最推しとのご対面に
「でも、グランドールはもうアナスタジアに惚れ込んだろ?」
何しろ救われたんだし、アナスタジアはヒロインなんだし。惚れて当然と思っていると、虎太郎があっさり言いきった。
「まだ憧れだよ」
憧れ……それにしては日記が重たい内容だったが。
「女神みたいに見えたんだろうなあ……」
暴走した魔力は、他者が抑えるしかないけど難しい。アナスタジアはそれをグランドールの為にやってのけた。──正確には、周りに被害が及ばないようにだが。
「そう、それなのにアナスタジアはウィンドールへの攻略を始めるから、グランドールは拗らせていくんだよね」
虎太郎も喋る事に馴染んできているのか、段々と滑らかに話すようになってきた。
しかし、そうか。攻略……ヒロインから押して押して迫ってゆくのは、貴族令嬢としていかがなものかと思うものの、これはそうしなければストーリーが進まないんだから仕方ない。
それよりも、グランドールが拗らせてしまうのを阻止する、それが俺にとっては第一だ。
「──なら、俺が完全な抑制剤を作り出せば、グランドールは魔力暴走もしないのか?」
薬学なんて、さっぱり分からないが。薬草だのポーションだの、そういったものの知識は何もない。
頭を痛めていると、虎太郎はとんでもない事を言い出した。
「ついでにグランドールを攻略しなきゃ。悪役令嬢を辱めちゃうよ」
「えっ」
辱めるという強烈なワードにもおののいたが、それ以上に惑乱させるワードがあった。
──男の俺が、男を攻略しろと?
そりゃ、グランドールは男前なんだが可愛かった。萌えたし推した。しかしそれが恋心かは分かりかねる。
葛藤するが、虎太郎は完全に楽観モードだ。
そこは、フェレットと人間の見方が違うのか。
「可愛いからイけるって、あんな無精髭生やして缶ビール片手にスマホ見ては、グランドールとアナスタジアが結ばれるエンディングを妄想して、オカズにしてたメタボなパパからは想像つかないくらい、今の姿は綺麗だよ」
「お前……俺のあらゆる醜態を見てたのか……」
あまりにも見られすぎだ。ついでに虎太郎が言い過ぎだ。あのあどけない無口な虎太郎は、神の使いだからと、人間顔負けの饒舌さを手に入れてしまった。
「あのさ、何でグランドールの日記帳が俺の部屋らしき所にあるんだ?」
話は逸れるが、気になるので質問してみる。
「それはね、神様のサービスだよ!おんなじ日記帳が二冊あって、グランドールが書いたらパパの持ってる日記帳にも書かれた事が浮かぶの。グランドールの考える事お見通し!」
「て事は、グランドールがアナスタジアへの想いをだらだら綴るのを開く度に見るのか……鬱だ、引き出しにしまっとく」
ネガティブ思考だが、現段階ではもう見たくない。
「パパ小心者だなあ。──ほら、とりあえずこの箱の薬をグランドールに渡しなよ。抑制剤だよ。でなきゃ、また邪魔な女がグランドールに恩を着せちゃう」
邪魔な女とは、アナスタジアで間違いない。学園にグランドールの魔力暴走をとめられるような逸材は、彼女以外にいないだろう。
「言い方……。や、それより今回はこれで納品出来るとして、次からはどうすんだ……」
よりにもよってヒロインを邪魔者扱いする虎太郎の物言いは、おそらく俺がグランドールを滅っされて散々嘆いてきたせいだ。
今はそれよりも、今後の事を考えなくてはならないだろう。繰り返すが薬学の知識はほぼゼロだ。
だけど、虎太郎はあっけらかんとして言ってのける。
「薬剤の瓶は全部ラベルが貼ってあるの見えないの?それにほら、壁に張り紙あるでしょ、これが抑制剤の配合法だよ?よっぽどグランドールが大好きだったんだね、パパ」
「そ、そうか……って、これ俺が使ってた部屋設定なのか?」
言われて見ると、確かに全て書いてある。ちゃんと読める。この通りにすれば、これからも困らない。
疑問はあるものの、難題はひとつ解決した。完全な抑制剤については、今後の課題として考えよう。
「パパはパパだけだもん。──ふう、走って疲れちゃった。パパ抱っこして」
足に擦り寄ってきた虎太郎はやはり可愛い。おねだりで見上げてくる目は丸くて黒く輝いていて、あどけない。
抱っこして、温もりを確かめながら──そう、温かい。そしてフェレグランスというフェレット特有の匂いが鼻腔をくすぐる。
つまり夢ではなくリアルなのだと、ようやく滲みいるように実感した。
「にしても、変わった部屋だな。世界地図に地球儀まで置いてるよ。……ん?」
「パパ?」
「これ、地図も地球儀も、国の名前だけ別だけど俺が暮らしてた世界と同じだ……」
「だからあ、言ってるじゃん!ここも現実世界なんだって!」
「……並行世界みたいなもんか?」
「もう、難しい理屈こねるの、やめなよパパ。パパは生きてるから幸せになるって、それだけでいいんだから!」
何ともシンプルな真理だ。これは虎太郎がフェレットだからだろうなと思う。生後二か月でお迎えして、三歳になった今まで過保護なまでに世話をしてきた。
それも、生きてるなら幸せになって欲しくて、愛されて幸せでいて欲しいからだ。
「あー……まあ、これ以上考えても堂々巡りにしかならないよな……」
結局、虎太郎に押し切られる形で思考を放棄した。
そこに、心なしか焦りを見せながらメイドさんが現れた。
「坊っちゃま、こちらにいらしたのですか?学園に遅刻してしまいます」
もうそんな時間か。せっかく制服にも着替えたけど、それよりも優先すべき事が出来ている。
「あー……あのさ、グランドール様にお渡しする物を取りに来たんだ。急ぎで必要みたいで」
仕えてくれるメイドさんと話すのは、まだ当分慣れそうにない。元が庶民社畜だ。
落ち着かない気持ちで答えると、彼女があからさまに表情を曇らせた。
「さようでございますか、ですが坊っちゃまはグランドール様に尽くしすぎでございます。あんなに冷たく当たられておいでですのに……」
──え、俺って都合のいい男扱い?
