呪殺と生還
「な?上手くいったろ?」
橙色に塗られた屋根の上。バッドと”何分かぶり”に再会した俺は、カテラの背から降りて、足元に転がる男を指す。魔女の権限とやらの目的で俺を狙っていた終焉教の男だ。
「ヒヤヒヤしたよ〜ほんと」
「俺ももう魔力が空だ。無茶な作戦立てやがって」
カテラが深く息を吐き、つられるようにバッドも軽い舌打ちでこぼした。
「バッドがでかい術式を編んでいる間、土人形と一緒に逃げることで時間を稼ぎ、バッドが男を跳躍させて身動きを封じたところで、魔術と大剣で挟む。我ながら完璧な作戦だったぜ」
「こいつが土人形に気付くかは賭けだったろ。上手くいったのは運だ運!」
「おいおい防御魔術の欠点も見破れなかった奴が、なーに言っちゃってんの??」
「あ?!本当は気付いてたんだよ俺も!!テメェに花持たせてやっただけだっ!!」
「へへ〜ん!強がっちゃって〜!バッドくぅ〜ん」
「殺すぞ!!」
紫紺の男が使う防御魔術は体を完全に覆うことはできない。それに気づいたのは、カテラとバッドが同時にこの男を叩こうとした時だ。カテラを囮にした、バッドの背後からの攻撃をこいつは”守る”のではなく上に跳躍することで”避けた”。わざわざ避けるってことは守れないってことだろ?
「せっかく勝ったのにまた喧嘩して〜」
ため息交じりにこぼすカテラだが、俺を見るなりニカっと笑顔を浮かべた。
「でも、ジンの加護の瞬間的使用って発想には驚いたなぁ!攻撃じゃなく跳躍のために一瞬開放することで周りの被害を最小限にっ!ジンの発想自由さは飛び抜けてるよ!うん!もしかしたらすごい魔術師になるかもね〜!!」
ぴょこぴょこと長い耳を動かすカテラに、俺は目を見開いた。
発想の自由さ。あっちの世界じゃ気づけなかった、異世界だからこそ気づけた自分の特性。この世界ならもしかしたら……なんて期待が俺の胸の内に芽生える。
「ま、それでも俺には遠く及ばねーだろうがな」
「言ってろ。すぐ追いついてやるから」
バッドとの、もはや恒例となった煽り合い。途端、俺の横で何やら黒いものが通り過ぎた。音すら残さないその影は、名残の風で喪服を靡かせた。
「ん?」
見ると、傍らで寝そべっていたはずの男が────いない。
・・・・・・・・・・・・?
奪われた。その結論に至るまで約二秒。反応が遅れた。
背後を向くと、男を背負った三つの影は三棟先の屋根を跳躍していた。
「やべぇ追うぞ!!」
俺は咄嗟に叫んだ。だがもはやカテラの加護でないと追いつけない距離。横のカテラも、加護を使うかの逡巡で動きが止まっている。
逃げられる────!!
その焦燥がよぎったとき。三つの影の真下で、空に亀裂をいれるように紫の結晶が”咲いた”。
突如、地面から吹き上がった紫の結晶に三つの影が打ち上げられ、落下していく。
その光景に俺は放心し、立ち尽くす。
「ちっ、はぁ。ビビらせやがって」
パキンと割れて霧散した結晶に、バッドは頭をガシガシと掻く。しかしその表情にはどこか安堵があった。
「あれは……?」
「シンシ……エリファの加護だ。てか、てめぇ残党の処理を頭に入れてなかったな……????」
「あ、あ~っと……。それは~……」
バッドが拳を固くして詰め寄ってくる。作り笑いで上がった頬に冷や汗が伝った。
言い訳が思いつかねぇ。仕方ない、かくなる上は────。
「てへっ」
俺は舌を小出しにして、全力で”可愛い”を演出した。
リーダーの方倒すのに夢中で、後始末考えてなかったわ!
