爆誕した抑制剤、推しの心
そして作った抑制剤を箱詰めして、いつもの車でグランドールの屋敷に向かった。またも平日だが、学園より推しが優先なのだ。
「学園を休ませてまで申し訳ない」
「気にするなよ、俺達の仲だろ?親友のピンチで助けないような薄情者にはなりたくないぞ?」
「本当にありがとう、虎彦」
少しやつれてはいるが、グランドールはほのかに笑顔を浮かべて、その笑顔に翳りはない。むしろ色気マシマシで尊い。
「──で、これが全部で三十本だ。確認してくれ」
木箱を差し出すと、グランドールは大事そうに受け取った。──しかし。
「……ん?一本だけ、色味が黄色いな」
「そうなのか?」
──うーん、自分では全部似たように見えるな。でも、口にする物だからグランドールは敏感に気づくのかも。でも、同じ調合なのに。
(あ、あれ、パパが汗垂らしたやつだ。ばらしたら汚いって納品断られるかもだよね。せっかく頑張って作ったのに)
「──それはね、パパが試しに作った新製品なんだよ!グランドールにね、もっと良く効くの作ってあげたいって頑張ったの!」
「──虎太郎?」
「そうなのか、わざわざ俺の為に……ありがとう、虎彦。ありがたく使わせてもらうよ」
「あ、うん……?」
なぜか、虎太郎が主張してきて、摩訶不思議な事になってしまった。
「そうだ、今回の報酬を受け取ってくれ」
「それだけどさ、一本あたりの値段が高すぎないか?」
変な通販の栄養ドリンクだって、こんなにぼったくらないぞ。
だが、貴族経済感覚なのか、それほど重要で希少なのか、グランドールは引かなかった。
「これは、れっきとした正当な対価だ。受け取って欲しい」
「そう、なのか?──いや待て、前回より十本少ないのに金額が同じに見えるぞ?」
「それは、特別な抑制剤のお礼でもあり、日頃の感謝だ」
断っても聞きそうにない。……仕方ない、このお金はグランドールと青春を楽しむ費用に回そう。遊園地とか動物園とか、何か遊べて楽しい事に。
「……じゃあ、ありがたく受け取らせてもらうな」
「ああ、ぜひ受け取ってくれ」
──万札分厚いな、また。この存在感には慣れる事が出来そうにない。
何しろ社畜時代ではドラマの偽物くらいでしか見た事のない札束だ。このお札、全部本物なだけに、受け取る手に変な汗をかきそうになる。
「──そうだ、良ければ上がっていってくれないか?コーヒーと昼食を出させて欲しい」
「良いのか?」
「もちろんだ。来てもらっておいて、すげなく帰すなんて出来ない」
──ううん、推しからの待遇が日に日に良くなってゆくぞ?……抑制剤を作って運んでも、これまで家に上がらせてもらって……もてなされた事なんてないと思うんだけど。過去は知らんが。
まあ嬉しいので、推しの生活空間の空気は吸いたいし遠慮なく頷く。
「じゃあ、ありがたく」
「虎太郎様には、ヤギミルクをお出ししますね」
「分かってるじゃん、グランドールも」
「……ええと、お邪魔します」
にこやかに応接間へ通されて、人を駄目にするソファーに座る。虎太郎はソファーの隅を掘りたそうにしている。
それを食い止めていると、香り高いコーヒーが運ばれてきた。
「──頂きます。……わ、このコーヒー美味い」
社畜時代に浴びる程飲んでいた缶コーヒーとは比べ物にならない。ブラックで飲んだが、香りは豊かで華やかな感じだし、味も苦味と酸味のバランスが絶妙だ。
「口に合って良かった。家で焙煎しているコーヒーなんだ」
「もしかして、グランドール自ら?」
「まあ、趣味程度だから、そんなに上手くもないんだけど一応な」
「すごいじゃん、これ店で出せるよ、めちゃくちゃ人気になるレベルだよ!」
前のめりに褒めると、グランドールは照れ笑いした。やだ可愛い。
そして、受け取ってあった木箱から、抑制剤を選んで取り出す。
「じゃあ、俺はコーヒーの前に抑制剤を頂くよ。そうだな、まずせっかく考えてくれた特別な抑制剤を飲んでみよう」
「お、おう……」
(大丈夫かなあ、大丈夫だよね、ただの汗なんだし塩分補給だよね?)
