推しが調教された
──なぜ喋っちゃうの?!虎太郎ちゃん?!
しかもディスっている。
「──えっ?!イタチ?!」
驚いて言語が不自由になっているグランドールだが、虎太郎はお構いなしだ。
「暴走するほど魔力があるなら、僕の力も見抜けるよね?」
「──!」
グランドールが何を察したのか目の当たりにしたのか、虎太郎を凝視して絶句した。陰キャの意味は通じてないみたいでよかったと、いささか的外れな安堵をする。
彼は声を震わせ、両手を組み合わせて虎太郎を拝み始めた。
「迷える子羊に救いの手を差し伸べて下さるのですか?御使い様……」
──うわあ、急変した。
何であの一言で通じるんだろう、何でもありじゃないかと呆気にとられる。
置いてきぼりな飼い主の事などどこ吹く風、虎太郎は威風堂々と言ってのけた。
「そうだよ、君が救われるにはね、この子と仲良くなってもらわなきゃいけない」
この子、と言いながら虎彦を見つめる。さすがは都合のいい奴扱いしてきただけあって、グランドールは胡散臭そうに眉をひそめた。
「こいつと……?」
何でこんなパシリと、という不快な感情がだだ漏れだ。推しに侮蔑的な眼差しを向けられるのは……正直言って、滅びて消えたくなる。
推しからの見返りとか愛とかは求めないけど、虫けらみたいに嫌悪を向けないで欲しい……。
「僕のパパを、こいつ呼ばわり?お前表に出ろ」
虎太郎がすかさず臨戦態勢に入った。こういう、凄むところは肉食獣だ。
だが喧嘩は良くない。虎太郎はか弱そうな小動物であっても、実のところベビーの頃から、人間の腕を穴だらけにする噛みグセがあった。
「虎太郎、穏便にいこう、フェレットの牙は鋭いんだ」
「だけどパパを馬鹿にした!世界にたった一人の僕のパパなのに!」
「コタロウ様……申し訳ございません、俺の過ちを認めますので、お怒りを解いて下さいませんか?」
怒髪天の虎太郎である。対するグランドールは、こんなに小さくて愛らしい生き物相手に恐れをなして許しを乞うた。
「そもそも、グランドールは何でパパに塩対応してるのさ、パパは侯爵家の嫡男だし、グランドールは伯爵家の次男じゃないか」
──え、俺って跡取り息子?侯爵家の?貴族の仕事どころか生活も何も分からないのにヤバくないか。
まあ、上手い事やってハッピーエンドに出来れば解決するが、上手い事しないと将来没落させる。
「……塩対応……とは……?」
陰キャには反応しなかったのに、虎太郎から訊かれたら答えようって姿勢になるのピュアで尊いね。
虎太郎はつっけんどんにずけずけと責め立てた。
「素っ気なくして、冷たくて、意地悪な態度だよ。グランドールのそういう一面があるから、グランドールなんて誰からも好かれないんだ。みんな見抜いてんだ」
その言葉の、一体何が彼に響いたんだろう?目を見開き──その目は潤んでいる。
「…………!おお、神よ……お救い下さいませ……!」
何だ何だ、グランドールが手を組み合わせたまま膝をついて、天を仰いでる。絵画にありそう。救われない信者として。
もはやグランドールと虎太郎のやり取りが訳分からなくて置いてきぼりだ。
もっとも、虎太郎は自分を可愛がってくれるパパの為を思って頑張ってくれているのだが。
「だから、パパと仲良くしろ。ついでに導いてやったお礼にササミジャーキーちょうだい」
──おい虎太郎、オヤツの時間と量は決めてるだろうが。しれっとねだるんじゃないよ。
子の心親知らず、思わず突っ込む。
「このような軟弱な者と……いや、しかし……ところで、ササミジャーキーとは何でございますか?」
この期に及んで、グランドールはまだ渋っている。よほど格下として見てきていたのだろう。虎太郎が再び怒りを顕にした。
「お前、言っておくけどパパのイチモツは短小なお前のよりでかいからな?軟弱とか容姿で甘く見んな馬鹿。──ジャーキーはね、ササミをスライスして干したもの。早く出せ」
──ああ、愛くるしい穢れなき虎太郎が……見た目は可愛いままなのに、イチモツだなんて言った……ん、俺のは大きいのか?今夜の風呂で確かめておこう。
「うっ……まさか、そんな……こいつ……いや、小侯爵様が……あ、いえあの、ジャーキーなるものは今すぐ作らせます、応接室にてお待ち下さいませ」
虎太郎の過激発言はグランドールを強打したようだが、彼はナニの云々より虎太郎への敬意を優先してくれた。こいつ呼ばわりから敬称に進化する。
実はいい子なんだよ、こんなふうに。素直だし純情だからこそ、アナスタジアへの想いも拗れただけなんだ。
「その小侯爵様への労いとして、それなりのもてなしはしろよな?僕のパパなんだから」
虎太郎はもはや一方的に命じている。グランドールも服従してしまっているようだ。
が、そこで、そろそろと疑問を口にした。
「先程からパパと仰せですが……小侯爵様は神の化身か何かなのでしょうか?御使い様の父とは……」
「そう思っていいよ。崇めなよ。何しろ、グランドールが救われるにはパパの愛が必要なんだから」
「あ、愛……ですか?」
──鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってるよ。
それはそうだ、歯牙にもかけずにきた相手が己の救世主とは誰も思うまいて。しかも愛されろときたもんだ。
──まあ、最推しなんで推しとして愛してるけどね!それをリアルで受け容れるかは推しの気持ちによるんだよ!
