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灰と汚濁と異世界と  作者: 帯川 葬


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8/11

幻と、とっておき

 終焉教。その漆黒ローブが夜の街に舞う。大地を蹴る音などない。吹き抜ける風のごとく、一呼吸のうちに二つの影が俺の眼前に迫った。


「くっ!!」

「チィッ!!」


 反応ができず、立ち尽くす俺をかばったのはカテラとバッド。カテラが終焉教の刺突する短剣を大剣で受け、バッドは瞬時に生成した岩の長剣で受ける。


 そして両者、敵の短剣を上に(はら)い、体勢が崩れたところに剣を振り下ろす。剣もなく体勢も最悪、防御はもはや不能。直撃だ。


 だが、確信はすぐに崩れ去った。


 場に、ガンッという鈍い音が響く。その不快な音の方に目をやると、後方で控えている紫紺のローブを着た男が防御魔術を展開し、二人の振り下ろした剣を防いでいた。そしてまた、途切れることのない影の猛攻が始まる。


 敵は二手に分かれ、カテラとバッドに向かって、突き。掃い。薙ぐ。


 カテラが攻めに転じようとも、防御魔術が邪魔できっかけが作れない。攻撃をいなしながら戦おうにも、カテラは大剣で相手は短剣。手数が圧倒的に違う。カテラは守るのに手一杯で、攻めあぐねている様子だ。


 一方のバッドも、魔術を放つ隙もなく、近接戦闘を余儀なくされている。バッドは、剣術はおそらく専門外。技量で段々と押されている。剣から意識を移し、魔法での速攻を仕掛けても、防御魔術でしっかりと防がれてしまう。なんとか応戦できてはいるが、それも時間の問題だろう。


 ジリ貧だ。このままだとまずい……。


 そんな俺の焦燥をバッドもカテラも悟ったのか、二人は一旦目の前の敵をスルーして、紫紺のローブの男のもとへ、同時に奇襲を仕掛けた。


 瞬きの内に距離を縮めた二人が、正面から剣を大振りに振り下ろす。が、それも男の目の前に展開された、半球型の防御魔術で防がれてしまった。


「そんな大振りの攻撃では、防いでくれと言っているようなものですよ。あなたたちのような野蛮な頭では、理解には及ばないとは思いますが。」


 得意げに能書きを垂れる男。その背後に影────。


「じゃあこんなんはどうだボケェ────ッ!!」


 咆哮と共に、バッドの岩の剣での斬撃が炸裂。意表をついた攻撃。奇襲は成功したかに思えた。しかし────


「血気盛んですね。その割に(こす)い手を使う。」


 バッドの薙ぎを、空高く跳躍してそのまま空に留まる男が、俺たちを見下ろす。場にはバッドが二人。カテラの横にいる奴と、奇襲を行った奴。男の温度のない瞳で睨まれたカテラの横にいるバッドが、ボロっと音を立て崩れ落ちた。


「魔術で作った土人形ですか。惜しかったですね。」


男はその冷ややかな瞳で、なおも俺たちを見下ろす。交錯した視線。その隙をついたのは、カテラとバッドがスルーした敵の一人だ。


まるで氷上を滑るかのように、軽やかに地面を移動したその影は、カテラの背後を取った。


「カテラ後ろだ!!」

「しまっ────!!」


 カテラが、俺の声に反応して身を捻る。だがもう遅かった。影はその背に食い込むほどの、膝蹴りを入れ込む。


「ぐ……はっ……!!」


 呼吸が一時止まるほどの一撃に、カテラの顔に苦悶の表情が浮かぶ。たまらず大剣を振り、敵を振り払う。


 今の一撃がきっかけで、場が動いた。


 バッドの方へ二人が襲い掛かり、さらに俺の方にも一人が向かってきた。


「ジン逃げて!!くっ!!」


 俺に気を取られたカテラはまた、脇に蹴りを食らってしまう。


「おいおいおい、まじか!!」


 バッドも二人を相手していて助けは望めない。どうする……!どうする俺……!


「くそっ!やるっきゃねぇ!!」


 俺は、バッドの魔法で崩れた出店の残骸から木の棒を手に取り、構えた。

 相手は実践経験も豊富であろう手練れ。対して俺は、武術の心得など一ミリもない、ただの一般人。勝てる確率なんて計算する必要もないほどの力量差に足がすくむ。でも────、やらなきゃやられるだけだ!!


