フーリの都
対汚染区特別国家デネヴ────。
汚染区奪還および呪いの進行の阻止という名目で、連合国より特別に設置された国。
デネヴ国は十二の都で形成されており、汚染区を囲むようにそれぞれが等しい大きさで分割されている。そして、デネブ国自体が周辺各国を汚染から守る役割を果たしており、いわば壁となっているらしい。
俺が転移した悲観の砂漠のように、魔女の呪いのせいで一般の居住が不可能になった地を汚染区と呼び、その呪いの進行速度は一年で100メートルと、速度は遅いものの、着実に土地が蝕まれていっている────と、ここまでが横を歩くカテラから聞いた内容だ。
灰の砂漠から降り立った俺ら三人は壁下の門を通り、十二番目の都フーリに繰り出した。ちなみにフーリは汚染区を囲むデネブ国の北北西に位置している。
視界に広がるのは橙色の瓦屋根と白塗りのレンガで形作られた街並み。10メートルほどの幅に舗装された道の路肩には、露店がいくつも連なっている。そこに並ぶのは果実や宝石、トカゲのような動物の干し肉など千差万別だ。
「しかし、色んな奴がいるな。」
エルフやドワーフ、他にもファンタジーで見たままの姿の奴らが、通行人として平然とすれ違っていく様子に俺は感嘆した。
「たくさんの国から汚染浄化のために人が投入されてるからね!!そりゃもう色んな種族がいるわけですよ!!まあ全員がホームの人ってわけじゃないけど!!」
カテラはふふんと得意げ胸を張る。
色んな種族ね、サキュバスとかいるんだろうか。いるならぜひ我が手中に収め手籠めにしてくれようぞ。ガハハ!!
「なーんか変なこと考えてって……ありり……。」
魔王口調で妄想を膨らませていると、カテラは躓いたのか、よろけてポスっと俺の胸に収まった。
「大丈夫か?」
「ごめんごめん。ちょっと体の感覚戻らなくて、よいしょ。」
カテラは俺の胸を押して態勢を直す。
「加護の連続使用が響いたな。ホームに戻ったら休めよ。」
一連の様子を見ていたバッドが、カテラにそう告げて再び歩を進めた。
俺たちは小走りで前を行くバッドに追いつく。
「なあ、さっきから言ってるホームってのはなんだ?」
俺の問いに答えたのは意外にもバッドだった。
「ホームは、十二個ある都にそれぞれ一つずつ設置された、綺麗好きな冒険者の本拠地だ。そこで神から祝福を受けれんだよ。」
「祝福ってーと、カテラが使ってたやつか?」
カテラの身体能力を爆発的に上げていた、あの力。使用の際に、カテラは加護開放と言っていたし、まちがいなく神関連だろう。
すると、ぴょんと横からカテラが顔を出して説明を始める。
「そうだよ~!綺麗好きな冒険者になって、神様から頂ける祝福は3つ!!銀膜の祝福、空握の祝福、そして神様に気に入られた人だけがもらえる加護!!」
聞いた手前、それぞれがどんなものか分からなかった俺は首を傾げた。
そんな俺を見たカテラはニカっと太陽のように笑い、説明を続ける。
「銀膜の祝福っていうのは、紅き月だったり、霧幻世界から身を守るためのものだよ。ジンも見たんじゃない?あの紅い月。あれも幻血種なんだよ~。」
「は!?あんなバカデカいのが!!!??」
幻血種──。その言葉で思い出されるのは、あのワームや瞳に蟲を飼う狼。カテラの説明によると幻血種は魔女の呪いのかかった、汚染区に生息する魔物で、他の魔物とは一線を画す存在らしい。
そこで初めて俺は、汚染区を照らしていた、あの紅い月がフーリの都に入ると、ただの白い陽光を放つ太陽に戻っているのに気が付いた。
「そうそう!あの場所にたっくさんあった灰は紅き月のせいって言われてるんだ!なんだか特殊な放射能で、生物も物質も全部灰にしちゃうみたい!だから銀膜の祝福で体を守ってもらわなきゃいけないんだけど~……。」
言葉を切って、足を止めたカテラは、長いウサ耳をぴょこぴょこと躍らせ、俺をのぞき込んでくる。
「な、なんだよ。」
「今言ったじゃん!銀膜の祝福がないとあの場所には絶対に!なにがあっても入れないの!!だから祝福をもらってないジンがあそこで活動できてたのは明らかにおかしいことなんだよ!!」
カテラは言いながら、指をどすどすと胸に突き刺してくる。地味に痛い。
「まあ異世界転移者なんておかしな奴ばっかみてーだし、こいつも、その部類なんだろうよ。」
「でも!これは明らかに異常だよバッド!!まったく、いっつも適当言うんだから!!まったく!まったく!」