「そんなんで誤魔化されねぇよ!!」
「もーまた喧嘩して。ジンもほら行くよ!みんな待ってる!」
そう言ってカテラは俺の手を取り屋根を蹴った。
「みんな~!」
紫に光る結晶の根本に、四人の影とホームの四人がいた。俺たちは屋根から降りてそれらと合流を果たした。
「おう!三人お揃いじゃないか!!」
「帰りが遅いからもしやと思ったら。ビンゴでしたわぁ〜!!私の加護に感謝してもよろしくてよ!オホホホホ!!」
オゴーとエリファは高笑いをして俺たちを迎えた。その傍らにいるオカマは、地面でうめき声を上げて拘束されている影を、汚いものを見るような目で見下ろして言う。
「あなたたちそんなボロボロになって……。このボーイズたちの仕業かしら?」
「それにしてもこの方たち……、なんだか見覚えのある格好ですね」
ココロッココが首を傾げる。するとその問いを予想していたのか、バッドはすぐに膝を曲げて、終焉教の一人のローブを剥がした。
「見ての通り、こいつらは終焉教だ」
ローブから覗いた首筋。そこにはタトゥーが彫られていた。描かれているのは一輪の花を持った細い手。これがおそらく終焉教を象徴する紋章なんだろう。
バッドの言葉か、あるいはタトゥーを見てか。皆、目を見開いて絶句している。
「終焉教って……。ちょっと待ってください!あれはクレイアのとこの白轟よって壊滅させられたはずでは!?」
信じられない!とココロッココがたまらず叫ぶ。それにカテラが吐息交じりに答える。
「生き残りがいたみたいだよ。それに、大司祭様っていう親玉も生き残ってるみたいだしね」
にわかに信じがたい事実に一同息を呑む中、オゴーが口を開く。
「ったく、今俺たちでそんなこと考えても仕方ねぇだろ!!あとのことはボスに判断を委ねようじゃねぇか!!それに────」
言うなり、オゴーが俺たち三人のかたに腕を回す。
「まずはこいつらを労うのが先だ!!さあホームに戻るぞ昨日の続きだ!!飲み足りなかったところだったからなぁ!!ガハハハハ!!」
「また呑むのかよ!?」
「もちろんジンは参加するよな!他はどうだ!」
「俺はパス」
「私も〜」
「ずりぃぞお前ら!」
薄情もの!と俺が叫ぶが二人は我関せずと目を閉じる。
「はぁ、じゃあとりあえずこの人たちを連行するとしましょう」
また開催されることになった酒盛りに、ココロッココが深くため息をついて紫紺の男に手を伸ばしたその時だった。
グチャッ────!
小さな。しかし不快極まりない肉を潰したような音が場に響いた。
「え?」
液体が頬に飛ぶ。見るまでもない。それは血だ。さっきまでそこに倒れていた終焉教の身体。それが全て肉片となって場に散らばっていた。まるで何か、とてつもなく重いものに押しつぶされたように。
「な……何が……。」
動揺が口から漏れる。だが周りのみんなは、やけに冷静に血の池を見つめていた。
「遠隔で作動する呪殺。失念していましたわ」
悔しそうに口元を覆ってエリファが口にする。
「使えなくなったものは即排除。その姿勢は変わっていないようね」
「そうみたいです。やはり、悠長にしてる暇はないかもしれないですね」
ノーブの言葉に頷いたココロッココは、眼鏡に付着した血を白衣の袖で拭きながら終焉教の脅威を再認識した様子。
「くそっ、気分削がれちまった。おいココロッココ、早急にボスに報告だ」
目の前に広がる血と肉の光景を見て、オゴーはつまらなそうに頭を掻く。
「でもボスは今、特務大使定例会議にクレイアへ赴いていますよ」
「そうか……定例会議か……ちょうどいいな。おいバッド」
「あ?」
「お前、明日の朝一でクレイアに行って特務大使達に今回の件を伝えて来い」
オゴーがそう告げると、エリファもノーブも納得の表情を浮かベて頷く。
「確かに直接なら話が早いですわ」
「そうね行ってらっしゃい。バッドちゃん」
「……んで俺なんだ」
未だ不服そうなバッドにオゴーは告げる。
「ジンは過去のことを知らないし、カテラには任せておけないからな。お前が適任だ」
「ちょっとどういうこと!?」
オゴーの物言いに納得行かない様子のカテラを横目にバッドはため息をつく。
「わーったよ。ったくめんどくせぇ」
「おう!任せたぞ!!」
その、夜の涼しい風が撫でる路地に血の香りそしてバッドのでかめのため息がこだました。
俺は天を見上げ、
収穫はなけれど俺たちは無事生還したのだ。