訳の分かっていない製作者と、裏を知っている虎太郎が神妙に見守る中で、グランドールが小瓶の抑制剤を一気に飲み干す。
「……ふう、抑制剤が切れそうになってて困っていたんだ、助かるよ」
「うん、それなら良かった」
「頑張った甲斐があったね、パパ」
「そうだな、使ってもらえる事自体が嬉しいくらいだ」
何となく、ほんわかした空気になって語らう。
──すると、グランドールの顔つきが真剣なものに変わって──目は驚愕に見開かれた。
「……すごい……」
「どうかしたのか?」
「血の巡りや気の巡りが良くなるように、魔力の巡りが滞りなく……体内を上手く循環しているんだ。こんなにも心地よい魔力の流れは、生まれて初めて感じる……!」
「……え、それじゃ……」
「ああ、この抑制剤は素晴らしいよ!ありがとう、虎彦!」
(パパの汗一滴で、そんなに変わるんだあ……なら、他の体液でも試した方が良いかもしれないから、帰ったらパパに教えたげなきゃ!喜ぶよね、パパ。推しを喜ばせられてるし!)
何やら、感極まったグランドールに手を握られて、ぶんぶん振られながら握手されてしまった。
この手は、今日だけでいいから洗いたくない。この力強さと感触の余韻に浸りたい。
萌えに萌えて、ほわあと心を浮かせているうちに、昼食を出されて、終始笑顔のグランドールに眼福であると見惚れ続けて、足まで浮いている感覚で帰宅するに至った。
もう、帰りの車のお尻痛いのも気にならなかった。
「……なあ、虎太郎。何で一本だけ色が違ったんだろ?」
帰宅して部屋のベッドに座り、虎太郎を抱っこして吸いながら疑問を口にする。
すると、虎太郎はたいそう嬉しそうに答えた。
「あのね、パパ作る時、暑かったでしょ?汗がね、一滴落ちたの!それでね、何かすごいのになったんだよ!パパの推しへの好き好きは力になるんだって分かったね!」
「──え、汗……しかも効果上がるとか……まじか」
「グランドール見て、確かなの事実だって認められたよね?」
「……もしかして、虎太郎は汗に気づいてた?」
「うん!パパの努力ムダになんないように黙ってたんだよ!せっかく作った抑制剤だもん、捨てさせたくないの」
「そ、そうか……ありがとうな、虎太郎」
仰天の事実を知ってしまったが、グランドールの為になるならば──汗なんて不衛生だけど、喜ばしい事だろう。
「だからね、他の体液でも効くと思うんだ!色々試そうね、パパ!」
「……えっ、他の……?」
──汗でさえ躊躇うのに、何を試せというのか悩むよ虎太郎。血液は色が強いし、他の……いや、アレは考えるな俺。
「パパ……不埒な妄想してるでしょ?」
「うっ」
「あのね、涙なんて良くない?」
さすがはピュアなフェレット虎太郎だ。
「そ、そうだな!──うん、涙なら無色透明だし、すごく良いアイデアだと思う!」
──キッチンから玉ねぎ一つ拝借するか……。
泣こうとしようにも、涙は自在に操れないものだ。だけど、汗よりかは清潔感があるし罪悪感がない。
「虎太郎、何かお礼にしたいんだけど、欲しいものあるか?」
「うんとね……パパと猫じゃらしで遊びたい!あとね、ダンボール箱で遊びたいし、レジ袋も欲しい」
「……なんて控えめなんだ虎太郎愛してる……」
虎太郎の無邪気なお願いが可愛すぎる。
それに、グランドールの為になる事も新たに発見出来た。今日は素晴らしい一日だったと胸を張って言える。
「──よし、試そう!涙大作戦だ!」
「その意気だよ、パパ!」
虎太郎とノリノリになり、盛り上がって新作を試そうと決めて──胸を踊らせながら、その日は無事に終わったのだった。
何だかんだ、抑制剤を作るのに疲れた事もあり、虎太郎と遊んで早めに寝たので──引き出しの奥の日記帳に変化が起きている事など、知るよしもなかった。
──『奇跡が起きた。虎彦の抑制剤が凄まじい威力を発揮した。今なお、体内の魔力は心地よく循環している。呪わしく思っていただけの膨大な魔力が、だ。このような事、信じられるか?けれど、現実なのだ。虎彦の努力と研究には、どれだけ感謝すればいいのか。彼は私を親友だと言う。親友というものは、こんなにも尽くしてくれるものなのか?』




