不滅の防壁
男が放った終焉教という単語。それの意味は分からないが、バッドとカテラは、かすかに顔を歪ませている。
「終焉教……。ああ、最近見ねぇからとっくにくたばったと思ってたぜ。で、今度は何を企んでやがんだ??」
鋭く光るバッドの眼光に当てられてもなお、終焉教の男は平然と続ける。
「確かに我々終焉教は、かの白轟 ヴァンクリー・ホルドバッハに半壊にまで追いやられ、時間をかけた組織再編を余儀なくされました。ですが我々はいずれ、遥か遠くで眠る魔女を必ずやこの世に再び顕現させてみせます。そして今回は、その足掛かりというわけです」
「ふ~ん。潰してもずっと出てくるってそれ……、ゴキブリみたいだねっ!!」
教祖のように両手を広げた男に向かって、カテラが石レンガの床を蹴る。しかし、先ほどとは全く逆。紫紺の男の目の前まで迫ったカテラの大剣が、まるで鋼の板でも叩いたかのように弾かれた。
「えっ!!??」
全く予想だにしていなかった衝撃に、カテラが目を剥く。そして、弾かれ、後ろにのけ反ったカテラの腹に、男が強烈な回し蹴りを放った。
「がはっ────!!」
「カテラ!!」
「テメェ……。」
カテラの身体が後方へ吹き飛ばされる。何とかカテラが受け身を取ったところで、男がまた雄弁に話を続ける。
「話は最後まで聞くものですよ、ウサギさん。我々の究極の目標、魔女の顕現は、まだ道途中。世界へ呪いを広げなければ、それは成しえません。そのためにどうしても必要な要素があるんです。」
「必要ダァ?てめぇら……またあんなテロ行為しようってのか……。させねぇぞ」
話を聞いていたバッドが、顔に血管を奔らせて、殺意むき出しの瞳で男を睨んだ。
「あれはテロ行為なんかではありませんよ。選別です」
「大量の一般人を転移魔術で汚染区に送るのが選別だと??人の命弄んでるだけのくせに、神にでもなったつもりか?」
バッドの鋭い言葉に男は小さく笑う。
「ふふっ、であれば神はもうお役御免ですね。」
「あ?何言ってやがる」
「選別は終わったという意味ですよ。そこの、異世界転移者のおかげでね」
「────は?俺?」
突然、男が俺の方を指さす。選別が終わったとか言っていたが……訳が分からない。
バッドと起き上がったカテラも驚愕してこちらを見ている。
「そう、あなたです。私たちの目的を達成するために、あなたが必要なんですよ」
そう言って一歩前に出る男の前にバッドとカテラが立ちふさがる。
「どういうことだテメェら。こいつは綺麗好きな冒険者にもなってねぇ。狙う価値もない、ただの一般人だ」
「そうだよ。ジンは今日こっちに来たばっかなんだよ?あんたたちが狙う理由なんてないはずでしょ。」
「狙う価値もない、ですか。それは間違った認識ですね。彼には、過去に我々の人柱となった者たちを合わせても、足りないほどの価値がありますよ。」
淡々と答える終焉教の男に、カテラはムッとした表情で叫ぶ。
「なわけないよ!!ジンてば、私の耳見るたび鼻の下伸ばすし、すぐ叫ぶし、おバカだし!何の価値もないんだから!!」
おいくそウサギ。てめぇは後で覚えてろ。
「予言ですよ。」
「予言?」
バッドは思わずオウム返しになる。
「大司祭様の予言────。『大地や生物さえ飲み込む、魔女の呪いを克服した者の回収を成せば、魔女顕現の契機になる』と。その予言に従って我々が八百年行ってきた、”魔女の呪いの克服者”の捜索ですが、ついに……ついに!!見つかったのです!!あなたですよ、異世界者ジン!!」
男は俺を歓迎するように両手を広げた。その狂気が滲む声色に、俺は息を呑んだ。
「五年前に行った、デネヴの人民を悲観の砂漠に招いた実験は失敗しました!!いささか遠回りしすぎたのです!!でぇすが!!あなたがいれば、もはやそんな些細なことを気にする必要もない!!何という幸運!!なんという僥倖!!八百年の歳月をかけた捜索がここにきて達成されるとは!!感激で震えますよ!!ええ!!」
男は自分の震える身体を抑えて、心底嬉しそうに言い放つ。そして、ふうと一呼吸。
「失礼。取り乱しました。」
ぴたりと動きを止め、冷然とした様子に戻った男。その時、ダンッと俺の横でカテラが地団太を踏んだ。その表情は鬼気迫るものがある。
「ゆるっせない!!五年前、君たちが使用した超大型の転移魔術で、一般人がどれだけ犠牲になったか分かってるの!?それをジン一人見つけただけで、些細な事だったって水に流して!!普通じゃないよ!!」
「普通じゃなくて結構。魔女顕現のために、彼が必要なのは変わりませんから。」
カテラの激昂はさらりと流された。それに続いてバッドが、手元に煌々と光る魔力を練りながら、一歩前に出る。
「つまりよぉ。大司祭とかいう、デタラメ吐くボスをボコせば解決だよなぁ?とりあえず、居場所を吐かせるとこからスタートだ!!穿つ水弓ぁ!!」
放たれたのは水の剛弓。幻血種すら、容易に貫いた水の魔術が、風を切って終焉教の五人に向かう。
着弾の衝撃により、轟音が響く。舞う土埃で前がよく見えない。しかし、この至近距離で放たれたなら、直撃で終了だろう。
「くどくど、くだらない話してくれて助かったぜぇ!!おかげで術式編纂が間に合った!!」
「バッドナイスだよ~!」
バッドがざまぁとばかりに叫ぶ。事の終わりに、緊張が緩み、場が弛緩する。その時だった────。
「知っていましたよ。」
土埃から微笑と共に、腹の底が知れない声。それは、先ほどまでそこに立っていた男と同じ声だ。
土埃が止み、月光に照らされた道に立っていたのは、5人。全員だ。
「まじか……。」
思わず声が漏れる。
「防御魔術……。テメェ……気づいてやがったのか!!」
バッドが、幾何学模様の半透明な壁を見て、歯噛みする。
「ええ。もちろん。では、異世界人。ジンの回収に移るとしましょう。」
影の集団が、ゆらりと体を揺らし、俺を見据えた。