「うおおおおおおおおおお!!」


 俺は木の棒に込めれるだけ力を込め、迫りくる影色のローブがけて振り下ろした。


 手ごたえはない。瞑っていた目を開ければ、振り下ろした木の棒は空を切っていた。芯から凍るような悪寒が走る。


 俺の一撃をひらりと横に躱した敵は、手に蹴りを入れ、持った木の棒を打ち上げる。


「────ッ!!」


跳ね上げられた腕。腹ががら空きになる。そこを敵が見逃すはずもない。ぐるりと曲芸師のように曲がった体から、痛烈な回し蹴りが俺の腹に打ち込まれた。


「グハッ────!」


 あまりの痛みに、眼がチカチカとしきりに危険信号をだす。口から胃液が飛び出し、体から力が一気に抜ける。


 あまりの衝撃に声すらあげられない。出るのはただ乾いた嗚咽だけ。


「すまんな青年。俺たちの野望のために、しばらく目を瞑っていてくれ」


 腹を抑えて、よろけたところに影は言う。そして、これで最後とばかりに、俺の顔面に向けて拳を振り上げた。


 痛みは、ない。なぜか男の拳が目の前で停止した。


「がぁ……ぎ……貴様何……をっ……!」


 男の腹。そこに食い込む極彩色の”何か”。それは俺の影から飛び出していた。


「な……は!?」


 男は不意の攻撃にあえなく倒れる。瞬間、影から生えた”何か”は仕事は終えたと言わんばかりに地面へと沈んでいった。


あまりに一瞬の出来事。目の前には地面に伏した終焉教。それを御したのは一体────?あれは触手のような。無数の翼のような。瞳が泳ぐ液体のような。あるいはその全てか。数多の幻想を一束にしたような”何か”に俺は戦慄する。


「おわっ!!」


倒れた影を見て、放心する俺の身体を誰かが抱えあげた。額から脂汗が沸いたのと同時、ボンッという音と共に煙が辺りを包んだ。


「いったん逃げるよ!!」

「カテラ!?」


頭上からカテラの声。傍らにはバッドもいる。そのまま煙に紛れて跳躍し、俺たち三人は脇道の木箱の裏に隠れた。


「はぁっ、はぁっ、くそ……。」

「いやー、強いね……あいつら。ジンが一人倒してくれて助かったよ」


 息を切らすバッドの横で、カテラが俺に笑いかける。


「あ、ああ。そうだな。」


 てっきりバッドの魔術か何かだと思ってたが、違うのか。


「さてと、どうしたもんかね~。」


 カテラが困った顔で、また苦しく笑う。その笑顔に俺は抱えていた一つの疑問を投げかけた。


「てゆうか、カテラはどうして加護使わないんだ?あれ使えばあんな奴ら一発じゃねぇの?」

「使えねぇんだよ。」


 木箱に寄りかかるバッドが、未だ荒い息遣いで答えた。


「はあ?」


 続いて、カテラも汗を拭いながら口を開く。


「正確には、本領を発揮できない。私の加護、『比類なき(エクセプティオ)膂力(トロール)』は、地形さえ歪めることが可能な破壊力が売り。だけど、こんな市街地ともなるとね……。」


 確かに、汚染区のときみてーにこにをクレーターを作るわけにはいかねぇな。


「不便だな神様の力ってーのも」

「また神様馬鹿にして」


 木箱に背を預けてこぼした言葉に、カテラは頬を膨らませた。


「お前ら、あいつらはここで倒すぞ。ここを逃したら終焉教の手の掛かりがなくなっちまう。とりあえず、作戦を考えねーと。」


バッドは木箱から背を弾くように起こすと、小道の先に見える終焉教を見るよう促す。


「ジンが倒したやつを除いて、終焉教は残り四人。さっきの戦闘で分かったが、終焉教の奴ら一人一人はそこまで脅威じゃねぇ。正直、三人だけなら何とかなる。が、それを邪魔してんのが中央のアイツだ。」


 そう言ってバッドは紫紺のローブの男を指さした。


「アイツの防御魔術、タイミングが良すぎる。それになにより、術式の編纂速度がハンパじゃねェ。」

「あれが無かったら何度も倒せる機会あったのに~!!ムカツクッ……!」

「カテラの大振りの攻撃も、俺が今出せる最速の魔法でも対処された。おそらくあの防御魔術に隙はねぇ。」

「てことは……正面からじゃ無理だな。」


俺の言葉に、バッドは「ああ。」と同意してこちらに視線を戻す。


「ジンの攻撃は通った。おそらく、舐めてたんだろうな。だから裏をかきたいんだが、相手は四人でこっちは三人。確実に感づかれる。ちっ、どれかひとりでも削れりゃいいんだが。」


話が行き詰まり、苛立ちを隠せずバッドはボリボリと雑に頭を掻く。


相手は四人。一人は防御魔術で味方の援護をしてる。他三人はそいつの指示で一斉に向かってくる。隙なんてあるか……?


一呼吸の(のち)、俺は再度木箱に背を預ける。ふと、小道の奥に目が行った。そこには多くの廃材が山のように投げ捨てられていた。DIYが趣味のおっさんの仕業か、それとも建築資材置き場か。その傍らにはボロボロになったローブが捨てられてある。


俺は廃材の山に近づき、くたびれきったローブを手に取った。その瞬間、俺の中でこのボス戦を攻略するピースがハマった気がした。


「そんなの持ってどうしたのジン?」


 背後から聞こえたカテラの声で、自分の口の()が無意識に上がってたのに気づく。だが、このままでいい。


「お前ら、ちょっと聞いてくれるか?俺の、とっておきの作戦を。」

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