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お揃い、推しとふたりの

 それからは、グランドールともっと親しくなろうと積極的に話しかけて一緒の時間を過ごした。


 そんなある日、日常になったランチの時にグランドールが何やら取り出し、見せてくれた。


 それは、社畜世界では最新型の二十万近くするスマホだった。


「スマホ買ったの?」


 庶民が持つものと思っているはずのグランドールとしては意外だ。


「ああ、虎彦が持ってるから」


 ──グランドール……なんて可愛げのある事を!あん尊い!


「嬉しいな。使い方分からないところは教えるから、何でも聞いてくれ」


 ──俺が持ってるからグランドールも、俺が持ってるから。この照れたような顔を永久保存したい。


 しかしスマホのカメラを向ける訳にもいかない。ここは脳に焼きつけるだけで、ぐっと我慢する。


「ありがとう、さっそくだけど……このメッセージアプリ?っていうのは何だろう?」


「庶民の味方だよ、メールと通話が無料で好きなだけ出来るんだ」


 社畜の頃は、休日出勤に残業に、使う余裕も相手もいなかったけどね。


「そうか……そんな便利な物が……庶民は思っているより、豊かな日常があるんだな」


 ──あ、これ前向きだ。チャンスだ。


「アカウント作って、俺のとアドレス交換しようか」


 思いきって誘うと、グランドールも乗り気で応じてくれた。


「良いのか?ぜひ頼みたい」


「もちろん」


 こうして、操作を教えながらアドレスゲットした。


「アプリのアイコンは虎太郎様にしたいんだが……出来るんだろうか?」


「スマホで虎太郎の写真撮って使えば出来るよ。俺のもアイコンは虎太郎だから、お揃いだな」


 すると、黙々と美味いものを食っていた虎太郎が顔を上げた。グランドールは虎太郎に貢ぎすぎだ。


「僕を使うの?」


「よろしいでしょうか、虎太郎様」


「いいよな?虎太郎」


 僕はパパだけのもの、と言うかと思いきや、虎太郎は寛大だった。俺の最推しだから優遇してくれているんだろうか。


「まあ、グランドールは僕を好き好きしてくれるからね、特別に許したげる!でも謝礼にジャーキーたくさんちょうだいね!」


 ──たくさん?あれえ、毎日もらってるくせに?


「もちろんでございます、虎太郎様」


 ──待て待て、俺が白豚令息になる前に、虎太郎が白い狸になるぞ?


「いや、こいつダイエットを……」


「パパ黙れ言うな」


「いいえ、健康管理は体重管理も含まれるので言いますよ?そりゃ何度でも」


 言い返すと、これ見よがしに溜め息をつかれた。


「パパの育て方間違えたかなあ?」


「ええ……ベビーからキミを育てたの俺ですよ?」


 あんなに、ふやかしご飯から手間暇かけて育ててあげたじゃないの、虎太郎さん。


 そのやり取りを、グランドールは目を細めて見ている。何やら微笑ましいものを見る目だ。照れくさい。


「仲良しなのですね、……それにしてもお揃いのアイコンとは……虎彦と、自然な親友になれたみたいな、その証みたいに思える」


 ──神発言来たわあ!浮かれずにはいられない!


「俺達、もう親友だよ。これからもよろしくな!」


 喜び勇んで声を弾ませると、グランドールは心なしか陰りを帯びた。


「その気持ちや言葉は嬉しいけど……何で、俺なんかに、そんなに親しみを持ってくれるんだ?」


 ──それは最推しだから……とは、言えない。


 それでも、気持ちだけなら率直に伝えられる。


「あのさ、グランドールは実は本人が自覚していなくても……すごく素直で真面目で、良い奴なんだよ。虎太郎への優しさを見るだけでも、俺は嬉しくなる。俺は、そんなグランドールと仲良くなりたいって本気で思ったんだ」


 とつとつと話すのを、グランドールは味わうように聞いてくれた。


「……ありがとう……良い奴だなんて、初めて言われた。──このアイコン、その幸せの証として大事にするよ」


 ──あれえ?いつの間に撮ったの?


