自殺した女の彼氏
不審な電話がかかってきてもアカリが死んでも私の心は何一つ起伏することがなかった。なんだかつまらない映画でも終始見ている気分だった。
私は職場の休憩室で卵焼きを食べながら今自分に起こっていることを冷静に整理した。
⓪2年前の大学時代、私が所属する映画部でレイプ事件が起こる。加害者である山崎は映画部の部長。被害者はその部活の後輩、戸田コオリ。山崎は裁判にかけられ執行猶予付き処分となる。
①山崎と思われる男が私の職場に電話をかけてきた。(2週間前)
②山崎が大学時代のレイプ事件は冤罪だと告発動画をあげる。その際に山崎が事件当時の被害者とのLINEのやり取りを公開。しかしそのLINEはコオリと山崎のものではなく、私と山崎のLINEのやり取りだった。(1週間前)
③アカリから喫茶店に呼ばれて、「コオリにありがとうと伝えて欲しい」と頼まれる(1週間前)
④アカリが「山崎にレイプされた」と告発して自殺。
あー嫌だな。なんだか面倒くさいな。勝手に告発した奴とされた奴で宜しくしといてくれよ。なんで私も巻き込まれなきゃいけないんだよ。そう考えると口の中にある卵焼きが味のしないモサモサした何かにしか感じられなくなってしまった。
私は食べかけの弁当が入ったタッパの蓋を閉めて、保冷バックに戻した。
まぁ…そっか。やっぱりアカリもレイプされていたんだな。コオリも、アカリも、私も。ははは、なーんだ私達穴姉妹だったんじゃないか。うわー笑える。…アカリも今告発するくらいなら、なんであの時警察に….いや無理だ。告発なんてできない。
2年前、戸田コオリが警察に被害を申告した時に痛いほど分かった。被害者だとバレることが現実でもSNSでもどんなに残酷なことか、目の前で見てきたからこそ分かる。あんなの耐えられない。自分の被害がエンタメとして扱われるのなんて耐えられない。
アカリの告発以来、山崎のアカウントは静かになった。まぁそれがきっと賢い選択だろう。このタイミングでの発言は何を言っても意味ない。火に油間違いなし。
アカリの自殺はネットやマスコミが大いに沸いた。当たり前だ。著名人の息子からの性被害を告発して自殺。こんなセンセーショナルな演出、暇人からしたら美味しいものはないだろう。皆アカリを踏み台にSNS ではお気持ち表明、メディア様はPVを煽る記事、沢山のゴミが排出された。アカリの人生の最後はロイター板だ。皆に利用されて終わった。誰も本当のアカリのことを知らずに、勝手に知ったようになって利用されて終わった。
休憩時間があと15分で終わる。歯磨きをしてお手洗いに行こう。私は非常階段を1つ降りて化粧室に向かった。私が勤める法律事務所は11階建てのビルの4階に位置している。このビルは保険会社や銀行、コンビニ、中小企業と多くのテナントが入っている経済ビルだ。コンビニ以外は制服が無いからどこがどこのテナントの人か全くわからない。そこがいい。皆、誰が誰か分からなくて無関心。
化粧室で用を済まし、非常階段で4階に戻ろうと非常階段の扉に手をかけたその時だった。
「えっー」
急に扉が勢いよく開いた。私は反射的にドアノブを握ってしまったせいで強い力で非常階段の方に引っ張られた。
足がもつれ左足を大きく踏み込んでしまった。重心が大きく崩れ、下りの階段に前から突っ込んでしまいそうになった。
いっ…たくない…?
転ばなかった。
てか誰が急に扉を開けたの?
私を支えたのは誰だ?
非常階段なんて誰も使わない。皆エスカレーターで基本移動だ。
目の前に見えるのはいつもと変わらない非常階段。
でも背後は違う。
振り向きたくない。
振り向いたら非日常に連れて行かれる。
そんな予感がする。
自分の両肩に暖かく大きな温もりを感じる。
「星浦メルさんですね?」
聞いたことない耳心地の良い低い男の声。私は返事をせずただ硬直していた。
「僕は自殺した風早アカリの彼氏です。今から貴女を山崎シンスケの元に連れていきます」
私は男の声を聞いてもなお後ろを振り向かなかった。このまま階段から飛び降りても骨折くらいだな…と非現実的現実逃避を繰り返し頭の中でしていた。
私がなろうで作品を書く意味は性被害に遭った女性がどういう風に周囲から追い込まれてしまうのか、どういう状況に立たされてしまうのかを書いて、「性被害側の視点」を少しでも知って欲しいのです。
「痴漢された」という言葉に対して「君は可愛いから仕方ないよ」「そんな服装着てるから悪いんでしょ」という加害者的視点の言葉ではなく、被害者に寄り添った言葉を言える人が日本社会に増えて欲しいと思います。