第五話 夜に煌めく
夜風に焦げた匂いが混ざる。
「この村か……女や子どもばかりだって話だ。ひと稼ぎするぞ!」
木々の影から現れた数人の賊が、松明を振って笑う。
戦が続くこの国では、徴兵のために若者を失った村など珍しくない。
守る者のいない家は、狙われるのが世の常だ。
村の奥の小さな納屋。
響き渡る悲鳴と、あの日の戦場で嗅いだ焦げた匂いがサクマの目を覚ました。
――賊が入り込んだか……。
サクマは傷だらけの身体を起こして、傍らには立てかけてある一振りの刀を見た。
茜色の石――薬師が“彩核”と呼んだ赤き結晶を埋め込んだその刀は、今や彼にとって、ただの武器ではない。
あの日の記憶が蘇る。朦朧とした意識の中、我を忘れ、動く者を次々と斬り倒していったあの日を――
あの力を制御できれば……。やってやる。俺なら、やれる……。
刀を手にすると、再び燃え上がる茜の輝きは、彼の神経をわずかに研ぎ澄まし、痛覚を遠ざけ、筋肉の限界を一時的に押し留める。
村の広場に松明が投げ込まれ、炎が走った。
悲鳴。叫び。逃げ惑う者たち。
──その中に、サクマの姿があった。
「誰だ、てめえは!」
賊のひとりが刃を振るう。
サクマはそれを受け流し、反撃の斬撃を沈着に返した。
興奮による力の増幅だけではない。傷だらけの身体が、必要な一撃のためだけに動く。
「くそっ……! 一人で何ができる!」
二人目、三人目がサクマの眼前ヘ迫る。
それと同時に、サクマの背後から矢が射られた。
サクマの肩に矢が刺さる。
だが、彼は振り返らず、表情も変えない。
血が滴るままに、前へ踏み出す。
――振るう。
一歩、また一歩と進む。
数的不利の中、ただ守るためだけに、サクマは刀を振るい続けた。
そんなサクマの様子に尻込みし、いつの間にか賊たちは退き始めていた。
「おかしいぞ……なんで倒れねぇんだ!」
恐怖と混乱のうちに、残党が森の向こうへと逃げて行った。
村には、炎の残り香と、紅い斬痕だけが残った。
サクマは倒れそうな身体を、刀を支えにして立っていた。
そこへ、ヒオリが駆け寄る。震える声で名を呼ぶが、サクマは静かに笑う。
「……ヒオリ……よかった……」
矢が刺さった肩から、血が流れる。
けれど彼の声は、妙に穏やかだった。
少し離れた場所で、薬師がひとり藤色の香を焚きながら、ぽつりと呟く。
「茜と藤の調和か……。よさそうだね」
その夜、誰もが忘れられない茜色の煌めきが村を守った。
【次話予告】
第六話 「灯る覚悟の火」――誰かを守ったその火は、ヒオリにどんな覚悟の火を灯すのか
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平 修