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彩火の影  作者: 平 修
3/7

第三話 揺れる藤色の煙

 ヒオリが目を覚ましたとき、天井が揺れていた。


 否、それは彼女の視界のほうが揺れていたのだと気づくのに、少し時間がかかった。腕を起こす。熱の残る肌。昨晩、炉の火を落とすことも忘れていた。



 思い出す。サクマの姿。血塗れの彼を、薬師が背負って戻ってきた夜を。


 薬師は言っていた。まるで何かに取り憑かれたように刀を振っていた――狂気の沙汰だったと。




 「……あたしの作った刀が……」



 呻くように呟いたヒオリの言葉に、背後から静かな声が返る。




 「君のせいかは分からない」




 薬師は炉の前に座っていた。木の盆に香を焚き、藤色の煙がほのかに揺れて空気を和らげていた。



 「ただ、彼が一命を取り留めたのは、君の刀のおかげでもある。君が打った刀がね」



 薬師の手元には、ヒオリが拾った石の一部があった。小さく砕かれた茜色の結晶。それを銀の鑷子でつまみ、光にかざす。



「これは……極めて稀有なものだ。身体の奥底から何かがふつふつと湧き上がるのを感じる」


 ヒオリの返答を待たずに薬師は続ける。


「実は、私のこの香も不思議な石から調合したものだ。私の見付けた石は藤色だったがね」


 薬師はそう言って藤色の煙の元を指さした。


 そして最後にこう言った。


「出処も正体も何一つ不明だが、私はこれらの不思議な石を“彩核さいかく”と名付けたいと思っているよ」


「彩核……」

 ヒオリはそう呟いたと同時、震える声で話した。


「これは……使っちゃいけなかったんだ。サクマがあんな姿に……」



「狂わせたのは、力ではなく心かもしれない」


 薬師は香を焚き直しながら、穏やかに言った。


「君が打たなくても、いずれ誰かが打つ。誰かが使う。そしてそれが、今度は君を、村を、彼を襲うかもしれない。ならば――」



 薬師の言葉にヒオリの胸がわずかに熱くなる。



「守るために、打つ必要があるのではないか」



 その言葉に、ヒオリは顔をそむけた。けれど目の端には、炉の奥でまだわずかに光を帯びて残る茜色の輝きが映っていた。



 胸がざわつく。熱が、また心を焦がす。



 ――これは、鍛冶師としての責務か。それとも、石に魅せられた自分の狂気か。




 ヒオリは黙って炉の奥を見つめていた。

【次話予告】

第四話 「鎮まらぬ火」――蘇る戦場の記憶。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

この物語があなたにとって、ひとひらの彩りとなりますように。


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応援やご感想、心よりお待ちしております。


たいら おさむ

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