「とにかく仲良くなるの。友達から始めるのでも許してあげるから、アナスタジアに懸想する前にパパと向き合うの!」
懸想なんて言葉、どこで覚えたんだ虎太郎。先ほどから言葉遣いが見た目に合わなすぎる。火の玉ストレートもやめてあげなさい。
「……アナスタジア様……に、懸想だなんて、畏れ多い事でございますので、その……」
ニンゲンの感情の機微など素知らぬ虎太郎、もじもじして頬を染めるグランドールに容赦せず切り捨てる。
「つべこべうるさい従え。あと立たせてないで応接室に連れてって」
「は、はい!こちらへ……」
──あ、推しのおうちに入れるんだ……。匂い嗅いでおこう、すんすん。推しの後について歩いてるから、推しの匂いがする!ウッディムスク系の芳香!
そして生きた匂いを堪能しながら歩いていると、恭しく応接室に案内されて、ふかふかのソファーに座るよう勧められた。
「……うあ……気持ちええ……」
座った瞬間、変な声が出た。
これは人間を駄目にするソファーだ、気持ちよすぎて社畜の魂に刻まれた疲れがとろける、沈む、寝そう。
「──では、接待の支度をさせて参ります」
「ちゃんとパパに感謝の気持ちを言わなきゃ見捨てるからね?」
「そ、それは、その、もちろん日頃の感謝をまとめて……本日は休んでおりますし、我が家で歓待させて頂きたく存じます!小侯爵様、よろしいでしょうか?」
「え?──あ、はい」
思わずうたた寝しかけていたが、飛んできたイケボで覚醒した。
「料理人にも腕を振るわせますので、楽しいひと時をお過ごし頂けましたら幸いです!」
そして伯爵家の使用人総出で歓待される羽目になった。
やたらご馳走が出てくるし、菓子もコーヒーも次々おかわりを勧められる。退屈させまいと、グランドールがオルガンの演奏までしてのけた。
そう、その姿の尊さときたら昇天するかと思った。
──いやあ、この鍵盤に向き合う姿。眼福だねえ、麗しい。演奏に合わせて、さらさら流れる赤髪のきらめき!真剣でいて少しだけ音で柔らかくなる深緑の瞳の澄んでいる事ときたら!
ぶっちゃけ、ウィンドールより男前じゃないか?まだ三次元で見てないけど。そりゃ、アナスタジアの相手だからスチルでは美男子に描かれてた。
だけど我が身が萌えたのはグランドールだったんだから、やはりグランドールも間違いなく魅力的な美男子だ。
難点の陰キャなところまで、その危うさに萌えさせる力があるのだから。
「──拙い演奏でございましたが……」
「いや、素晴らしかったよ。一生忘れない」
「ジャーキー美味しいよ」
「お喜び頂けて光栄でございます!」
……この時の俺はまだ知らない。ウィンドールとアナスタジアが学園で並んでベンチに座りながら、睦まじく寄り添い手を重ねていた事を。
彼らは、小声で語り合っていた。
「──ねえ、ウィンドール……グランドール様をどう思う?」
「グランドール?普通だと思うけど……何かあったのか?」
「ううん……いえ、言いにくいのだけど……たまにね、私を見てるの。気のせいじゃないわ」
「アナスタジアくらい美しければ、つい見てしまう男子生徒も多いだろうに」
「そんな、恥ずかしいわ。……だけどね、彼は何か違うの……見られると、蛇に獲物だと思われたみたいに怖くなるの……」
アナスタジアがふるっと身震いする。ウィンドールが手に力を込めた。
それを知るよしもなく、グランドールから歓待を受けて楽しんでいた身はというと。
──好感度が見えたら便利なのになあ。
そんな事を、のんきに考えていたのである。




