自殺した女の彼氏②
「僕は風早アカリの彼氏です。今から貴女を山崎シンスケの元に連れていきます」
そう言われて20分後にはアカリの彼氏の車に乗っていた。今から私達はコオリとアカリをレイプした男、山崎に会いに行く。
「すんなり受け入れてくれて助かったよ」とアカリの彼氏はそう言って、ハンドルを左に切った。新車なのか車内は人の匂いに馴染んでいない無機質な匂いがする。
私は助手席から四谷の街並みをボーと眺めていた。仕事は急遽午後休をとらせてもらった。入社初の有給。山崎に会うために休まなきゃいけないなんて地獄すぎる。
「星浦さんは抵抗ないんですか?」
アカリの彼氏は私に気を遣ってちょうど良い間を置きながら質問をしてくる。
「あるに決まっていますよ。山崎になんて会いたいわけないでしょ。でも…それでも私よりも貴女の方が抵抗あるでしょ?大切な彼女を自殺に追いやった張本人です。山崎は」と私は少し早口で言った。
「あーいやそっちの抵抗じゃなくて…」と彼は赤信号を見つめながら言った。
「あ…」 そっちか。
「初対面の男の車に乗ることへの抵抗はなかったんですか?」
アカリの彼氏は私を侮辱する訳でもなく、好奇心を満たす訳でもなく、ただの会話の一環で質問をした様子だった。
「普段なら乗らないです。でも山崎なら話は別です。弱み握られているから…。会わないと何されるか分からないんですよ…。」
弱み…。自分で言ったけど果たしてこれは弱みなのか?山崎がSNSにあげた大学時代の私と山崎のLINEのやりとりは。
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ヤマザキ『楽しかった?』
●●『はい。少し驚きましたが、私はまだ社会経験が浅いのでいい勉強になりました。』
ヤマザキ『気持ちよかったの?w』
●●『よく分からないんですが、頭はフワフワする感じでした。』
ヤマザキ『ww じゃあまた次もよろしくね』
●●『はい(^-^)』
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客観的に見たら同意のある性行為をした男女の事後LINEだ。世間の認識はこのやりとりの後に被害者が警察に告発したと思っているんだ。そして先週自殺をしたと。なんだか私が死んだみたいだ。もうそれはそれでいい気がする。
アカリの彼氏は四谷の大きなビルの地下駐車場へと車を進めた。四谷の地下駐車場は外車ばっかりだ。アカリの彼氏のスカイラインが少し浮いている気がする。バック駐車が完了し車が停車したのと同時に私はシートベルトを外した。
その時、ジャッと助手席側のドアがロックされた。自然と運転席にいるアカリの彼氏のことを見てしまった。アカリの彼氏は真っ直ぐな目で私のことを見ていた。
「星浦さん…」
「なんでしょう?」
「俺の名前聞かなくていいの?」
「はい?」
思わず聞き返したがその通りだ。そういえば聞いてなかった。
「名前だけじゃなくて…。本当に風早アカリと付き合っているのか確認しなくていいの?俺が山崎側の人間か、記者か、それとももっと別の怪しい奴じゃないか疑わないの?どこに連れて行かれるのかも質問しなくていいの?」
彼は穏やかな口調で、でも言葉一つ一つに強い意味を感じさせるように言った。彼の言っていることは分かる。ごもっともだ。でも…。
「分かんないんですよ。私はどうすれば良いか。考えることが出来ないんですよ。すれと言われればするけど、自分から掘り下げたり、行動したくないんです」
「それはどうして?」
「めんどくさい」
私は本当に正直な感想を彼に言った。でも事実そうだ。
私はドアのロックを人差し指で外した。
「私は最悪な状況にならないために、最低限の行動を取ることしかできない人間なんです。」
あの時も…今も。
アカリの彼氏は少し目を細めて「なるほど」と言って車のドアを開けた。私も彼に続いて車から降りた。
「俺の名前は奥村一葉。いちようって言うんだ」
「私は星浦メルです。」
遅めの自己紹介。奥村イチヨウは180センチくらいの中肉中背。さわやかな顔立ちをした塩顔。手が大きく耳が特徴的な形をしていた。年齢は20にも見えるし30にも見えた。
アカリの彼氏、奥村を先頭にエレベーターに案内された。
「ちなみに星浦さんの最悪な状況はなんですか?」
奥村が6階のボタンを押しながら聞いてきた。
「山崎が私の日常を奪うこと」
そう言い切ったタイミングでエレベーターの扉が閉まった。