冷たく当たるグランドール……クールで萌えるし見てみたいが、尽くしても尽くしても報われないキャラにされるのは切ない。
すると、虎太郎が首を伸ばして顔を舐めるふりをしながら囁く。
「──攻略。パパがグランドールを溺愛するルートだよ。愛に飢えたグランドールを満たせば、ハッピーエンド。そしたら世界はパパ本体のいるところ一つになって、グランドールと幸せに暮らしていけるよ」
突然のルート出現だ。そのうえ、聞き捨てならない事まで言われた。
──え、攻略って、普通は溺愛されてハッピーエンドじゃないのか?俺が溺愛してグランドールをとろけさせるとか、アリなの?
動揺するものの、虎太郎はすっかり乗り気だった。
「推し事だよ、パパ!せっかく僕が神様にお願いして、現実世界を二つ並べてもらったんだもん。キモオタの本気をぶつけてやりなよ!」
──キモオタって言われた……可愛がってきたフェレットにキモイって……。
確かに非モテだったので言い返せない我が身が泣ける。返す言葉が浮かばずにいると、虎太郎は何を思ったか、言葉を力強く重ねてきた。
「僕はパパが好きだから言ってるの、社畜してるより幸せになれるから、一緒にここへ来たの」
口は悪いが、心根は飼い主をひたむきに慕うフェレット虎太郎なのだと、あっさり気を取り直せる可愛らしさに心を打たれる。
──こ、虎太郎……!愛しの我が子!
そうだ、ここは今、グランドールも俺も幸せになる為の世界だ。そうと決まれば話は早い。何をするにも行動あるのみなのだ。
「急いで車の用意を頼めないか?渡す物は完成してるから、さっさと渡したい」
「……かしこまりました」
──ん、この言い方偉そうだった?
気にはなったが、多分ゲーム補正で何とかなるだろうと思い直す。
そして、グランドールを攻略するべく、グランドールの屋敷まで抑制剤を車に乗って運ぶ事にした。
しかし、その車がよろしくない。自動車に乗ってるのか、馬車に揺られてるのか分からないような乗り心地だ。
──この車って乗り慣れた日本車と違う。ガタガタしてて気持ち悪い、お尻痛い。国が変わると生活の質とか当たり前のものも全部変わるんだな。
それにしても、現代なだけあって街並みも現代的だ。
車から眺めていると、ビルもコンビニもある。車道もアスファルトで整備されている。
──コンビニがあるなら、帰り道に買い食い出来るな。メロンパンあるかな?あとコーヒー牛乳も。
コーヒー牛乳は凍らせて、スプーンも一緒に学校へ持参すると美味しい。
登校中、いい具合に溶けて食べやすくなり、着席して食べながらホームルームを過ごすのが好きだった高校生時代が懐かしい。
そうこうしている間に、車がグランドールの家に着いて止まった。
──ううん……グランドールには抑制剤が最優先だし、切らしてるならグランドールは登校出来ていないだろうと踏んで、自分も休んで赴いた訳だけど……屋敷だけは馬鹿でかいんだな。
しかも古風だ、貴族のお屋敷らしさを主張してくる。
なのに何でインターホンがあるんだろう。防犯カメラまである。摩訶不思議に思いつつもインターホンを鳴らすと、ややあって玄関の扉が開いた。
──きっとグランドールなら、メイドや執事を介さずに受け取ろうとする。
その予想は的中、グランドールがアンニュイな顔で出迎えた。
「……来たか」
大変無愛想だし横柄な言い方だが、虎彦からすれば推し事フィルターで美麗に変わる。
──わあ、三次元で見ると男前すぎる。今こうして現実に生きてるんだ……同じ空間の空気吸ってるんだなあ……。
紅蓮の炎を思わせる深紅の髪は艶めいて、深い緑の瞳には吸い込まれそうだ。彫りの深い顔立ちは男性的な野性味があり、こうして目の前で拝見すると、到底当て馬扱いの人物とは思えない。
こんな美男子を袖にするアナスタジアの審美眼は何なんだ、怒りが沸く。
「あの、依頼された抑制剤です。お受け取り下さい」
「ああ……」
抑制剤の箱を渡すと、「今回は多いな」と無愛想に言われる。声までイケボで天井まで惚れそう
「受け取ってくれ、今回の報酬だ」
「あ、はい……えっ?」
帯封がされた一万円札の束だ。これは百万あるだろう。納品した抑制剤は四十本……一本二万五千円の抑制剤って何なんだ。
思わず呆然とすると、ようやくグランドールが虎太郎の存在を目視した。
「そのイタチは何だ?獣をここまで連れて来て。それにしてもイタチの割りに匂いがきつくないな」
そりゃ、トイレ砂は毎日交換してたし、お風呂も月に一度入れてたからね!
心の中で答えていると、おもむろに虎太郎が口を開いてしまった。
「やあ陰キャ、僕は虎太郎。神の使い」




