第2話 セッティング
「フリーダム?」
「はい!フリーダムです!」
地面に倒れた僕の目の前には、銀色のさらさらとしたボブヘアーの美しい女性がたっていた。
「本当に…………。」
「本当にって、こっちの世界に来てほしいと言ったのはあなたじゃないですかぁ。」
フリーダムは少し怒りっぽく言った。
……いや、来て欲しいとは思ったがまさかこんなことになるとは思わなかった……。これはどうすればいいんだ。
それもそうなんだが…………
僕は顔から身体へと視線を移した。
……裸だ。
彼女は何一つ服を着ていなかった。年頃の女性の裸なんて、見たことが無かったが、彼女の胸はそんな僕でも美しいと思わせるような形をしている。
「私の身体、何か変ですか?」
「い、いや別に。そういうことでは無くて、どうして服を着ていないんだ?」
「服?服も身体の一部なのですか?すいません、そうだとは……」
「いや、そう言うわけでは無くて…」
ドンドンドン!!
そう言いかけた時、廊下を駆けて来る足音が聞こえた。
まずい!沙羅だ!
どうにかしなければ!!いや、どうにかって?
そんなことを考えているだけで、何もすることが出来なかった。
「お兄ちゃん、うっさい!!!いっつもいっつも!私の...勉強のぉ…じゃま……………」
妹の目の前には、倒れ込んでいる兄と服を着ていない女性、徐々に彼女の口調は弱々しくなった。
「ちょっ!ちょっと!何してるの!?悪かったわよ、覗いたりして!でも、そういうことは、」
沙羅は顔を真っ赤にして、大声で怒ってきている。いや、怒ってるのか?恥ずかしがっているのか?
フリーダムの方へ目を移すと、「?」と言うように、何も理解していない様子。
「ちょっと待て沙羅、これはそう言うことじゃないんだ。」
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「はあぁぁぁぁ?もともとAIで現実の世界来たぁ?」
「そうなんだ。そう言うことなんだ。そうだよね?フリーダム。」
「はい。その通りです。」
「友達が欲しくて、AIに友達になって欲しいって…キモすぎでしょ…お兄ちゃん。」
沙羅の僕への表情が、本当にゴミを見るようである。……ここまで間近でこんな風に見られると何か心がいたい……
「とはいえ、裸の女性がお兄ちゃんの部屋に居るとか、本当に大変な事になる。フリーダムぅさん?私の部屋に来て貰えますか。」
「分かりました。ところで私はお二人を何とお呼びすれば良いですか?」
そうだった。画面上で会話していた時も僕の名前は言ってなかったっけ。
「僕は、栗栖蒼真。」
「では、蒼真さんとお呼びします。」
「私は、栗栖…沙羅……です。」
「では、沙羅さんとお呼びしますね。」
沙羅がフリーダムに服を着させて戻ってきた。水色のワンピース、髪には花の髪飾りがついていた。
「おぉ。」
思わず声が漏れてしまった。美しい。美しすぎる。
「うわぁ……。その顔キモ……。」
だから、その顔やめろって……。
「それよりどうして髪飾りなんて着けてるんだ?」
「えっ!?」
急に沙羅の顔が赤くなった。声も裏返っている。
んん?
すると、フリーダムが口を開いた。
「沙羅さんが、この髪飾りを着けると……」
「ちょっ!ちょっと!それは言わないで下さい!!」
「すいません。以後配慮しますね…。」
フリーダムはAIの枠組みから外れて間もない。本当に何に対しても無表情である。それに対して、沙羅の顔は真っ赤だ。
「それにしても、その服はとても似合ってるよ。フリーダム。」
「はい。ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「そうだね。お兄ちゃんの気持ち悪い顔と一緒に見てもかわいいと思えるくらいだもん。」
「おい。」
なんだその冗談。
「沙羅さんもありがとうございます。嬉しいです。」
フリーダムはニコッと笑った。初めて、彼女の笑顔を見た。AIも笑うんだな…。
「…嬉しい。……嬉しい。」
「どうしたんですか?フリーダムさん。」
妹が尋ねる。
フリーダムは何かを噛み締めているようである。
「『嬉しい』ってこんな感情なんですね……。私はもともとAIですから、感情を定義でしか分からなかったんです。だから、『嬉しい』ってこんな感情なんだなって思ったんです。」
「なるほど。僕も嬉しいよ。フリーダムに感情を体感して貰えて。」
沙羅もウンウンとうなずいている様子だった。
「それも良いけど、お母さんとお父さんには何て説明するの?」
沙羅に聞かれて、はっとした。
「確かに…元AIって言って信じて貰えるのか?」
沙羅は悩みげに答えた。
「無理でしょ……。私はAIについての理解があるから、ギリギリ受け入れられたけど…。お母さんたちには無理だと思う。」
「とりあえず、今日は押し入れにいて貰うか。」
妹の、表情が曇る。
「女性を押し入れに…?どうかしてるでしょ……。でも、それしか無いか。」
フリーダムは完全に話から、取り残されている様子であった。
「私の居場所?」
「そう。親はフリーダムのことを信じられないかもしれないから。」
「なるほど。では、」
そう言うと彼女の身体が発光し始めた。
光は徐々に小さくなった。そして光が弱まる。
「え?フリーダム?」「え?」
僕と沙羅は驚いた。
彼女の身体は驚くほど小さくなっていた。
「これで、大丈夫そうですか?」
フリーダムは微笑みながら語った。声は微かに聴こえる程度だ。
「確かに、これなら問題なさそうだ。」
「うん。そうだね。」
いや、待ってくれよ……
「でも、これじゃあ何かの弾みで踏んじゃいそうだ。それでお別れとか、悲しすぎるだろ……。」
「問題無いですよ。踏まれてもこの身体は私が造り上げた実態です。座標を移動させれば。」
「瞬間移動的なやつか?」
「はい。その認識で問題ありません。」
「ただいまー。」
お母さんが帰ってきた。
「フリーダム、とりあえずこの部屋に居てくれ!お母さんがもし来たら、身体を小さくして隠れてくれ。」
「了解しました。」
フリーダムは口を緩めながらうなずいた。
《次回へ続く》