今度は俺と反対側に立つバッドに向かって指を突き始める。
「なんかカテラのテンションおかしくねーか?」
「こいつは神様大好きだからな。祝福のいらねぇお前を見て、神様を否定された気分にでもなってんじゃねーの。」
バッドは興味なさげに耳を小指でほじる。
「違うから!もういい次の祝福の話するよ!!」
そう言ってカテラはぷいと前に向き直り、大股で歩き出した。
前を行くカテラから視線を戻すと、自然とバッドと目が合った。肩をすくめて見せるとバッドも片眉を上げ、少し呆れるように笑みをこぼした。
「次は空握の祝福ね!!これは、一度訪れた地点に瞬間移動できる祝福だよ!!」
歩きながらカテラは最初の調子で説明を始める。
「お~!それは便利そうだな!!」
「そうでもねぇよ。使えるのは一か月に一回だからな。そんなポンポン使えたりはしねぇんだ。」
バッドから祝福の性能の現実を告げられ、少なからず気持ちが冷める。
「案外、神様の力もしょっぱいんだな……。」
そう漏らすと、横から刺すような殺気が伝わってきた。恐る恐る隣を見る。そこには頬をフグのように膨らませ、涙目になってこちらを睨むカテラがいた。そのうさ耳の少女は、背中にしまっていたはずの大剣を構えて、今にも振り下ろさんとしている。
「落ち着け落ち着け!!!悪かった!!神様バンザイ!!祝福スゴイ!!」
「ほんどに????」
「ほんと!!ほんとだって!!」
「う”ーーーー!……次失礼なこと言ったら許さないからね!!」
逡巡を含んだ威嚇の後、カテラは諦めたように大剣を下ろし、ビシッと人差し指を立てた。
慈悲を得た俺は返答代わりに、必死に作ったぎこちない笑顔で、首を何度も縦に振る。
「最後は神様に気に入られた者だけがもらえる加護だけど~。まあジンには関係ない話かな!!」
歩き始めたカテラは、そう言って笑顔を作った。
「え、なん───。」
「だって、ジンは神様馬鹿にしたじゃない。そんな人が気に入ってもらえるわけないでしょ。逆に聞くけど何で気に入ってもらえると思ったの?ジンは自分を馬鹿にする人のことを好きになるの?ドMなの?へぇ~、ドMなんだね~。」
そう早口で静かにまくし立てる彼女は、顔だけは愛想よく笑っているが恐ろしく威圧的だった。
俺は背筋が凍るのを感じ、青ざめる。
許してもらえてなかったんすね。
「おい、お前ら着いたぞ。」
バッドが足を止める。周りを見ると、ここら一帯だけ大きな広場になっていた。街のいくつもの道がこの場所に集約しているように見える。
そして、その広場の中心には、大聖堂のような建物が、行き交う人々を静かに見守るように佇んでいた。
その建造物を一言で表すなら────荘厳。
純白に光る二柱の鐘楼。クジャクの構造色のように輝くステンドグラス。黄金の装飾がなされた大扉。それらはまるで神を祀る神殿のように見えた。
「そういえば、どこに向かってたのか聞いてなかったけど……もしかしてここ?」
「ああ。汚染区の浄化を目指す、俺ら綺麗好きな冒険者の本拠地。通称────ホームだ。」
俺の問いに応じると、バッドは正門と思われる大扉に向かって歩き出した。俺とカテラもそれに続く。
「変な人たちがたくさんだけど、みんな根は良いから安心して!」
「根は良い人って……性格悪い奴をフォローするときの常套句だろ、それ。」
「間違いねぇな!ギャハハ!!」
「バッドも笑わない!!ほんとなんだからねジン!!」
「へいへい。」
そうして、俺は太陽光を吸収し、天使の羽のように白く輝く大堂に足を踏みいれた。
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<幻血種個体識別ファイル>
【No.001 紅き月】等級S
多量の放射能を放つ暗赤色の月型の幻血種。
その放射能は生物の細胞や物体の原子を破壊し灰に変える力を持つ。そのため汚染区への立ち入りは祝福を受けた綺麗好きな冒険者のみに制限される。
自我は現在まで確認できず、ただ無差別に、その月光から放射能を放っていると思われる。また、放射能の中では精霊は存在できず、精霊術式の編纂は不可能。このことから汚染区内では魔力を媒介にした魔術および魔法の行使、または加護による戦闘をお勧めする。
物体、生物の存在を許さない強力無比な放射能。そしてその地域一帯に影響を与える存在であることから、この個体を等級Sとし、今後の等級を示す上での指標とする。




