔術は使わない。しまったッ────!!
男がある考えに至った瞬間、戦慄が奔った。歩を止め、眼前の光景に目を剥く。
向かいの屋根に人の影。月明かりに照らされ現れたのは、短い金髪にギザ歯をちらつかせる青年。その頭上に生成された、黒く濁った泥の槍は男に向けられていた。
「よお。」
「貴様っ!あれはやはり泥人形────っ!!」
「せーかい!そんで、消えろや!非救の泥槍────!!」
輝る雷撃のように、音を置き去りにして打ち出された泥の槍。それは男を確かに捉えた。しかし、防御魔術の展開がコンマ一秒早かった。泥の槍は幾何学模様の入った半球型の防御魔術に防がれてしまう。舞う土埃の中から男の狂笑が鳴る。
「くくっ!!残念だったなぁ!!」
バッドの渾身の一撃を防いだ、男は勝ちを確信し、口の端を上げていた。だがなぜかバッドも口の端を上げていて────。
「時間もらったからなぁ……。なんとか編纂できたぜ────二本目ぇ!!」
「なっ!!」
バッドの咆哮と同時。男の背後にもう一本の巨大な泥の槍が生成され、男へ飛来する。
「チィッ────!!」
だが、これも間一髪。男は屋根を蹴り、空高く跳躍しこれを避けた。
だがまたそこで、バッドが空に魔法陣を展開し、つぶやく。
「残念、三本目だ。」
男の正面に現れた泥の槍。男はまたも防御魔術を展開し、それを防ごうと動く。
だが、それを待っていたかのようにバッドが宙に向けて叫んだ。
「やっちまえ!!カテラぁ!!」
「なぁっ!!」
宙に浮いた男の背後に現れた影。ジンを背に抱えた獣人の少女、カテラがそこにはいた。20メートルを優に超える高さを跳躍し、手にもった大剣を今にも振り下ろさんと構えている。
まずいっ、防御魔術は展開済みっ!防げない────!
「貴様らああああああああああ!!」
カテラの大剣が男の背を捉える。身動きの取れない空中で、泥の魔術と大剣の同時攻撃。男がそれを防ぐ手段はもはや────皆無……!
「これで────終わりっ!!」
カテラの振り下ろした大剣が背中を薙いだ。男の展開していた防御魔術がパキンッと割れ、その体は瓦屋根に激突した。




