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灰と汚濁と異世界と  作者: 帯川 葬


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3/11

魔法と魔術

 仄暗(ほのぐら)い空が、一枚絵を切り替えるような速度で流れていく。血のような月光と静寂が支配するその空に一人、泣き叫ぶ成人男性の姿。そう、俺だ。


「またこれかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

「あはは!そうかーい!!」


 うさ耳の少女、カテラにおぶさって泣く俺。そして、それに構うことなくご機嫌に笑う彼女は、数百メートルもの距離を、空高く跳躍しながら移動している。


 そのため、毎回の着地と跳躍の際、俺の頭は赤べこのように上下し、激しい酔いに苛まれていた。


「このくれぇで白旗かよ!ギャハハ!!情けねぇな!!!」


 ギザ歯を剥き出しにして、俺を嘲笑するのは金髪のチンピラ、バッドだ。片翼の大きさだけで、成人男性ほどはあろう大翼を背に(こしら)え、はばたかせている。玉虫色(たまむしいろ)に発光する粒子を(まと)いながら飛行するその姿は、怪鳥を彷彿(ほうふつ)とさせた。


「俺もそっちがよかったんだけど!!」

「ばーか、誰が男なんざ乗せるか。洗ってやっただけでも感謝しやがれってんだ!」

「チッ、性悪のチンピラが!」


 バッドに悪態をついて、俺は清潔になった自分の服を見下ろす。その、闇を編んだように黒い喪服には、先ほどまであった、ワームの汚れや灰なんかが綺麗さっぱり無くなっている。


 それは十分ほど前、モンスターとの死闘を乗り越えた後のことだ。


 汚れた俺をみかねたバッドが、こちらに手をかざした。たったそれだけの動作。それだけで、俺の頭上に、読解不可の複雑な文字が刻まれた魔法陣を出現させた。それと同時、魔法陣から水が滝のように流し出され、汚れが落ちる。そして、バッドは俺に手をかざしたまま、魔法陣を切り替え、多量の風を送り、乾かすことで俺の洗濯は完了した。


 バッドが片手間で済ませた魔法に俺が抱いた感想は一つ。


 魔法。便利っ……!!


「バッド!あんまり意地悪しない!!まったく~……。ごめんねジン、嫌いにならないであげて。こんな奴だけど、意外と優しいところもあるんだ。」


 カテラは(とが)めるようにバッドを睨んだ後、首を横に向けてこちらにだけ分かるように、申し訳なさそうに笑った。


「こんなチンピラが優しい????あり得ねぇだろ。」

「あん!?」


 カテラには申し訳ないが、この不良が人に優しくするところなど、とても想像できない。だって人の不幸を笑うような奴だぞ?カテラはきっとなんちゃら効果にやられたんだ。あの~なんだ、不良が良いことしたら他より感心できるっていうあれだ。ゲロブス効果みたいな名前の、あれ。


名称を思い出せないでいると、カテラが口を開いた。


「それと、バッドはこう見えて、緻密な魔力操作がとっても上手いんだよ!その翼も、羽一枚一枚に刻まれた術式に魔力を通してるから、はばたかせるには全体の動きを把握して、微細な魔力の連動操作が必要なんだ~!」

「カテラはできないのか?」

「うん。私は魔術使えないよ」

「あ……わるい……」


 即答したカテラに俺は思わず謝罪してしまった。沈黙が生まれる。なんとなく尻の座りが悪い。


「……カテラは神に愛されてんじゃね~か。お前ほど強力な加護を持ってる奴はなかなかいねぇ。それに、魔術は使えなくても魔法は使えんだろ。」


 雰囲気を見かねたのか、バッドは表情を変えることなく、カテラを慰めた。


「なに気使ってんの~、バッドの癖に!あ、ジンも気にしないでね!!私もいつか魔術を使えるようになってやるんだから!!そのためには毎日練習あるのみ!なのです!」


 こちらを向いて、はにかむカテラは、どこかぎこちなかった。


 そんな、気丈な振る舞いを見せる彼女に、俺は少なからず同情の念を抱いた。


「そうか。んじゃあ、そのために何かできることがあれば言ってくれ!雑用でも何でもするからさ!」

「そう?じゃあ、明日からジンには魔術の練習!付き合ってもらおうかな~!!」

「え……それは(まと)ってことぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 突如、体が垂直に落下していく。

 跳躍による推進力が失われ、餌が来るのを待っていたかのように、一気に襲い掛かかってくるGに俺は絶叫した。


「よっ、ほいっ!!」


 俺をおぶったカテラは、灰を巻き上げ着地。しかし、瞬きする間もなく倍の量の灰を巻き上げ、バッドのもとへ再度跳躍した。


「て、てか……、魔法と魔術は何が違うんだ……?」


 (魔術は使えなくても魔法は使える。)


 バッドの言葉を思い出した俺は、息を整えながら問う。すると、バッドは「あ~」と少し考えて口を開いた。


「魔法ってなぁ、言っちまえば一昔前の代物だ。発動までの速度は魔術より速えぇが、魔力の球をそのまま打ち込むだけだから応用力がねぇ。一方魔術は生活にも戦闘にも使えるから色んな意味で便利っつーわけだ」

「でもその分、難しいのなんの!困っちゃうよね!」


 不満を表すように、カテラは頬を膨らませる。


「ちなみにこの翼、大翼の燐光(リヒト・フリューゲル)が魔術で、さっきおめぇに使った水と風が魔法だ。」


 ここで俺の脳に閃光走るっ!


 ここは異世界……。なれば!俺も使えるのが道理であり通例だろう!!そう!!魔法がな!!!レッツ異世界チート!!主人公に────俺はなる!!


「なあバッド!魔法や魔術って俺にも使えるのか!!」


 勢いそのままに、身を乗り出してバッドに尋ねた。

 今の俺はゲームコーナーにいる少年と同じくらい、目を輝かせていることだろう。


「あん?当たり前だ。魔力持ってりゃあ、練習次第で誰にでも使える。おめえにも、カテラにもな。」


 バッドは静かに、俺とカテラを見て答えた。


 魔力か……。


 俺は自分の手のひらを見下ろす。が、今のところそんなものは微塵も感じない。


「俺にも魔力ってあんのか……?」

「……さあな。まっ、おめえがどれだけ魔力を持ってようと俺様には追い付けやしねぇよ!!ギャハハ!!」


 汚く笑うバッドに、俺は再度身を乗り出し、反撃を開始する。


「ビビってんのかチンピラ?一瞬で追い抜いてやるよ……!」

「できるわけねぇだろ……!調子乗んな、ナメクジ野郎ぉ!!」


 互いに煽り、にらみ合っているとカテラが前を指さして叫ぶ。


「あ!!見えてきたよ!!我らが対汚染区特別国家デネヴ・第十二都市。フーリが!!」


 俺が転移した場所から、30kmほど移動しただろうか。灰の大地が途切れ、緑が覗いたと思えば、奥から見えてきたのは、汚染区を囲むように聳え(そび)立つ、高さ30mほどの城壁。そして、その壁の中では、異世界然とした、オレンジと白を基調としたあの街並みが俺を迎えていた。

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