第一話 茜色の火
――この火が、誰かを守ることになるならば。
そう思った。けれど、守るものと壊すものは、いつでも隣り合わせだった。
朝霧がまだ村の屋根に残るころ、ヒオリは炉の前に立っていた。
薪を押し込む鉄の棒が、わずかに震える。身体が冷えているせいではない。
――燃えている。茜色に輝いていたあの石が。
炉の奥、赤黒く染まった小さな結晶が、じくじくと音を立てて脈打っていた。
数日前、川辺の崖で偶然見つけた茜色に光る不思議な石。拾い上げた瞬間、ヒオリの内に火が走った。
心の奥で何かが叫んでいる。鍛冶師としての勘は静かに警鐘を鳴らしていた。
「これは……」
それが何かは分からない。ただ、これで刀を打てば、きっと普通のものにはならない。
“誰か”を守れる、そんな刀ができる。そんな気がした。
――いや、違う……。
ヒオリは、炉の脇に置かれた木箱をちらと見た。中には、鉄を打つための鋼と、サクマの名を彫った小さな護符が入っている。旅立ちの無事を祈る、村の風習だ。
サクマに、渡す刀。
村を出て、初めての戦場へ向かう幼なじみ。その背を支えるものを、どうしてもこの手で打ちたかった。
この不思議な石は、きっとそのためのものだと、そう思った。
「……火をくれ、もっと燃えろ」
彼女の呟きに呼応するかのように、茜色の石がまた一つ、脈動する。
熱が、炉に満ちていく――。
一月近くが経ち、ようやく納得のいくものが出来上がった。サクマの出立日は明日に迫っていた。
ヒオリは、額の汗をぬぐい、静かに刀身を見つめた。
真紅に染まった、静かに鼓動する刀。
「……完成、した」
その瞬間、鍛冶場の扉が開いた。
振り向くと、サクマが立っていた。
「よ、終わったか?」
サクマは粗末な衣に簡素な鎧を重ね、背をまっすぐに立てている。
ヒオリは無言で白鞘に入れた刀を、彼に差し出した。
手渡しながら、視線が交わる。どちらからともなく笑った。
「絶対に死ぬなよ。これ、あたしが鍛えたんだから」
「おう。ありがとな」
ヒオリの言葉は強く、サクマの返事は静かだった。
その間に流れたものは、二人にしか分からない。心に火が灯る。
この火が、人を守る火でありますように。
そう願った。
【次話予告】
第二話 戦火の跡 ――戦場で見たものとは。
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平 修