第二話 戦火の跡
戦場は、もう音を失っていた。
薬師の男は、荒れ果てた丘に立ち尽くしていた。枯れた草の上には、無数の兵が倒れている。火薬の臭いと鉄の匂いが混ざり合い、吐き気を誘うほどだった。
彼は薬袋を背に、あくまで“行商”としてこの戦場を訪れていた。戦が終わる直前に訪れ、遺された者の手当てや、調合した薬を配ることが常だった。
だが今回は違った。
この惨状の中、彼の目に留まったのは未だ“戦う者”だった。
一人の男が真紅に染まった刀を手に、なおも何かに怯えるように、空を裂くように刀を振り続けていた。
「……おい」
声は届かない。瞳が焦点を結んでいないのだ。身体についた無数の傷などないかのように、常人離れした動きを見せていた。
――これが……。
薬師は懐から一包みの香を取り出した。自ら調合した、鎮静作用のある藤色の香。
火打ち石で香を焚きながら、そっとその場に近づいた。
男の鼻先に藤の香りが届いたとき、刀を振る手が止まった。
「……あ……」
力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。薬師はすぐにその身を抱え上げた。体は傷だらけで、ほとんど血に染まっている。
このままでは、もたないかもしれない――
薬師は男を担ぎ上げると、急ぎ、最も近い村を目指した。
――そして、夜。村の小さな鍛冶場。
ヒオリは、鍛冶場を飛び出した。窓の向こうから見覚えのある姿が見えたからだ。
「……っ、サクマ!?」
薬師に背負われたサクマの姿を見た瞬間、息を呑んだ。
無数の傷、浅くない焼け爛れ。
だが、息はある。どうやら生きているようだ。
ほっと胸を撫でおろすヒオリの傍ら、サクマの腰に下げられた刀から、茜色の残滓が夜闇を裂いているのを薬師は見ていた。
中に案内され、サクマを布団へ寝かせた。
薬師は鍛冶場の中を見回して気が付く。
茜の光を帯びた、奇妙な短剣や破片の数々。
彼女が、既に一度だけではなく、複数の“試作”を行っていたことを――
【次話予告】
第三話 「揺れる藤色の煙」――薬師は何を語るのか。
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平 修