 スマホを見せてもらうと、虎太郎はしっかりカメラ目線で、あざとく可愛く写っていた。



 * * *




 本日も無事に一日を終えて帰宅し、スマホを見つめてはにやにやする。


 ──はあ、推しとお揃いの虎太郎アイコン、推しとリアルでアドレス交換して、繋がるとか天国かここは……。


 有頂天になっていると、虎太郎が釘を刺した。


「油断しないでね、パパ。溺愛を疎かにしたら、邪魔な女が動くからね」


 ──はっ、そうだ。とにかく女神崇拝極めてるのを何とかしないと。


「……あのさ、言いにくいんどけど、今さらなんだけどさ、俺はグランドールと……その、アナスタジアを超えるくらいの恋愛関係になるべき?」


 ごにょごにょ言うと、虎太郎に両断された。


「僕は、この世界のパパ達を見てきて学んだよ!交尾するくらい好き好きしないと、邪魔な女に勝てないよ!」


 ──そうなのか……ウホッは避けられないのか……いや、最推し様となら嫌じゃないというか、その、むしろ昇天しそうなんだが。


 それにしても、やはり受けになるのは躊躇する。どうせなら、まだ童貞だけど攻めがいい。初めてのラブラブを愛する事で捧げたい。


「……ちなみにだな、グランドールに、その……いわゆる、やおい穴なんてものは……」


「乙女ゲームの当て馬キャラだよ?普通にある訳ないだろ。パパ、そういうの、愚劣で破廉恥な変態っていうんだよ」


「どこで覚えてきたの、そんな言葉」


「僕だって三年も生きてるんだ、知恵もつくよ」


「うう、虎太郎が辛辣すぎる……」


 こんなに可愛いのに、発言はシビアで泣ける。


「……まあ、パパとあいつの為に作ってあげる事も出来たんだけど……」


「えっ、お前本当に全能?」


「でもさ、オスは子ども生めないもん。無駄なモノは作んないよ」


「……虎太郎ぉぉおおお……」


 ──そこは!グランドールと一緒に気持ちよく出来る為にも!作って欲しかった……!


 うなだれていると、虎太郎が悟ったように言ってのけた。


「諦めなよ、パパ。ニンゲンて男同士でも交尾する方法あるんでしょ?なら、いいじゃないか。僕らフェレットは去勢や避妊の手術受けて売られるから、交尾も出来ないんだよ?恵まれてるよニンゲン」


 ──あ、そうか。フェレットは繁殖力高いからね……。そう思う虎太郎の心も、何だか不憫だなあ。


 何だか可哀想になっていると、スマホが通話の着信を告げてきた。見ると、何とグランドールだ。


 すぐさま飛びついて反応する。


「もしもし、グランドール。どうかしたのか?」


「申し訳ない、今は電話して大丈夫だったか?」


「大丈夫だよ、むしろ嬉しい」


 ──何を言うやら、愛しの推し様なら、寝てるところを起こされても、着信音は福音だ。


「良かった……あの、厚かましくて済まないんだが、抑制剤をお願いしたくて……」


 ──あの四十本、もう切れるの?早くない?オーバードーズしてないかね?


 心配にはなるが、それでもグランドールには欠かせないものだ。


「分かった、すぐに作るから安心してくれ」


「受け取りは……」


「俺がグランドールの所に届けに行くよ、無理するな」


 努めて明るく言うと、グランドールがほっと息をつくのが伝わってきた。


「本当にありがとう、いつも助かってる。──出来れば、虎太郎様もお連れになって欲しいんだが、大丈夫だろうか?お礼にもてなしたい」


 しまった、スピーカーをオンにしてた。虎太郎が耳ざとく聞きつけてスマホに向かって喋る。


「美味しいのくれるの?たくさんくれるんだよね?あのさ、ヤギミルクも用意して!バイトも欲しい」


 バイトとは、フェレットの栄養補助食品だ。甘くて少し草みたいな風味がある。大抵のフェレットは、これが大好物だ。


「こら、虎太郎」


「このグランドール、虎太郎様のお為ならば何でもご用意致しましょう!」


「いや、あのね?グランドール?」


 虎太郎とグランドールに結託された気分だ。


「──まあ、とにかく抑制剤はこれから作るよ。明日の午前中には届けに行くから待っててくれ」


「虎彦、ありがとう。……よかった……」


 ──そうか、魔力が暴走したら大変だもんな。ゲームのグランドールも散々苦悩してたし。


 それを助けられるポジションにいる、これは推し事する身として恵まれている。


「──じゃあ、明日」


「ああ、ありがとう」


 あのはじめの無愛想なアンニュイはどこへやら、ありがとうの連発だ。


 それだけ、距離が縮まったのかもと思うと嬉しい。


「さて、作るか抑制剤」


「僕もついて行っていい?」


「フェレットに有害な匂い物質とかあると困るしなあ……」


「あそこには、なかった!パパと一緒するの!」


「そっかそっか、パパと一緒が良いかあ可愛いな大好きだぞ?」


 でれでれと虎太郎を抱き上げて頬ずりする。虎太郎があからさまに、ぶすくれた顔になった。


「パパ、溺愛するのはグランドールだからね?」


「そうだけどさ、俺には虎太郎も大事なんだよ。いっぺんに二つ溺愛しちゃいけない決まりはないだろ?」


「そうだけどさ……まあいいや、作りに行こうよ」


「おうよ」


 あの部屋には、材料も作り方も揃っている。それに、何よりグランドールから求められて感謝された喜びが胸を満たしている今なら、何でも出来そうだ。


 虎太郎を抱っこして調剤する部屋に行き──ほぼ徹夜で、慣れない抑制剤作りにもたつきながら励んだのだった。


「この部屋少し蒸し暑くなってきた……夢中になりすぎたか?虎太郎は暑くないか?」


「僕は暑くないよ、パパが必死すぎてるだけ」


「そうか……」


 ──この時、気づいていなかった。


 滴り落ちた一滴の汗が、抑制剤のうちの一本に混入してしまった事を。


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