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足を引っ張るのはいつも女

 『事件関係者の近くにいる第三者ほど怖いものはない。』


 社会人になった今、再びこの感情が呼び起こされることになった。


「え、あ?ナナちゃんコオリの住所教えたの?」


『うん、だってそりゃあ…たまたま知ってたし。コオリちゃんに遺産沢山入るんだったら教えといた方が良いじゃん』


 電話越しでナナちゃんは真面目な口調で言った。やはりあの電話は私だけではなく、同じ部活の人にも入れていた。戸田コオリの住所を聞くために。


「は?ねぇもしそれがさ、あの事件の加害者とかコオリに悪さしようとしている奴だったらどうするの?なんでそういうことに頭回せられないの?」私は早口で捲し立てるように言った。


 胸がズグンズグンと痛んだ。まるで血管に入ってしまったガラスの破片が体内を巡り心臓を突き破ろうとしているようだ。


 『はぁ?メルこそ一体何?急に連絡してみれば説教で……。私は別に悪気があって住所言ったわけじゃないもん』

 ナナちゃんも私に負けじと捲し立てるように言った。


 「悪気が無かったら住所を教えて良いことにはならないでしょ」


 『でもコオリちゃんのお兄さん凄い困っているようだったし』


 「コオリにお兄ちゃんなんていないの!!」


 『え…..』と掠れたような声でナナちゃんは言ってから黙り込んだ。


 『だって…私コオリちゃんの助けになろうと思って…ただでさえコオリちゃん…あの事件からその落ち込んでたし、お金入ったら良いなって。私……騙されていたなんて』とナナちゃんはグズリながら言い訳した。


 個人情報を漏洩した加害者のくせに、立場が悪くなったら被害者面。大学の女はこういう女ばっかりだ。だからネットで、「これだからマンさんは」って言われるんだぞ。


 「もう良いから、私がコオリに連絡するからコオリの番号教えて」と私は言いながら引き出しからメモ帳を取り出した。


 『分からない…』


 「え…?」


 『電話は知らないの。卒業記念品の郵送物の関係で住所はメモしてただけで、連絡先は……』


 「そう…」


 ナナちゃんとの電話が終わった後、ベッドに仰向けになり真っ暗な部屋の輪郭を見出そうとボーとしていた。



 3日後、事件は急展開を迎える。あの日傍観者に徹した私は一つの動画をキッカケにコオリと同じ舞台に立たされることになる。




 『僕の2年前の事件は冤罪です。信じてください、これから僕があげる画像が冤罪を証明する全てです』


 コオリをレイプした山崎が、一つの動画を世間に投げかけた。







 ショックって遅効性だ。あとからくる。


 道端でジジィに急に怒鳴られたとか、店員さんに見下されたような態度を取られたとか、すれ違いざまにブスと言われた時とか、すぐにはショックが来ないけど後からジワジワ来てズシンとくる。お風呂とか寝る前とか暇な時に思い出して死にたくなる。回り回ってその言葉は自分をネガティブな行動に繋げしまう。


 あの動画もそうだ。山崎がネットにアップした動画。あの動画も遅効性だった。




 『男性の皆さんなら…いや理解のある女性なら分かってくれると思います。』




 自分の名前も名乗らずにその一言から始まった。コオリの住所を尋ねてきた不審な電話から1週間が経ったていた。


 その動画は朝起きてすぐTwitterのタイムラインに流れてきた。4.1万いいね。


 『【告発】2年前の事件はハニトラです。#冤罪をゆるさない社会に』そう書かれたツイートをタップし、動画の再生ボタンを押した。

 

 画面にはオールバックのヘアスタイルに縁無しメガネをかけた知的な男が写し出された。


 その顔を見た瞬間、私の中の感情の起伏スイッチがピタリ止まり、頭全体をぬるま湯に沈められたような感覚になった。耳の奥がじわじわと生暖かくなり音が聞こえ辛くなった。


 山崎だ。コオリをレイプして警察に逮捕された山崎がスマホの画面に写った。



 『僕が2年前に逮捕されて世間を賑わせたあの事件…冤罪です。僕は彼女に騙されたんです。レイプなんてしていません』


 山崎は単語一つ一つを感情込めて強調して言った。カメラには時々しか目を合わせず虚空を見つめるその表情は綺麗と一般的には表現されるだろう。


 『急にそう言われても信じられないのは分かります。なので今から当時の被害者とされる女性とのLINEのやり取りをツイートさせていただきます。続きの動画はまた3日後にYouTubeとTwitterに上げさせていただぎす。』


 そう言って動画は終わった。



 何故、山崎は今更あの事件をハニトラだと言い出したのか。


 何故、山崎はそれを動画に上げたのか。



 頭は冷静だが、ドクンドクンと自分の心臓がうるさくなっているのが分かる。身体はこれ以上この件に関わってはいけないと警告している。


 


 私は震える指先でスマホを下にスクロールし、山崎が動画で言った『被害者の女性とのラインのやりとり』を拡大し、その詳細を画面に拡大表示した。




ヤマザキ『ちゃんと家に帰れた?今日はありがとね』


●●『はい無事家に帰れました。今日はどうもありがとうございました。』


ヤマザキ『楽しかった?』


●●『はい。少し驚きましたが、私はまだ社会経験が浅いのでいい勉強になりました。』


ヤマザキ『気持ちよかったの?w』


●●『よく分からないんですが、頭はフワフワする感じでした。』


ヤマザキ『ww じゃあまた次もよろしくね』


●●『はい(^-^)』






 ハニトラした女とのLINEのやり取り。

 女側の名前とアイコンは雑に黒マーカーで隠している。


 はは…ははは…….?


 私はベッドから起き上がり洗面台に向かった。蛇口を上に上げて勢いよく流れる水をボーと眺めた。



 山崎にレイプされたのは戸田コオリただ1人だ。他にレイプされたものはいない。


 大学に告発したのも、警察署に被害を訴えたのも、裁判所で証言をしたのも、大学の隅っこで1人で授業を受けていたのも、思わず見つめてしまうウルウルな唇も、私の髪を綺麗だと褒めてくれたのも…コオリだ。戸田コオリだ。


 小さな小さな水飛沫が腕や目に飛び跳ねる。



 ふざけるな。



 『今日はありがとうございました。』

 『頭がフワフワする感じでした』



 死ね。死ね。ふざけるな。

 その世間知らずで無知で後先を考えないバカな発言をしたのは戸田コオリじゃない。


 あのLINEは…私のだ。




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