第四話 鎮まらぬ火
サクマは夢を見ていた。
地獄のようなあの日の戦場の夢――
あの時、全身が燃えるように熱かった。
仲間が次々に倒れる中、サクマはただ一人、前に出た。意識は朦朧とし、足元すらおぼつかない。だが、手の中の刀だけが確かだった。
敵兵の怒号が飛ぶ。馬が叫び、火矢が空を裂く。
「――ッ!」
自らを鼓舞するために喉が裂けるほど叫んだ。もう声は言葉にならない。サクマは突っ込んだ。
斬る。斬る。斬る。目の前に立つものすべてを。
振るうたび、血潮が腕を焼いた。肩に矢が刺さっても、腹を裂かれても止まらなかった。
ただ一振りで、二人、三人を斬り伏せる。茜色の光が刀身を這い、異常な力が腕に宿る。
敵の数が多すぎた。後ろに回られ、誰かが叫んでいるが、その声はもう耳に届かない。
サクマは止まらなかった。自分が止まれば、後ろの仲間が、村の皆が、“ヒオリ”が、死ぬと分かっていたから……。
最後の一振りを放った瞬間、視界が真っ赤に染まった。
目も耳も鼻も、全ての感覚が抜け落ちていく。だが、身体は高揚している。自分が自分でなくなっていくような感覚。
やがて意識が沈んでいった。
沈みゆく意識の中、サクマは思った。
(ああ……ヒオリ……ごめ――)
村のはずれの納屋にて、目を覚ます。
ひどく汗をかいているのは、全身についた傷のせいか、はたまた地獄の夢のせいか。
身体のあちこちに包帯が巻かれ、腕の動き一つですら痛みが走る。それでも彼は、刀の重みがまだ手の中に残っているかのように、指をぎゅっと握り締めた。
目を閉じれば、あの戦場が蘇る。
敵も味方も区別がつかなくなるほどの混濁。飛び散る肉片、飛び交う叫び声。
「……なんで、俺は……」
静かに襖が開く音がした。
浮かない顔をしたヒオリが近づいてくる。
「ごめん……」
それだけを、彼女は絞り出すように言った。
サクマは顔を上げ、彼女の目を見た。
「俺は……あの刀がなければ、もうとっくに死んでいた。だから……」
薬師が静かに穏やかに近づいてくる。
「彼は助かった。そして、君は知った。力とは何かを。……では、この“彩核”を使って、次に何を打つかは君の意志に委ねよう」
ヒオリは、もう一度、炉の前に立った。
傍らには新たに精製された“茜色”の結晶。
そしてその下には、藤色の、柔らかな香の残滓があった。
彼女はそれを拾い、しばらく指先で転がすと――静かに息を吸った。
「もう一度だけ、打つ」
覚悟を決めた目で、そう呟いた。
【次話予告】
第五話 「夜に煌めく」――その刀は何を守るのか。
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平 修