第三話 揺れる藤色の煙
ヒオリが目を覚ましたとき、天井が揺れていた。
否、それは彼女の視界のほうが揺れていたのだと気づくのに、少し時間がかかった。腕を起こす。熱の残る肌。昨晩、炉の火を落とすことも忘れていた。
思い出す。サクマの姿。血塗れの彼を、薬師が背負って戻ってきた夜を。
薬師は言っていた。まるで何かに取り憑かれたように刀を振っていた――狂気の沙汰だったと。
「……あたしの作った刀が……」
呻くように呟いたヒオリの言葉に、背後から静かな声が返る。
「君のせいかは分からない」
薬師は炉の前に座っていた。木の盆に香を焚き、藤色の煙がほのかに揺れて空気を和らげていた。
「ただ、彼が一命を取り留めたのは、君の刀のおかげでもある。君が打った刀がね」
薬師の手元には、ヒオリが拾った石の一部があった。小さく砕かれた茜色の結晶。それを銀の鑷子でつまみ、光にかざす。
「これは……極めて稀有なものだ。身体の奥底から何かがふつふつと湧き上がるのを感じる」
ヒオリの返答を待たずに薬師は続ける。
「実は、私のこの香も不思議な石から調合したものだ。私の見付けた石は藤色だったがね」
薬師はそう言って藤色の煙の元を指さした。
そして最後にこう言った。
「出処も正体も何一つ不明だが、私はこれらの不思議な石を“彩核”と名付けたいと思っているよ」
「彩核……」
ヒオリはそう呟いたと同時、震える声で話した。
「これは……使っちゃいけなかったんだ。サクマがあんな姿に……」
「狂わせたのは、力ではなく心かもしれない」
薬師は香を焚き直しながら、穏やかに言った。
「君が打たなくても、いずれ誰かが打つ。誰かが使う。そしてそれが、今度は君を、村を、彼を襲うかもしれない。ならば――」
薬師の言葉にヒオリの胸がわずかに熱くなる。
「守るために、打つ必要があるのではないか」
その言葉に、ヒオリは顔をそむけた。けれど目の端には、炉の奥でまだわずかに光を帯びて残る茜色の輝きが映っていた。
胸がざわつく。熱が、また心を焦がす。
――これは、鍛冶師としての責務か。それとも、石に魅せられた自分の狂気か。
ヒオリは黙って炉の奥を見つめていた。
【次話予告】
第四話 「鎮まらぬ火」――蘇る戦場の記憶。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この物語があなたにとって、ひとひらの彩りとなりますように。
感想・いいね・ブックマークなどしていただけると、何よりの励みになります。
応援やご感想、心よりお待ちしております。
平 修






