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「私がレイプされた被害者です」そう言って死ねば味方になってくれるよね?①




 「ねぇメルさ、山崎の動画見た?」


 アカリはミルクティーが入ったスプーンをゆっくりかき混ぜながら私にそう聞いてきた。


 夜の23時、新宿の喫茶店は客層にバラツキがある。終電ギリギリまで家に帰りたくないサラリーマン、誰かを待っている少女、時間という概念がなさそうな意識高い系。皆、自分にしか興味がない24時間営業の喫茶店は多様性で溢れている。まぁ私たちもそうだ。


 同じ映画部だったアカリから喫茶店に誘われたのは、あの動画がネット上にアップされたその日だった。


 「あー見たよ。ヤバいね山崎」私はアカリの目は見ずにそう答えた。


 アカリとは山崎の事件をキッカケに卒業までほとんど喋らなくなった。それも当たり前だ。山崎がコオリにレイプをしてから映画部は廃部になったから学部も違う私とアカリは接点をなくした。だからアカリとは事件までは親しかったというのが正確な関係だ。


 だから急にアカリが私に連絡を取ってきたことにとても驚いた。何故今このタイミングで、そして私なのか。


 いやきっとアカリは気づいたんだ。山崎が公開したLINEのやり取りの相手が私だと。ノコノコと山崎の家に言ってセックスさせられたのは私もだと。そう考えたら会うしかないと思った。このへばりついた泥のようなモヤモヤを解消するためには、リスクを負ってでも確認するべきだ。


 「メルはさ、あれどう思った?」


 「山崎の動画?それともライン?」


 「どっちもかな」


 「まぁなんでこのタイミングなのかなとは思ったかな」私はアイスモカに刺さったストローを人差し指でクルクル回しながらそう答えた。


 事実そうだ。裁判が終わって事件のほとぼりが完全に冷めた頃に何故山崎は動いたのか全く理解できないからだ。



 「いや…あれさぁ…山崎ヤバいよね」とアカリは言って俯いた。呼び出しといてあまりのアカリの歯切れの悪さに面食らった。

 

 アカリが黙り込んでしまったから、私はスマホの電源をつけTwitterを開いた。山崎の冤罪を訴える告発動画は20万いいねになっていた。そして世間は山崎事件で一色となっていた。


 過去に冤罪被害に遭った男が山崎に向けてエールを送った動画は10万いいね。

 女インフルエンサーが被害者を擁護するツイートには3万いいね。

 弁護士が山崎のあげた動画について法的な問題点を説明するツイートは1万いいね。

 臨床心理士が性被害者の事件当時の心理について解説したツイートが2万いいね。


 ネットは山崎事件で大いに盛り上がっている。被害者のコオリを踏み台にして数字を稼いでいる…そう感じるのは私の性格が悪いからだ。



 「ねぇメル」


 「何?」私は急いでスマホの画面を下に机に置いた。


 アカリの生気のない顔はどこかで見た覚えのある顔だった。




 「コオリに会ったら伝えて欲しいの」



 「え…何を?」


 「あ…あの時はありがとうって。コオリに伝えて欲しいんだ」



 予想しなかった言葉がきて私はアカリの顔をじっと見て黙ってしまった。



 「どういうこと?」


 「お願いメル。メルにしか頼めないことなの。」


 「ごめんアカリ話が読めない。なんでコオリ?コオリと会ったの?」


 アカリは息が荒く涙目になっていた。店内は相変わらず自分にしか興味がない客で溢れていた。


 「っ….」とアカリが言葉を発しようとしたその時、隣の席に若いひょろひょろの男が座った。青チェックのシャツに白いズボン、ボサボサの髪。


 男は席を案内した店員をそのまま呼び止め、「ここは最低何円あればいることができますか?」と聞いた。


 店員は「1番低価格なものはこちらのアイスコーヒーで890円ですが…」と言った。


 男は黙ってズボンのポケットに入っていた布製の財布を取り出しひっくり返した。小銭が机の天板とぶつかる音で、皆一斉に男の方を見た。


 そして店の奥からは店長らしき偉そうな中年男性が出てきた。


 男は机に散らばった小銭を人差し指で一枚ずつ数え始めた。店長らしき中年男は男の指先をじっと見つめ小銭を数えていた。


「791円…」と男はつぶやいた。


「足りないですね。申し訳ございませんが当店のサービスはご利用することは出来ません。お帰りください」と店長は男に告げた。


 男は肩にかけたショルダーバッグを両手で握りしめて立ち上がったその時だった。


「100円あげる!」と私の目の前の席に座るアカリが男に向かって100円玉を差し出した。「これでアイスコーヒーは飲めますよね」とアカリは続けて優しい口調で言った。


 男はそんなアカリを侮辱するような視線で見下ろした。


 「じゃあ千円ちょうだいよ。俺はアイスモカとサンドイッチが本当は食べたいんだ」男はガタガタの歯並びをわざと見せつけるようにそう言った。


 アカリの指はピクッと少し動いたあと100円玉を握りしめ隠してしまった。


 男はそんなアカリの様子を見て、「ざまーみろ」と言って笑いながら店を出て行った。



 アカリと私はしばらく黙りこんだ。私は溶けた氷をひたすら音が出ないようにストローで啜った。アカリは飲み物には手をつけず、何か別の遠いところを見ていた。そして私がとうとうストローからズコォと情けない音を出した時、アカリは言った。


「手を差し伸べない傍観者のメルがいつも羨ましくて妬ましかったよ」と言って握りしめた100円を机の上に置いた。


 彼女は席を立ち、カバンを持って出口に向かった。


「え、アカリ帰るの?」と少し声を張って聞いたが何も言わずに出て行った。


 私はどうすれば良いか分からず10分ほどスマホをいじってお会計をして店を後にした。


 帰り道、アカリが置いてった100円玉をコートのポケットの中で握りしめ続けた。


 あ、そうだ。あの時のアカリの顔、誰に似ているか思い出した。あの不審な電話がかかってきた日の鏡に映る私だ。





 アカリは次の日、首を吊って自殺した。

 



 「山崎にレイプされたのは私です」と自殺配信してその生涯を終えた。



 





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